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専門業務の高度化と安全・安心なAI活用

Vol.77 No.1 BluStellar特集 BluStellarが牽引するDXの未来 ~AI・セキュリティ・データマネジメント・モダナイゼーションで拓く価値創造モデル~

生成AIの進歩により、ビジネスや社会に変革がもたらされていますが、企業は実務でAIを活用する方法やAIがもたらすリスクへの懸念を抱えています。本稿では、コマンドセンター運用やクラフトビール開発など、自律性をもったAgentic AIが業務自動化を進めた事例と、それを支える最新のAI技術を紹介します。更に、安全・安心なAI活用を実現するための国際的な法制度動向と、それに対するリスク管理技術についても解説します。


1. はじめに

近年、生成AIは急速な進歩を遂げ、ビジネスや日常生活に大きな変革をもたらしています。インターネット上には多様なAIサービスが日夜生み出され、その能力は日を追うごとに高まっています。このような状況下で、多くの企業や組織から「自社の業務にもっとAIを活用したい」という期待の声が上がる一方で、「実際に業務でどのように使えば良いのか分からない」「AIの導入にはリスクが伴うのではないか」といった懸念も根強く存在します。

NECは、こうした現代のデジタル化における課題の解決に向けて、AI技術の研究開発と実際の業務適用を推進しています。本稿では、高度な専門性を伴う実業務へのAI適用事例や、それを実現するための最新技術を紹介します。更に、安全・安心なAI活用に関するガイドラインと、それに対応してAI活用に伴うリスクを管理するための技術についても紹介します。

2. 高度な専門業務の自動化

2.1 「質問-応答」からAgentic AIへ

ChatGPTをはじめとする大規模言語モデル(Large Language Model、LLM)は、「質問-応答」ツールとして広く利用されています。例えば、「AIの歴史について教えて」といった問いに対し、瞬時に詳細な回答を生成できるため、情報の入手や基礎知識の習得に役立っています。

しかし、実際の業務現場では、単純な「質問-応答」を越えた複雑なタスクが求められます。例えば、営業ではお客様の状況を分析し、ニーズに沿った商材を選び、分かりやすい提案資料を作成するなど、複数のステップを遂行する必要があります。製造業では市場動向を予測し、資材調達から生産計画、出荷管理までを一元的に最適化しなければなりません。こうした業務には、状況の理解と適切な判断、行動選択が不可欠です。

ここで注目されているのが特定のタスクを自律的に遂行するAI技術「エージェント」です。NECはこれをAgentic AIと称し、複雑な業務を自律的に処理できるAIシステムの開発を進めています。これにより、高度な専門性を要する分野でも、より迅速かつ効果的な業務自動化が可能になります。

2.2 専門業務への適用例

NECの高度なAI技術は、既にさまざまな業界で実践的な成果を上げています。次に主な事例をいくつか紹介します。

2.2.1 コマンドセンターの高度化

警察・消防・救急などの緊急対応を行うコマンドセンターの業務では、一刻を争う状況で正確な判断が求められます。NECのコマンドセンター向けAgentic AIは、混乱しがちな通報者との通話のやりとりから事態の緊急性を的確に把握し、業務マニュアルに基づく適切な対応策を作り、オペレーターに提示します。この一連の処理を電話応対中にリアルタイムで行えるため、オペレーターの対応時間を大幅に短縮することができるようになります1)

2.2.2 クラフトビールの開発

NECでは、クラフトビール製造大手のコエドブルワリーと共同で、AIを使った新しいビールの開発プロジェクトを実施しました。商品開発プロセスの過程にAIを組み入れたもので、消費者層を分析してペルソナを作り、その嗜好に合わせた原材料の選定やレシピ案の作成を行います。この一連のプロセスはAgentic AIとして実装され、ビール職人との対話を通じて最終的なレシピ作成を支援しました。その成果は実際に新商品「人生醸造craft」となり、2025年4月に発売されました2)

2.2.3 環境報告書作成支援

NECは環境影響報告書としてTNFDレポートを発行していますが、2025年に発行した第3版では、その作成過程でAgentic AIを活用しています。環境影響報告書の作成には、膨大な調査時間と専門的な知識が要求されますが、NECが開発したAgentic AIは、環境分野に関する深い知識データと法制度を組み込むことで、複数の情報源を対象に調査を行い、その結果を求められる形式に沿って文書化するという、調査作業の工数を92%削減しました。これにより人間の作業者は現地ステークホルダーとの対話など人にしかできない部分に時間を掛けられるようになり、高品質な報告書を効率的に作成することが可能になりました3)

2.2.4 セキュリティリスクの診断

サイバー攻撃の巧妙化に伴い、情報システムのセキュリティ対策は企業の重要な課題となっています。NECはセキュリティ専門家の知識を基にシステムリスク診断など各種Agentic AIを開発し、新たな脅威や脆弱性に対して速やかなリスク診断と対応策の立案を支援しています4)

