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プラスチックリサイクルにデジタルプロダクトパスポート(DPP)が果たす役割とそれを支える技術

Vol.76 No.1 2025年3月 グリーントランスフォーメーション特集 ~環境分野でのNECの挑戦~

持続可能な社会を実現するために、循環経済(サーキュラーエコノミー)を目指す取り組みが拡大しています。欧州ではサーキュラーエコノミーを実現するため、デジタルプロダクトパスポート(DPP)が導入されます。日本でも同様の取り組みが進んでおり、NECは内閣府の戦略的イノベーション創造プログラムに参加し、プラスチックの情報流通プラットフォーム、通称PLA-NETJの構築を推進しています。PLA-NETJではNECのトラスト技術を活用することで、データの信頼性を高めた情報流通プラットフォームを提供します。今後対象をプラスチックからさまざまな製品や素材に拡大し、サプライチェーンを情報流通によって支えることで、サーキュラーエコノミーの実現を目指します。

1. はじめに

昨今、経済のグローバル化が広がるなかで、人口増加による資源枯渇、廃棄物による環境負荷、生物多様性の損失、児童労働における人権問題など、さまざまな社会課題が顕在化しており、社会構造の変化に対応するための経済システムが求められています。

これらの課題を解決するため、従来の大量生産、大量消費、大量廃棄の一方通行型のリニアエコノミーを見直し、持続可能な循環型のサーキュラーエコノミーの実現に向けた取り組みが加速しています(図1)。サーキュラーエコノミーとは、資源・製品の価値の最大化、資源消費の最小化、廃棄物の発生抑止を目指し、経済成長や雇用の創出を目的とする新たな経済システムを指し、実現のためには、企業と消費者の行動変容を促すことが重要であり、社会として資源循環に関する情報を共有する仕組みを持つ必要があります1)

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図1 リニアエコノミーとサーキュラーエコノミー

2. プラスチックのサーキュラーエコノミー

2.1 日本のプラスチックリサイクルの課題

サーキュラーエコノミーを実現するための取り組みのなかで、回収したプラスチックの処理方法が世界的課題となっています。日本では、回収したプラスチックのリサイクル率は87%と高い数値になっていますが、そのうち62%はサーマルリサイクルとして焼却処理されています(図2)。サーマルリサイクルとはプラスチックを焼却して生まれる熱エネルギーを再利用するものですが、世界的にはリサイクルとは認められていません。国際基準に照らしてみれば、リサイクル率は25%まで下がり、欧州各国と比較すると低い数値となっています2)

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図2 日本のプラスチックリサイクル率

2.2 欧州のデジタルプロダクトパスポート(DPP)事情

欧州連合(EU)はサーキュラーエコノミー実現に向けて、世界に先行して厳しい環境規制を続々と導入しています。これらの規制を履行させるためのツールとして「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」の導入が進んでいます。

  • バッテリー規則
    2023年8月に発行され、バッテリー製品のライフサイクル全体を規定するもので、ライフサイクルにわたるカーボンフットプリントの開示義務や、リサイクル材の一定割合の利用、使用済みバッテリーの回収率や、原材料の再資源化率の目標値設定などを盛り込んでいます3)。規制対象となるのはEU域内で販売されるすべてのバッテリーで、これらの情報はBattery Passport(電池パスポート)を通じて管理されます。
  • ELV規則(End-of-Life Vehicles Regulation)4)
    使用済みの自動車から出る廃棄物を削減し、自動車にかかわる産業の環境負荷を軽減することを目的とするもので、2031年以降に販売される新車については、使用されるプラスチックのリサイクル率を25%以上とする、再生プラスチック最低含有率の義務化も盛り込まれています。これらの情報はCircular Vehicle Passport(車両循環性パスポート)を通じて管理されます。
  • 欧州エコデザイン規則(ESPR: Ecodesign for Sustainable Products Regulation)5)
    製品に消費者向けの情報を盛り込んだDPPをQRコードやバーコードとして貼付することを義務化しています。2027年までの作業計画において、素材(中間材)、最終製品ごとに、それぞれDPPが定義されていく予定です。

