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ビール職人とAIによる協働 「人生醸造Craft」開発の取り組み
Vol.77 No.1 BluStellar特集 BluStellarが牽引するDXの未来 ~AI・セキュリティ・データマネジメント・モダナイゼーションで拓く価値創造モデル~NECはAIを人間の協働パートナーとして位置付けています。今回、ビール職人とAIが商品開発プロセスで協働し、クラフトビール「人生醸造Craft」を開発しました。NEC開発のAIコア技術「cotomi」が日本人の各世代のライフスタイルや価値観を分析し、更にcotomiをベースとしたAgentic AIとビール職人がインタラクティブに対話しながら、各世代をイメージしたレシピ案を検討しました。その結果、商品開発プロセスの作業効率が40%向上し、ビール職人とAIのそれぞれの創造能力を生かすことで、従来では生み出せなかった独創的な商品が誕生しました。本稿ではAIと人間の協働による商品開発の新たな可能性と、その具体的な取り組みについて紹介します。
1. はじめに
AIは、日常生活を便利にするだけでなく、社会課題の解決の手段としても活用されています。日本では人手不足解消という課題に対し、AIによる業務効率化や生産性向上の取り組みが進んでいます。総務省の情報通信白書では、業務変革を担う技術として生成AIが紹介されており1)、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)のコラムでもAgentic AIの活用動向や今後の更なる進化・普及への期待が報告されています2)。
NECはこれまでも社会課題解決を目指し、金融・小売・サービス業をはじめとしたコンタクトセンターでの活用や、製造業における異常予兆検知や需要予測、小売業における売場可視化や行動分析を通じた店舗運営支援など、さまざまなAI活用の取り組みを行ってきました。
NECでは、AIを人間と協働するパートナーとして位置付けています。本稿では、どのような企業にも存在する「企画」の業務に着目、COEDOビールを製造・販売する株式会社協同商事とのコラボレーションを通じて、商品開発プロセスにおいてビール職人とAIが協働したクラフトビール開発の取り組みについて紹介します。
2. 商品開発プロセスの課題
一般的に、商品開発プロセスには、市場や顧客ニーズの調査、競合分析といった情報収集・整理の作業と、アイデア創出や試作品づくりなどのクリエイティブな業務が混在しています。また、これらの業務は、調査・分析のような定型的な作業と、経験や発想力が求められる非定型業務が複雑に絡み合って進行しますが、近年は人手不足の影響により、ベテラン社員や専門人材の確保が難しくなっています。そのため、特に時間や手間の掛かる調査・分析作業の効率化が大きな課題となっています。
加えて、商品開発の現場では、膨大な情報のなかから有用な知見を抽出し、独自性のあるアイデアを生み出すことが求められますが、従来は担当者の経験や勘に頼る部分が大きく、属人化や再現性の低さも課題となっていました。こうした背景から、企業では「人間にしかできない創造的な業務」に集中できる環境づくりが重要視されています。
今回の取り組みでは、ビール職人とAIが協働することで、調査・分析などの定型作業をAIが担い、職人はレシピの発想や試作といったクリエイティブな業務に注力できる体制を構築しました。これにより、商品開発プロセス全体の効率化と、より独創的な商品づくりの両立を目指しています。
3. 活用したAI技術
本取り組みでは、大規模言語モデル(Large Language Mode、LLM)とAgentic AIという2種類のAI技術を活用しました。
NEC開発のAIコア技術「cotomi」は、日本語に特化した高精度な自然言語処理能力を持ち、膨大なテキストデータから世代ごとの価値観や嗜好を分析する役割を担いました。これにより、ターゲットとなる世代ごとの特徴を的確に抽出し、商品開発に必要なペルソナ設計やレシピ案の検討を支援しています。
一方、Agentic AIは、ユーザーの目的や指示を受けて自律的にタスクを分解し、最適な手順で実行するAIです。レシピ考案という指示を複数のタスクに自動的に分解し、それぞれを効率的に進めることができます。
更にWebアプリケーション上でビール職人とAIが対話しながら開発を進めることで、AIが提案したレシピ案に対して職人がフィードバックを返し、AIがその内容を反映して再提案する、といった双方向のやりとりも実現しています。
4. 「人生醸造Craft」開発プロセス
AIとの協業を通じて行う「人生醸造Craft」開発プロセスは次の5つのステップで実施します(図1)。
- (1)タスク分解・割振り:Agentic AIを活用し、与えられた指示を自動でタスクに分解し、実行します。
- (2)ペルソナ作成:NEC開発のAIコア技術「cotomi」を用いて、世代ごとの日本人の価値観や特徴を分析し、ペルソナを作成します。
- (3)レシピ情報検索:社内のレシピデータや膨大な世界中のオープンデータをAgentic AIが検索し、翻訳します。
- (4)レシピ案作成:収集・分析した情報を基に、Agentic AIがレシピ案を作成します。
- (5)職人たちと協議:職人とAIが双方向の会話を通じてレシピ案の協議・検討を行います。

