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農業DXソリューション「CropScope」による低環境負荷な営農の実現
Vol.76 No.1 2025年3月 グリーントランスフォーメーション特集 ~環境分野でのNECの挑戦~NECでは露地圃場向けの農業DXソリューション「CropScope」の開発に取り組んでいます。生産者はCropScopeを活用することで、衛星や各種センサーから収集されたデータに基づいて圃場の状況を遠隔かつリアルタイムに把握することができます。更にCropScopeは、収集したデータから最適な水・肥料の施用量や効率的な施用スケジュールを自動的に導出し、その実行までシームレスに行います。欧州の加工用トマト圃場における実証実験においては、水及び肥料をそれぞれ15%、20%ずつ削減しつつ、20%の増収を達成することができました。本稿ではこれらを実現する一連の機能と、CropScopeが貢献しうる環境負荷低減効果について紹介します。
1. まえがき
グローバルな持続可能性への課題に対する認識の高まりから、農業領域においても生産性を維持しつつ環境負荷を低減するための取り組みが広く行われています。農業に起因する環境負荷の例として、トラクターの稼働や土壌中の生化学的プロセスによる温室効果ガスの排出、肥料成分の海・河川・湖沼への流出による水汚染などが挙げられます。そうした環境負荷を低減しつつ収量を最大化するために、耕起・植え付け・除草・農薬散布・灌漑・施肥・収穫などの営農活動の最適化を実現できるソリューションが求められています。
NECでは露地圃場向けの農業DXソリューション「CropScope」の開発に取り組んでおり、「Low input, High output」な農業の実現を目指しています。CropScopeは、作物生育・気象・土壌水分・病害発生リスク・農作業記録など、営農にかかわるさまざまなデータを集約・可視化・分析したり(図1)、圃場に設置された灌漑設備(図2)をリモートで制御したりすることが可能なアプリケーションです。これまでに世界14カ国、14種類の露地栽培作物向けに提供された実績があります。特に、図3に示すセンシングデータに基づく灌漑・施肥の自動最適制御は、Low input, High outputを実現するためのコア機能に位置付けられています。






本稿では、第2章において統合作物モデルと機械学習を活用した熟練生産者の灌漑・施肥ポリシー学習技術について説明し、第3章において収量増への貢献が可能である灌漑システムの遠隔自動制御機能について紹介します。続いて第4章においてCropScopeが農業における環境負荷低減にどのように貢献するのかについて述べ、最後に本稿をまとめます。
2. 統合作物モデルと機械学習による匠の営農の再現
CropScopeにおける最適な灌漑量及び施肥量の導出の流れを図4に示します。この機能を活用することで、収量を維持しつつ、作物が真に必要とする量の水と肥料を把握することができます。


最適営農導出の最初のステップとして、CropScopeは対象圃場の作物生育データを人工衛星で、また気象及び土壌水分データを圃場に設置したIoTセンサーで収集します。次にこれらのデータを統合作物モデルに入力し、作物生育シミュレーションを行います。統合作物モデルは、土壌中の水及び養分の動きを記述した土壌モジュール、気象条件が土壌や作物に与える影響を記述した気象モジュール、所与の土壌・気象条件下で作物がどのように成長するかを記述した作物モジュールなどから構成された統合モデルです。この統合作物モデルを用いてシミュレーションを行うことで、衛星やセンサーで直接収集できない葉からの蒸散量や作物の養分要求量などの圃場パラメータを推定することができます。最後に、収集データ及び推定したパラメータと熟練生産者の灌漑・施肥履歴データを利用して、その営農ポリシーを機械学習によりモデル化します。統合作物生育モデルという “農学知見の集合体” を活用して生のセンシングデータを農学的に意味のある特徴量に変換することで、少量の学習データ(10圃場程度)でも高精度に生産者の営農ポリシーを学習することに成功しました(図5)。


