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デジタル・テクノロジーがもたらす変革
発展途上国における医療アクセスの向上に向けて

Executive summary

The Economist EVENTS

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大と、世界のワクチン接種状況は、新たな経済格差を生み出しています。ザ・エコノミスト・グループ(The Economist Group)は、NECグループのオンラインイベント『NEC Visionary Week 2021』で、専門家によるパネルディスカッションを開催しました。テーマは、世界で深刻化する格差の解消、そして“あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する”と謳った国連のSDGs 目標3の実現にデジタルイノベーションが果たす役割です。

本パネルディスカッションには、世界保健機関(WHO)データ・アナリティクス・インパクト実現担当 副事務局長 サミラ・アスマ氏、Gaviワクチンアライアンス副CEO アヌラダ・グプタ氏、ビル&メリンダ・ゲイツ財団 日本常駐代表 柏倉美保子氏、NEC 取締役会長 遠藤信博氏が出演しました。

Mihoko Kashiwakura Anuradha Gupta Samira Asma Rohit Sahgal Nobuhiro Endo

エグゼクティブ・サマリー

情報通信技術(ICT)を活用したデータ主導のソリューションは、発展途上国における医療問題の克服に重要な役割を担う可能性があります。その実現の鍵を握るのは、効果的なデータ・ガバナンス、ユーザーのプライバシー保護、オープンスタンダード、そしてテクノロジー企業と医療専門家の効果的なパートナーシップです。タイムリーかつ包括的なデータの活用が進めば、医療従事者は資源の効率的活用を図り、ワクチン接種の機会に恵まれない子供など、最も弱い立場にある世界の人々を支援することができます。COVID-19の拡大によって、これまで発展途上国が築き上げてきた医療・公衆衛生体制が大きな危機にさらされています。しかし同時に、世界的な健康環境の向上につながるイノベーティブなソリューション、そして新たな官民パートナーシップの機会をもたらしたことも事実です。

ICTの活用がもたらすポテンシャル

コンピュータの能力向上やネットワーク、ソフトウェアの進化により、データを駆使した新たな医療エコシステム構築の可能性が生まれつつあります。このエコシステムは、リアルタイム・リモート・ダイナミックという三つの特長を備えています。大量かつ多様なデータを収集し、ステークホルダー間で共有すれば、医療従事者は変化へ迅速に対応し、”距離”という制約を克服し、迅速に価値を創造できるようになるでしょう。

この革新的エコシステムの中核となるのはデータです。精度の高い最新データを通じて現地のニーズを把握することで、医療専門家やそのパートナーは最適なソリューションを創造し、その活用状況を正確に追跡できるようになります。データ通信を担うネットワークやシステムには、ユーザーのプライバシー保護や、急速に進化する様々なサイバーセキュリティの脅威への対応がますます求められるでしょう。

NECの遠藤信博氏によると、テクノロジー企業には安全かつ信頼性の高い細分類データへのアクセスを提供し、基準の共通化・オープン化を通じて相互運用性を促進することが求められています。また最重要課題の特定に向けた、テクノロジー企業と医療機関の連携強化も急務となっています。

データ格差の克服に向けて

医療・公衆衛生体制の強化を図るためには、ステークホルダーによる正確な現状認識が不可欠です。しかしデータの入手には、国・地域ごとの大きな差が見られるのが現状です。例えばWHOの調査によると、公衆衛生上の脅威に対する十分な監視能力を備える国は、対象となった133カ国のわずか4分の1程度にとどまっています。また記録のない死亡者の割合は世界全体で40%に上り、アフリカではその数字が90%に達します。WHOのサミラ・アスマ氏は、「死亡者が記録に残らなければ、その国・地域での死因を把握することが極めて難しい」と指摘しています。