拡大する4.1 タスク分解・割振り
本アプリケーションでは、NEC独自のAgentic AIを活用し、与えられた指示を自動でタスクに分解し、実行しました。例えば、「20代日本人をイメージして、社内外のレシピ情報を参考に、新しいクラフトビールのレシピを作成して」と入力すると、Agentic AIは次のようにタスクを分解します。
- タスク1 ペルソナ作成:ウェブ検索を通じて20代日本人の特徴や価値観を把握
- タスク2 レシピ情報検索:社内外のレシピ情報を収集し、タスク1で得た特徴に合致するものを選定
- タスク3 レシピ案作成:タスク1と2の結果を組み合わせ、新しいレシピを考案
このようにして、Agentic AIは一連のタスクを自動で実行し、新たなレシピ案をビール職人へ提示します。
NECのAgentic AIは、曖昧な指示であっても高精度に意図を理解し、効率的なタスク分解を実現できる点が特長です。そのため、ユーザーは複雑な指示を簡潔に入力するだけで、目的に合った結果を実現できます。
4.2 ペルソナ作成
NEC開発のAIコア技術「cotomi」を用いて、世代ごとの日本人の価値観や特徴を分析し、ペルソナを作成しました。cotomiは、日本語の大量データを基に、ターゲットとなる世代のライフスタイルや嗜好を抽出することができます。これにより、開発するビールの方向性やレシピ案の検討において、より具体的で実態に即したペルソナ設計が可能となりました。作成例として、図2に20代のペルソナを示します。

4.3 レシピ情報検索
次に、作成したペルソナに合った社内のレシピデータや、約140万字の膨大な世界中のオープンデータをAgentic AIが検索し、必要に応じて翻訳を行います。従来はこれらのデータを人手で処理していたため、膨大な時間と労力が掛かっていましたが、Agentic AIの導入により、検索や翻訳の作業時間を大幅に削減することができました。
また、単にデータをインプットするだけでなく、ビール職人が特に重視しているポイントに絞ってデータを抽出・インプットする仕組みを取り入れることで、膨大なデータであっても高速かつ効率的に処理できる仕組みを実現しました。これにより多様でターゲット層に合ったレシピ案の検討が可能となりました。
4.4 レシピ案作成
ペルソナ作成やレシピ情報検索で収集・分析した情報を基に、Agentic AIが図3のようなレシピ案を作成しています。

出力内容は「レシピの説明」「原料」「副原料」「作り方」「年代イメージとの関係」「味」「香り」「色」「苦味」など多岐にわたります。特に「苦味」については、ビール職人が意思決定しやすいよう、生成したレシピ案から国際苦味単位(International Bitterness Units、IBU)を推定して出力する仕組みを取り入れています。
4.5 職人との協働
ビール職人が入力しAgentic AIが返答するという単発のやりとりではなく、双方向の会話ができるよう、今回、図4のようなビール職人とAIが協働するためのWebアプリケーションを開発しました。これにより、最初の回答をベースに更なる深堀りや、材料選定などの追加の要望を入力することが可能になりました。

拡大するビール職人はチャット画面で作りたいビールの情報を入力し、AIがその内容に応じて回答を生成します。更に、より簡単にアプリケーションを使えるよう、事前にプロンプトの型を用意し、ボタン1つで基本的なプロンプトが自動入力される仕組みも備えています。
このように、職人とAIが対話を重ねることで、より完成度の高いレシピ案の検討が可能となりました。
4.6 販売活動のための文章生成
開発プロセスそのものではありませんが、生成AIを活用して販売活動に必要な商品紹介文を図5のように4つの味それぞれに作成したほか、プロモーションに活用できる小説を図6のように3本作成しています。生成AIが作成したこれらの商品紹介文や小説は、世代間コミュニケーションを促進するという商品コンセプトを消費者が理解し、具体的な商品活用シーンを思い描くことに貢献しました。


5. 結果と考察
今回、商品開発プロセスにおいて、ビール職人とAIが協働しクラフトビールを開発しました。これにより図7のように20代、30代、40代、50代の4つのクラフトビールを商品化しています。

株式会社協同商事からは、AIを活用することで従来の商品開発プロセスと比較して40%の工数削減効果があったほか、ビール職人は醸造などのクリエイティブな作業に集中できるようになった、とのコメントを頂戴しています。
更に今回の取り組みではAgentic AIがビール職人のクリエイティビティを刺激し、これまで思いつかなかった材料や製法にまでナレッジを拡張させ、ビール職人だけでは作り得なかった独創的な商品が完成しています。
このように、人間とAIのそれぞれの創造能力の特性を補完的に活用することにより、単独よりも優れた成果を生み出すことは「ハイブリッド・インテリジェンス」と呼ばれています3)。今回の取り組みは工数削減だけではなくこのような効果もあったと考えています。
6. おわりに
今回、AIを人間と協働するパートナーとして位置付け、どのような企業にもある「企画」の業務に着目し、その「企画」のなかから、商品開発プロセスにおいてビール職人とAIが協働する試みを行いました。
その結果、商品開発プロセスに要する作業を40%効率化し、ビール職人はレシピの細かな検討や醸造など、クリエイティブな業務に集中することができました。更に、クリエイティブな業務のなかでもレシピアイデア創出の場面では、双方向の会話によりビール職人とAIのそれぞれの創造能力が生かされ、ビール職人だけでは生み出せなかった独創的な商品を生み出すことができました。
今後日本の労働力人口はますます減少するなかで、人はより人にしかできない業務に従事しなければならない状況になると考えています。NECは、これからも企画業務をはじめとする各種業務において、AIが人間と協働するパートナーになるよう貢献してまいります。
商標
- *COEDOは株式会社協同商事の登録商標です
- *その他記述された社名、製品名などは、該当する各社の商標または登録商標です。
参考文献
執筆者プロフィール
プロダクトマーケティング&アライアンス統括部
プロフェッショナル
AIビジネス・ストラテジー統括部
リードデータサイエンティスト
アナリティクスコンサルティング統括部
データサイエンティスト
総務省:情報通信白書令和6年版,2024.7