2.2.5 クライアントゼロとしての社内実践

NECは、AI技術の革新において自らが最初のユーザー顧客(クライアントゼロ)となることで、その技術価値の実証を進めています。既にNECが開発した生成AI「cotomi」の最新版を社内で展開し、全社員が自らの業務で使えるようにしています。加えて、営業活動やその他のバックエンド業務へのAI適用も進めており、自社で得た知見をクライアント企業へも提供していきます5)

2.3 専門業務適用を実現する基盤技術

2.3.1 エージェント時代の生成AI「cotomi v3」

2023年の初期バージョン以来、NECは独自の生成AIであるcotomiを開発してきました。2025年7月に発表したcotomi v3はエージェント時代を見据え、次の特徴を実現しています6)

  • エージェント性能の向上:業務タスクを適切なサイズに分解し、最適なツールを選択する能力が向上しています。これにより回答出力も高速になりました。
  • 長大コンテキストに対応:日本語で20万文字相当(128Kトークン)の長文入力を処理できるようになり、複雑な業務情報を一括で扱えます。
  • 業務システムとの連携:AIエージェント間連携プロトコルMCP(Model Context Protocol)に準拠し、他社製を含むさまざまな業務システムとシームレスに連携します。

2.3.2 図表文脈理解

専門的な業務文書には、テキストだけでなく図表やグラフ、表などの非テキスト情報が含まれます。NECはこうした複雑な文書構造を理解し、文脈に応じて正確に情報を抽出する技術を開発しました。これにより、大量のマニュアルや市場調査資料を迅速に処理し、要約や分析に活用することが可能となっています7)

2.3.3 熟練者のブラウザ操作から学ぶ「cotomi Act」

業務知識のなかには、マニュアルやルールに明示的に書かれていない「暗黙知」もあり、専門業務自動化を妨げる要因の1つになっています。NECはこの課題に対し、熟練作業者のブラウザ操作パターンを学習し、そのノウハウを一般作業者が利用できるようにする技術をcotomi Actとして開発しました。これにより、業務の過度な属人化を防ぎ、ノウハウの継承を容易にします8)

2.3.4 業務特化AIの作成支援

一般にAIを開発するためには、良質な学習用データが大量に必要です。業務に特化したAIを作ろうとすると、当該業務に関する学習用データを準備する必要がありますが、インターネット上のデータに比べ業務データの量は限られています。NECは、そうした限られた業務データからでも効率的に業務特化AIを作る作業を支援する技術を開発しています。これにより、各企業固有の専門性の高い業務でAIの活用が広がると考えています。

3. 安全・安心なAI活用

3.1 法制度とガイドライン

AIが普及していくにつれて、その社会への影響はますます大きなものとなっています。AIの出力を無条件に信頼するリスクや、悪意のある利用による事業への打撃を懸念する声も高まっています。欧州においてはEU AI Actと呼ばれる厳格な規制が導入され、日本では総務省と経済産業省が策定したAI事業者ガイドラインによる緩やかな規制が進んでいます。日本のAISI(AIセーフティ・インスティテュート)は、AI事業者ガイドラインを基に、AIの安全な利用に向けた「AIセーフティに関する評価観点ガイド」を作成するなど、AIシステムが遵守すべき客観的な基準が作られつつあります。

NECはAIの社会浸透を見据え、デジタルトラスト推進本部設立(2018年)、AIと人権に関するポリシー策定(2019年)など、早い段階からAIガバナンスに関する社内体制を整備してきました。またNECはAI事業者ガイドラインに賛同し、社内のAIガバナンス体制に同ガイドラインを適用し更新しています9)

3.2 技術によるAIガードレール

AISIの評価観点ガイドの項目の1つに偽誤情報の出力防止がありますが、偽誤情報のチェックは、その裏付けをとるためにAI利用者側の追加工数を必要とすることが課題になっています。NECでは、AIの出力のなかに偽誤情報が含まれているか否かチェックするだけでなく、適切な修正案を提示するところまで自動で行う技術を開発しました。これにより企業はAIの出力を人手で逐一確認する負担から解放され、AIを信頼して活用することができるようになります。今後は本技術を含め、AISIの評価項目全体をカバーするAIガードレールを開発し提供していく予定です10)

4. むすび

生成AIの進展は、業務の効率化や新たな価値創出に大きな可能性をもたらしています。本稿では、専門性の高い業務におけるAI適用事例と、それを支える基盤技術、更に安全・安心なAI活用に向けた法制度やガードレール技術について述べました。

NECは、Agentic AIを中心とした技術開発と実業務への適用を通じて、企業や社会におけるAI活用の高度化を推進しています。今後は、AIの信頼性確保とガバナンス強化を継続し、業務自動化と人間の創造性の両立を目指します。
AI技術は急速に進化を続けていますが、その活用には責任ある設計と運用が不可欠です。NECは、技術革新と社会的信頼の両面から、安全で持続可能なAI活用の実現に貢献していきます。

商標

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    ChatGPTは、米国OpenAI社の商標です。
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    その他記述された社名、製品名などは、該当する各社の商標または登録商標です。

参考文献

執筆者プロフィール

酒井 淳嗣
AIビジネス・ストラテジー統括部
上席プロフェッショナル
千葉 雄樹
AIテクノロジーサービス事業部門
主席プロフェッショナル