学習対象とした熟練生産者は、周辺生産者と同等の収量を実現している一方で施肥量は少ない傾向にあるため、今回学習したモデルを活用することで低環境負荷な営農を実現できると考えました。2019年に実施したポルトガルの加工用トマト圃場での実証実験では、前述のモデルから導出した日ごとの灌漑量及び施肥量を実際に圃場に適用し、その妥当性を検証しました。その結果、灌漑量・施肥量・収量すべての面で熟練生産者とほぼ同等の水準を達成することができました1)。これは地域平均値と比べて施肥量は20%減、収量は30%増であり、まさにLow input, High outputな営農であるといえます。
一般的に、肥料の過剰施用は作物生育への悪影響がほとんどない一方で、不足による成長阻害が顕著に表れるため、多くの生産者で必要以上の施肥を行うことが常態化しています。実証実験の結果から示されたように、CropScopeの「灌漑・施肥の最適営農導出機能」で提示される推奨値を参照することで、誰もが適時適量の灌漑及び施肥を実行できるようになると期待されています。
3. 灌漑システムの遠隔自動制御による節水・増収の実現
第2章で述べた最適な灌漑量及び施肥量の導出技術を活用することで、地域平均に比べて施肥量を20%削減しても同等以上の収量を得られることを示しました。現在CropScopeには、灌漑量をも削減しつつ、更なる増収が期待できる営農法である “少量多頻度灌漑” を誰でも簡単に実施できる「自動少量多頻度灌漑機能」が実装されています。
少量多頻度灌漑は、ある1日において必要な灌漑量を複数回に分割して実施することで、作物にとって最適な土壌水分量を常に維持することが可能な手法です(図6)。しかし、広大かつ多数の圃場を持つ農家にとっては灌漑管理が複雑になってしまい作業負荷が大きいことから普及が進んでいません。


CropScopeを活用することで、その日に必要な灌漑・施肥を少量多頻度に施用するためのスケジュールを簡単に、自動で作成できるようになります。特に複数の区画から構成されるような大規模な圃場においても、各区画に対する灌漑量・施肥量の違いを考慮しつつ、最適なスケジュールを作成することが可能です(図7)。この「自動少量多頻度灌漑機能」により、圧倒的に細やかな灌漑管理が可能になり、Low input, High outputな農業の実現に一歩近づけると考えています。


少量多頻度灌漑による灌漑量の削減と増収効果を確認するために、2022年からポルトガル・スペイン・イタリア・トルコ・アメリカ・チリなど、世界各国の加工用トマト圃場で実証実験を継続して行っています。外的な要因により期待した効果が得られないケースもありますが、おおよそ15%の灌漑量削減と20%の増収効果が見込めるような結果が出ています2)3)。外的な効果抑制因子として考えられるのは、植え付け前の土づくりの不備や病虫害の発生などです。これらをできるだけ排除し、CropScopeの利用によるLow input, High output効果をより高確率で実現するために、農業領域の知見・経験が豊富なカゴメ株式会社様とパートナーシップを締結して合弁会社「DXAS Agricultural Technology LDA」を設立しました。今後は、両社が持つAgronomyとTechnologyの知見を融合することで、CropScopeの事業拡大を推進していきます。
4. CropScopeの環境負荷低減への貢献
CropScopeの「灌漑・施肥の最適営農導出機能」と「自動少量多頻度灌漑機能」を活用してLow input, High outputを実現することは、生産者の収益性を改善するだけでなく、気候変動への対策や環境負荷の低減にもつながります。例えば、近年世界各地で発生している干ばつに対応するために水使用量を削減したり、水圏の富栄養化や温室効果ガスの排出につながる肥料の過剰施用を防いだりすることが期待できます。
農地に施用される窒素肥料に起因して発生する一酸化二窒素(N2O)は、二酸化炭素(CO2)の265倍もの強度を持つ温室効果ガスです4)。窒素肥料由来のN2O及びCO2はグローバルでの温室効果ガス排出全体の1.23%を占めているとされています。更に、窒素肥料の製造及び輸送などサプライチェーン全体を含めるとその割合は2.1%にまで高まり、排出量の総量は二酸化炭素換算で1.13 Gtにもなります5)。第2章で述べたとおり、加工用トマト圃場におけるCropScopeの活用によって、慣行法に比べて窒素施肥量を20%削減できたケースが確認できています。今後、グローバルかつ多作物向けに事業を拡大させていくことで、農地由来の温室効果ガス排出の低減にも貢献します。
5. おわりに
本稿では、圃場センシングとデータに基づく灌漑・施肥の最適化を実現可能なアプリケーションであるCropScopeについて紹介しました。近年、農業領域でもIoTやAIなど先進的な技術が実装されはじめていますが、これまで圃場で直接土や作物を触り、においを嗅ぎ、時に口に含んでみるなど、五感をフル活用して“センシング”を行ってきた彼らにとって、デジタルで得られる“ただの数字”の情報と現実の圃場状況を紐付けることは容易ではありません。そうしたギャップを埋め、更にはデジタル情報に基づいて従来以上に正確な意思決定が可能になるような“生産者フレンドリー”なアプリケーションこそがNECの目指しているCropScopeの姿です。今後も、CropScope事業をグローバルに拡大させていくことで持続可能な社会の実現に貢献します。
参考文献
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執筆者プロフィール
コーポレート事業開発部門
主任
コーポレート事業開発部門
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