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インタビュー

Real Voice NECの知財活動紹介

進化と変化の激しいAI領域に先手を打つ特許ポートフォリオ戦略

2025年12月16日

LLM、Agentic AIと次々に新しいトピックスが生まれ、新たな可能性が広がり続けているAI領域。世界でも数多くの企業が技術開発に取り組み、最前線の状況は目まぐるしく変わり続けています。強大な競合がひしめくこの領域で、NECは知財をどのように活用し、どのように事業を進め、社会で価値を発揮していくのか。AI領域の特許ポートフォリオ形成を担うリーダーに話を聞きました。

プロフィール

写真:齊藤 美賀さん

他社でソフトウェア工学分野の研究者としてキャリアをスタートさせるも、業務のなかで特許出願に触れて知財に興味を持つ。その後、特許事務所へ転職して弁理士資格を取得。2015年7月にNECへ入社後、映像監視技術やAI技術の権利化業務を担当。2021年4月からはパテントポートフォリオマネージャーとしてAIおよびヘルスケア領域の特許ポートフォリオのマネジメントに従事。知財戦略策定、特許ポートフォリオ構築・予算策定・管理、知財戦略に基づいた強力な特許ポートフォリオ構築のための各種KPI設定、KPI達成に向けた活動推進やメンバーのマネジメントを行っている。

知的財産&ルールメイキング部門
知的財産ポートフォリオ構築統括部
パテントポートフォリオマネージャー
齊藤 美賀

事業防衛に加え、収益化への積極的な貢献を目指す

特許ポートフォリオのマネジメントでは、どのようなことをされているのでしょうか?
インタビューの様子

経営・事業戦略と連動させ、その価値を最大化させる特許ポートフォリオを構築することです。個々の発明を権利化するだけでなく、どの技術領域に知財投資を集中し、どの領域の権利を維持・放棄するかといったことまでを踏まえたポートフォリオ全体の最適化を担っています。知財を取得・維持するためにもお金が必要となりますから、全ての領域で全ての技術の特許を保持することは現実的ではありません。必然的に選択が必要となります。事業方針を加速させるための選択と集中を判断し、限られた予算のなかで最大の価値を生み出すポートフォリオを作り上げることが求められます。

また、特許ポートフォリオの目的は事業防衛だけではありません。近年では技術力や事業力のアピール、収益化にも貢献できるように戦略的な特許ポートフォリオ強化に取り組んでいます。技術力や事業力のアピールというのは、営業活動に関わるものです。NECが持つ技術力の裏付けや事業性を証明する要素として機能し、企業価値向上やビジネスチャンスにつながるような特許の取得・活用という視点も重視しています。

収益化と申し上げた点については、直接的にはライセンスという方法もありますが、いまはもう少し広く考えています。というのも、AIは「横串」の基盤技術として、製造・医療・金融・公共・流通など多様な産業への応用が急速に広がっています。今後もAI活用が一層進むことを見据え、「この特許で、こっちの業界に横展開できるのではないか」「この技術で、こんなビジネスができるのではないか」と知財起点で世界・市場、技術トレンドを先読みし、事業部や新規事業担当の部署へ収益化につながる積極的な提案をしていくことも目指しているところです。

進化が速すぎて、特許ポートフォリオの定石が通じない

AI領域の特許ポートフォリオならではの難しさはありますか?
インタビューの様子

何と言っても、進化のスピードが速いということですね。LLM(大規模言語モデル)一つをとってみても、2年前には想像もしていなかったような進化を遂げています。そもそも、特許は出願から1年半経たないと公開されませんから、1~2年での急速な進化というのは特許ポートフォリオ構築に深刻な影響を与えます。例えば、現在注目を浴びるAgentic AIの最前線の知財動向を追おうとしても、ほとんどの特許は公開前の状態で確認することができないのです。私たちは通常、競合他社の出願動向などを分析する「特許ベンチマーク」という手法で自社の立ち位置を客観的に把握し、戦略を立てていくのですが、特に進化の速いAIの最先端領域では、この従来の手法だけでは限界があります。

そのため、いま広く普及してきたLLMの製品や関連サービス動向を見ながら「もし競合がAgentic AIに進出するならば、このような特許ポートフォリオを構築するはずだ」「この技術が主流になるなら、このポイントを押さえる権利が重要になる」「こういったツールを出している企業が、LLMを活用してAI Agentをつくっていくのではないか」等というような仮説を複数立てて、検証をアジャイルに繰り返していきます。走りながら考えるかたちです。