欧州では、国、組織を超えてデータ連携できる、GAIA-X6)と呼ばれるデータスペースのルールや仕組みの整備が進んでおり、DPPはGAIA-Xに準拠したデータスペース上で情報交換が行われます。特に自動車産業を対象としたデータスペースとしてはCatena-Xの構築が先行して進んでいます。

2.3 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期への参画とプラスチック情報流通プラットフォーム

欧州のデータスペースとの相互運用を目指し、経済産業省主導のもと、企業間のデータ流通を実現するための産業データスペース「Ouranos Ecosystem(ウラノス・エコシステム)」が立ち上げられました7)。注力領域として、蓄電池、プラスチック、ベースメタル、建材、家電が設定されています。

そのなかで、令和5年度(2023年度)より、内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期」のテーマの1つとして、「サーキュラーエコノミーシステムの構築(SIP-CE)」が開始されました。NECは、SIP-CEにおいて、プラスチックの情報を伝達するためのプラスチック情報流通プラットフォーム(PLA-NETJ)構築の役割を担っています(図3)。

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図3 SIP-CE概要

3. プラスチック情報流通プラットフォーム(PLA-NETJ)

3.1 概要

PLA-NETJ は、製品に使用されているプラスチック材に関する情報を管理・共有するシステムで、さまざまなデータが記録されたデジタル証明(以下、DPP)を流通させることによりトレーサビリティを確保します。PLA-NETJにより、原料・素材から部品・最終製品の製造や物流、消費後の回収・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体が可視化されます(図4)。

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図4 PLA-NETJによる製品ライフサイクルの可視化

DPPには、製品の基本情報・詳細な管理情報・法規制に係る証明や認証及びデューデリジェンスに関する情報・材料情報・履歴情報が含まれます。各事業者が生産する製品のDPPには、その製品で使用されている部品や材料のDPPが紐付けられることで、製品のサプライチェーンの情報が形成されます(図5)。これらの情報により、製品がどこで採掘された原料を使い、どこで加工・最終製品にされ、その間どのような手段・経路で運ばれ、CO2をどれだけ排出し、リサイクル材はどれだけ含まれ、どの程度の耐久性があるのかなどの詳細な記録をトレースすることが可能となります。

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図5 DPPの構成

サプライチェーンにおいてDPPの運用・管理を行うに当たり、次の3つが課題となります。

  • (1)
    情報の開示範囲を制御するためのデータ主権の確保
  • (2)
    情報の信頼性の担保
  • (3)
    業種・国境を超えた情報の相互運用

PLA-NETJでは、課題(1)の解決のため、分散アーキテクチャを採用し、DPPを発行する事業者が情報の選択的開示を行えるようにします(第3章2節)。課題(2)に対しては、トラスト技術を適用することにより情報提供元の保証や改ざんの防止を行います(第3章3節)。課題(3)に対しては、企業間のデータ流通基盤となるデータスペースと接続することを検討しています(第3章4節)。

3.2 分散アーキテクチャによるデータ管理

PLA-NETJにおいては、DPPを発行する事業者が自らデータを保有し主体的に管理を行うことを想定しています。NECでは、そのためのアーキテクチャとして、DPPの発行・管理機能を事業者の内部に配置し、DID (Decentralized Identifiers)8)によってそれらのID管理を行うことを検討しています (図6)。

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図6 PLA-NETJシステム構成

DIDは、サービス提供者が中央集権的に管理する従来型のIDとは異なり、サービス利用者が自ら管理する分散型IDです。PLA-NETJセンターは、事業者のユーザー登録申請に基づき、PLA-NETJのユーザーであることを保証するための検証可能な証明情報(Verifiable Credential:VC)9)を発行・管理します。各事業者はVCを検証することで、データ連携を行う相手が正規のPLA-NETJユーザーであることを相互に確認します。

各事業者が発行したDPPは事業者内で保持・管理され、必要に応じて他の事業者とPeer-to-Peerでやり取りが行われます。また、発行したDPPは、公開情報のみをPLA-NETJセンターに登録し、そのハッシュ値をブロックチェーンに格納することによって証跡管理を行います。

