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衛星画像解析と大規模言語モデルの組み合わせによる被災時の迅速な状況把握
Vol.76 No.1 2025年3月 グリーントランスフォーメーション特集 ~環境分野でのNECの挑戦~近年の気候変動に伴う自然災害の増加に対し、NECは衛星画像と大規模言語モデル(LLM)を組み合わせた解析システムを開発しています。このシステムは、チャット形式での対話を通じて専門知識がないユーザーでも直感的に災害状況を把握でき、迅速な初動対応を支援します。精密な被災分析や、定量的な情報を抽出可能な多数の解析AIモデルを組み合わせた迅速な回答生成が実行できる点が特徴です。将来は、気候変動への適応支援に拡張し、データを活用した詳細な災害リスクの可視化を推進する予定です。
1. はじめに
近年、気候変動の影響による気象災害の激甚化や巨大地震の発生など、世界のさまざまな地域で大規模災害の発生リスクが指摘されています。このような災害時において、初動対応や災害復旧を迅速に行うためには、被災状況を正確に把握することが不可欠です。特に、大規模災害発生時には、複数の市町村や県全域をカバーする状況把握が求められます。こうした大規模災害時の情報収集において、人工衛星による地球観測画像(以下、衛星画像)が重要な役割を果たしています。
衛星画像は、遠隔地から広範囲(数十km四方)を一度に観測できるセンシングデータです。そのため、災害時の被災状況把握に限らず、遠隔地のインフラモニタリング、大規模農業の生育状況把握、海洋や森林などの環境モニタリング、更には保険業界における保険金査定など、さまざまな分野での活用が期待されています。
1970年に日本初の人工衛星「おおすみ」を開発したNECは、衛星の開発、製造、運用、画像販売及び画像解析などの宇宙関連事業を50年以上にわたり継続しています1)。この間に蓄積したさまざまな技術とノウハウを活用し、衛星を利活用したソリューションの更なる拡大に貢献したいと考えています。
これを考える際に、現在の衛星画像の利活用における主な課題の1つとして、広大なエリアを人手で分析することが非常に労力を要する点が挙げられます。特に、合成開口レーダー(Synthetic Aperture Radar、以下、SAR)衛星による観測画像は、一般的な光学画像とは異なる特徴を持つなじみのない画像(写真)であるため、その解析には専門家レベルの知識が必要です。この専門知識に依存した人手による解析が、衛星画像を利活用するソリューション出現の広がりの障壁となっていました。

この課題に対し、NECはこれまで培ってきた衛星画像解析の強みと、近年急速に進化を遂げている大規模言語モデル(Large Language Model、以下、LLM)を組み合わせることにより、専門知識がないユーザーでも求める情報を容易に引き出せるシステムの構築に取り組んでいます。
本稿では、開発中の衛星画像解析×LLMシステムの概要と、将来を見据えた事業的展望について紹介します。
2. 衛星画像解析×LLMシステム
衛星画像解析×LLMシステムは、LLMを活用したチャット形式のインタフェースで、AIと対話しながら多様な情報を把握できるシステムです。これを使うことにより専門知識がなくても、衛星画像とその解析結果から幅広い情報を得ることを可能にします。
図1に本システムの概要を示します。本システムは、次の段階的なプロセスで構成されています。まず、衛星画像と地理情報(例:地図)及び言語情報を連携させる画像認識/信号解析AI群が、衛星画像を解析し多様な情報を抽出します。その後に、検索拡張生成(Retrieval-Augmented Generation、以下、RAG)がユーザーの質問を受け取り、解析結果から関連性の高い情報を選別し、LLMが選別された情報をもとにして回答を生成します。このように複数のAIモデルが一連のプロセスで連携することで、ユーザーに対して迅速かつ正確な情報提供を実現します。


第2章第1節以降では、このシステムの特徴を具体的な災害対応への活用事例を用いて紹介します。
2.1 広域データからの状況把握
災害発生時、地方自治体は救助が必要な地域や市民が避難できる安全な場所を迅速に特定する必要があります。
本システムを用いることでAIとの対話を通じ、市全体の状況を把握・特定地域を抽出・現地画像の確認という一連の作業を迅速、かつ簡単に行えます。図2に大規模地震での利用例を示します。本システムに「市全体の被災状況を教えて」と尋ねると、地震前後の状況変化を要約した情報を提供します。「被害が最も大きな地域を教えて」との質問には、理由とともに具体的な地域を示します。「現地のSNS画像を表示して」と投げかけると、SNSから取得した実際の画像を表示します。この機能は、衛星画像の解析データを地図情報と連携させ、地域名や建物名などを簡単に検索できる形式に変換することで実現しています。