また、AIの核はアルゴリズムですが、その内部的な計算ロジックのみを対象とした特許だけでは、事業防衛は困難な場合があります。各社のAIモデルの内部は見えない部分も多く、侵害確認が難しいからです。ですから、権利化の際には周辺領域まで含めて多面的に保護する必要があります。単一の強力な特許だけでなく、複数の特許を組み合わせた「面」で事業を守るのです。しかし、このためには各事業の専門的な知見やリアルな現場感覚を身に着けていくことも不可欠です。このあたりは知財担当者も現場に習熟した研究者や開発者と緊密に連携しながら対応しています。

加えて、AI領域には巨大な競合がいます。資金力などの面から見ても真正面から「数」で勝負することは賢明ではありません。そこで重要になるのが、世界トップクラスの生体認証や画像認識を源流とし、社会実装の現場で不可欠な「信頼性」を、予測の根拠まで示す「解釈性の高いAI」によって担保してきた独自の強みです。このようなNECの強みである技術基盤を核として、勝てる領域に知財を集中させることが不可欠です。どの山(技術領域)に登り、どのルート(権利化戦略)を選ぶかを常に考え続けています。

知財部員自らが発明者にも NECならではの幅広い経験

NECの知財業務ならではの特徴はありますか?

3点挙げられるのではないかと思います。1つ目は、最新のAI技術に関する発明はもちろんのこと、AI単体でなく、通信、セキュリティ、クラウド基盤など、多種多様な技術アセットと組み合わせた発明に携われるという点です。こうした総合的な発明に寄与することは、他社ではなかなか経験ができないのではないでしょうか。また、社内には第一線で活躍するさまざまな専門分野の研究者、海底から宇宙まで幅広い事業に携わる技術者が在籍しているので、何か相談を持ちかけたり、いっしょにアイデアを考えたり連携できることもNECならではの面白い点ではないかと思います。

2つ目は、官公庁、金融、製造業など、社会の根幹を支えるミッションクリティカルなシステムを長きにわたり提供している点です。社会インフラレベルでAI技術が実装されるプロジェクトにおいて知財面で携わることができる点には、大きな責任とやりがいを感じます。

3つ目は、自社を第ゼロ番目のお客様と捉えるNECの「クライアントゼロ」という文化のもと、私たち自身が発明を生み出すユニークな環境がある点です。私たちはAIで知財業務を効率化する「知財DX」(参考:生成AIを活用したNECならではの知財DXを推進)を推進していますが、その過程で得られたノウハウや工夫を自ら発明として出願しています。実際、私のチームでも若手が自らのアイデアで特許を出願するなど、知財部門から発明者が生まれるケースが次々と出てきています。この実践知は、お客様への提供価値の源泉にもなっています。

インタビューの様子

特許、意匠、ノウハウを組み合わせて価値を最大化

今後の目標を教えてください。

短期的にはAI領域の事業を防衛して堅固なものにするとともに、ライセンス等による収益化も推進することで事業への貢献度をさらに高めていきたいと考えています。そのためにも、まずは中核となる特許ポートフォリオを一層強化していくつもりです。

そして中長期的には、より大きな価値創造を目指していきます。具体的には、AI領域における「IP-MIX」をさらに進化させたいと考えています。IP-MIXとは、特許だけでなく意匠やノウハウと組み合わせることで、技術の価値を最大化させようとする取り組みです。AIの価値は技術(特許)だけで決まるものではなく、それをどう見せるか(意匠)、どう使いこなすか(ノウハウ)といった要素が一体となって初めて決定していくものであると思います。例えば、AIソリューションの“顔”ともいえるUI/UXは、意匠権で戦略的に保護することで、技術だけでは測れない独自の価値を守り、事業の差別化を図ることができます。また、 “秘伝のタレ”にあたる部分は、あえて特許にはせず、ノウハウとして秘匿するという判断も重要です。公開を前提とする特許では、かえって競合に技術の核心を明かしてしまうリスクがあるからです。

このように特許ポートフォリオ形成に留まらずソリューション、サービスとして実装した姿を先読みし、「特許・意匠・ノウハウという知財の組み合わせで、事業の勝ち筋をどう作るか」という出口戦略まで踏み込んだビジネスモデルを提案するなど、より事業の上流から価値創造に関与し、収益へ直接的に貢献できればと考えています。社内の意匠チームなど関連部門と連携を密にしながら取り組んでいくつもりです。

NECは「誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現」をPurposeに掲げています。AIという強力な技術が、機能だけでなく、信頼と共に社会へ届けられるように、知財の面から支援していきたいと考えています。

  • 所属・役職名等は取材当時のものです。
写真:インタビューの様子