データ不足の問題は、国境管理の不備や、紛争などを背景とした大規模移民の発生によりさらに深刻化しています。また既存ソースから収集されたデータが古いことも少なくありません。Gaviワクチンアライアンスのアヌラダ・グプタ氏は、「計画の策定を始める頃には、データが古くなりすぎていることも珍しくない。リアルタイムでデータを入手することは極めて重要だ」と強調しています。

よりタイムリーかつ包括的なデータを活用できれば、医療から疎外され不利益を被っている市民を特定し、そのニーズにあった取り組みを進めることも可能です。死亡率が極めて高い、“Zero-dose children”(ワクチン接種経験のない子供)を対象とした取り組みは特に重要でしょう。

例えばバングラデシュでは、1~5歳児のデジタルIDを作成し、ワクチン接種率を向上させるために、指紋認証ソリューションを使った実証実験(POC)が行われています。こうした取り組みは、他の発展途上国における乳幼児向け予防接種記録システムの構築にも応用可能でしょう。

またデータが拡充されれば、医療資源の効率的活用にもつながります。新型コロナワクチンが“金と同様の価値”を持つ今、こうした取り組みは特に重要となるでしょう。またテクノロジーの活用により、必要な時間・場所に医薬品を届けることが可能となるだけでなく、ワクチンの貯蔵・取扱いの面でも効率化につながるはずです。

COVID-19がもたらす影響

パンデミックの拡大は、SDGs 目標3の実現に向けた取り組みに様々な影響をもたらしています。医療・公衆衛生体制に深刻な危機をもたらすだけでなく、多くの国(特に発展途上国)で経済・医療資源への負荷を増大させました。Gaviワクチンアライアンスのグプタ氏は、必要な医療が受けられなくなることで今後6ヶ月以内に100万人の子供の命が犠牲になりかねないという予測を紹介し、「これまで築き上げてきた医療・公衆衛生体制が大きな危機にさらされている」と懸念を表明しています。

COVID-19は世界的なワクチン格差の存在を浮き彫りにしました。2021年9月27日の時点で61.3億回分の新型コロナワクチンが提供され、世界人口の44.5%が少なくとも一回目の接種を完了しています。しかし低所得国では、その割合がわずか2.2%にとどまるのが実状です1

こうした深刻な状況が見られる一方、発展途上国で積年の課題を解消する機運が高まっていることは前向きな流れでしょう。接触者追跡システムや抗原検査調査システムなどの革新的ソリューションが低・中所得国で普及しつつあり、新たな官民パートナーシップも数多く設立されています。また先進国では、発展途上国におけるワクチン格差の解消が、世界全体の状況改善につながるという認識が広まりつつあります。ビル&メリンダ・ゲイツ財団の柏倉美保子氏が指摘するように、「世界全ての人々が接種を終えるまで、真の安全は確保できない」のです。

デジタル・ソリューションのポテンシャル

国連が掲げるSDGsの達成期限である2030年まで残り9年となりましたが、多くの課題が残されています。
パネルディスカッションの登壇者は、SDGs 目標3の達成に向けたデータ、デジタルイノベーション、そして医療資源の効率的活用の重要性を強調しています。テクノロジー企業・公的機関の強みを活かしたパートナーシップを推進し、弱い立場にある世界の人々(特に子供)の健康環境向上に取り組むことも喫緊の課題です。

COVID-19は、発展途上国における医療・公衆衛生体制の強化が、国際社会全体の利益につながることを改めて証明しています。こうした国々の健康環境向上と経済格差の解消は、世界にとって極めて重要な課題なのです。


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    パネルディスカッションで引用された統計データは、本文作成時に最新の数値と差し替えました。
    資料:Hannah Ritchie, Edouard Mathieu, Lucas Rode s-Guirao, Cameron Appel, Charlie Giattino, Esteban Ortiz-Ospina, Joe Hasell, Bobbie Macdonald, Diana Beltekian and Max Roser (2020), "Coronavirus Pandemic (COVID-19)". OurWorldInData.org にてオンライン公開 URL:new windowhttps://ourworldindata.org/coronavirus

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