本機能を支える特徴的な衛星画像解析技術の1つは、SAR衛星画像からの時系列データ解析技術です。SAR衛星画像は、マイクロ波を用いて撮影した画像で、明るさ(強度)と波の動き(位相)の情報を持っています。特に位相情報を使うことで、一般的な画像では難しい、微妙な変化を高い感度で見つけることができます。NECの独自技術では、SAR衛星の時系列画像をもとに発災による変化を一画素単位で検知できます。一般的な画像処理技術では、空間的に近接する複数の画素の形状変化から変化を見つけるため、構造物が密集した領域内での変化地点の特定は難しいですが、この技術では画素単位で判断できるため、変化を地域や建物と容易に結びつけることができます。
2.2 建物の損壊状況の詳細調査
災害発生後、被災者が生活や事業を再建するためには、住宅などの資産に対する損害評価を迅速に行って保険査定を進めることで、必要な資金や補償を早期に受け取ることが重要です。
本システムでは、災害前後の衛星画像を比較することにより、住宅の損害状況を客観的に確認でき、迅速な損害評価に寄与します。図3に被災時における本システムの活用例を示します。本システムに「画像内で損壊した家を数えて」と指示すると、AIが損壊住宅を見つけ出して数え上げ、個々の住宅の画像も表示します。また、「被害度に応じてランク付けして」との要求に対しては、屋根や構造の損壊、浸水や火事の有無といった複数の指標を用いて評価し、総合的な結果を示します。更に、これらの情報に基づいた損害評価レポートの作成も可能です。

この機能は、ユーザーの問い合わせ内容に応じて参照する解析情報を適宜切り替えることで実現されています。本システムでは、ユーザーの多様な要求に対応するため、汎用的なものから複雑なものまで、100種類を超える画像認識/信号解析AIモデルを用意しています。
すべての画像認識/信号解析AIモデルをあらかじめ動作させて解析情報を蓄積することは、計算時間の観点で非効率です。そこで本システムでは、まず汎用かつ軽量な画像認識AIによる解析情報を保持し、ユーザーの質問に応じて、特定の解析用途のAIモデルを起動して情報を追加していく独自の構成を採用しています。このアプローチにより、回答の質を維持しつつ、計算効率を高めることに成功しています。
2.3 定量的な情報の提示
前述した利用例において、適切な意思決定を支援するためには、定量的な数値情報(例:被災した建物の数)を提供することが不可欠です。近年、画像を文章化する生成AI(Vision-Language Model、以下、VLM)が急速に発展していますが、現在のVLMでは多数の小物体の検出や特定領域の抽出(セグメンテーション)を高精度に行うことはできません。この問題に対して、本システムでは、画像内の多数の物体の検出とセグメンテーションを可能にするようチューニングした基盤AIモデルを開発し、本モデルとLLMとを組み合わせる構成とすることで、ユーザーに対して、より具体的で数値化された情報を提供できるようにしました。
具体例としては図4に示す環境分野での森林監視を目的に樹木量の変化を計測するユースケースがあります。本システムに対し、「2時期の樹木量の変化を教えて」と問い合わせると、それぞれの時期に撮影された画像から、森林エリアの面積とそれ以外のエリアでの樹木1本1本を自動的に抽出し、画像間の違いを定量的な数値比較情報として提示します。


3. 将来の事業展望
本システムを用いる将来の事業展望としては、気候変動に対応するためのセンシングソリューションを充実させたいと考えています。具体的には、衛星で観測される情報を活用し、土地・建物の台帳情報やハザードマップと組み合わせて詳細でより正確な災害リスクの可視化を推進します。
また、NECが開発中の「NECデジタル適応ファイナンス」の実現においても、本技術は重要なピースになると考えています。NECデジタル適応ファイナンスを成立させるためには、対象となる地域の広域・狭域における災害リスクを科学的に測定し、計数化することが重要になりますが、本技術と他の測定技術を組み合わせ、災害リスクを計数化して適切な価値付けを行うことで、気候変動によってもたらされる災害被害へのヘッジとなる金融オプションの組成に寄与するソリューションの創出が期待されます。
参考文献
執筆者プロフィール
ビジュアルインテリジェンス研究所
プロフェッショナル
主任研究員
ビジュアルインテリジェンス研究所
プロフェッショナル
主任研究員
NEC Laboratories America
Department Head
NEC Laboratories America
Senior Researcher
NEC Laboratories America
Senior Researcher
NEC Laboratories America
Department Head
NEC Laboratories America
Senior Researcher
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