DPPは、JSON形式で記述され、eシール及びタイムスタンプによって署名され、発行されます。DPPを事業者間でやり取りするに当たっては、事業者間の関係や条件に応じて、特定のデータ項目のみを開示するように制御できることが重要となります。それを実現するため、発行されたDPPに対してSD-JWT(Selective Disclosure for JSON Web Token)10)などを用い、データ項目の選択的開示の制御を行うことを検討しています。SD-JWTでは、対象のデータ項目をダイジェスト値に置き換えたデータに対して署名を行い、開示するデータ項目のみを付与します。これにより、署名を変更することなく、一部のデータ項目のみが開示された状態で署名検証を行えるようになります。つまり、署名検証によるDPPの信頼性を担保した上でデータの選択的開示が可能となります (図7)。

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図7 SD-JWTによるデータの選択的開示

3.3 トラスト技術

DPPの信頼性を担保するためには、DPPの発行元の保証及び発行時刻に存在したデータが改ざんされていないことの証明が必要になります。

これを実現するため、PLA-NETJでは、行政機関により認定されたeシール11)とタイムスタンプ12)を使用してDPPに署名を行います。eシールにより、DPPの発行元の組織や企業の実在性が証明され、また、タイムスタンプにより、DPPが発行された時刻においてデータが存在し、それ以降改ざんされていないことが保証されます。そして、発行されたDPPの証跡をブロックチェーンで管理することにより、信頼性を担保します(図8)。

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図8 トラスト技術によるDPPの信頼性の担保

3.4 データスペース・他システムとの連携

PLA-NETJは、経済産業省主導で立ち上げが進められている産業データスペース「Ouranos Ecosystem」及びさまざまな分野・業種の企業間のデータ連携のためのデータスペース「DATA-EX」との間で、各データスペースで使用される共通インタフェース(コネクタ)を介して接続することを想定しています。これにより業種・国境をまたいだデータ連携・利活用の実現を見込んでいます。

また、東北大学が研究・整備を進めている再生材データバンクや日本廃棄物処理振興センターが運営する電子マニフェストシステム、再生プラスチック材の需給マッチングを行うマッチングプラットフォームとの連携を行うことで、サプライチェーンにおいて再生材を円滑に活用することのできる仕組みを実現していきます(図9)。

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図9 データスペース・他システムとの連携

4. むすび

持続可能な社会への関心の高まりから、製品のサプライチェーンにおいて、企業間及び消費者に対し信頼できる情報を開示することがますます重要となっています。このような需要に対しPLA-NETJでは、さまざまなトラスト技術を活用することで、データの信頼性を高めた情報流通プラットフォームを提供します。PLA-NETJにより、対象顧客である企業は、取引先の企業や消費者が求める情報を適切に開示することが可能となるため、その製品価値や企業価値を向上させることができると見込んでいます。

また、PLA-NETJはSIP-CEの活動においてプラスチックを対象としていますが、他の製品や素材に適用することも可能であり、今後アルミや銅などの金属、化学物質、繊維などにも対象を広げていくことを考えています。さまざまな素材や製品のサプライチェーンを情報流通によって支えることで、サーキュラーエコノミーの実現を目指します。

5. 謝辞

本内容の一部は、内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム 第3期」における「サーキュラーエコノミーシステムの構築」(JPJ012290)により実施されています。


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    QRコードは、株式会社デンソーウェーブの登録商標です。
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    その他記述された社名、製品名などは、該当する各社の商標または登録商標です。

参考文献

執筆者プロフィール

撫佐 昭裕
国交・文教システム開発統括部
シニアプロフェッショナル
阿部 晋樹
テクノロジーサービスソフトウェア統括部
上席技術主幹
小林 宰
テクノロジーサービスソフトウェア統括部
シニアマネージャー
高垣 暁
テクノロジーサービスソフトウェア統括部
プロフェッショナル
伊東 賢太郎
テクノロジーサービスソフトウェア統括部
主任

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