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インタビュー

国際標準化の最前線から技術の未来を先読み
技術動向の変化が激しく、先行きが読めない現代。市場をリードするためには先行した研究開発や特許出願が不可欠ですが、未来が見えないなかでは常にリスクを取らざるを得ない状況です。これに対し、NECでは現在、先行きを見通すツールの一つとして、国際標準化の議論に注目しています。世界中の意図を反映した確度の高い未来予想図になり得るという国際標準化とは、いったいどのようなものなのか。最前線の現場で要職も務める担当者に詳しく話を聞きました。
プロフィール

1997年にNECへ入社し、映像符号化技術、映像品質推定技術の研究開発に従事。その後、2011年より標準化推進部にてIoT・スマートシティ分野の国際標準化推進に取り組む。2019年には、国連専門機関ITUでIoT・スマートシティの国際標準化を行うITU-T SG20副議長や一般社団法人情報通信技術委員会IoT・スマートシティ専門委員会委員長に就任。中央大学国際情報学部や東京都立大学システムデザイン学部で非常勤講師も務める。博士(工学)。
グローバルイノベーションビジネスユニット
知的財産部門 標準化推進グループ
シニア標準化プロフェッショナル
山田 徹
最先端技術の仕様や定義を議論し、未来の実装に備える
標準化とは、そもそもどのようなものなのでしょうか?
まず一つ言える大きな役割は、世界中の機器をつなげるための仕組みづくりです。例えばスマートフォンを考えてみてください。さまざまな企業が端末をつくり、OSも複数ありますが、いま私たちは世界中のどんな端末を持った友人ともメッセージや写真、動画を送り合うことができます。これは、通信方式が国際標準として世界で共通化されているからです。「こういう仕組みで、お互いデータを送り合いましょう」ということがルールとして標準化されているので、メーカーやOSが異なってもつながることができるのです。

標準化される通信方式にはさまざまな国のさまざまな会社の技術が使われて成り立っています。この国際標準に自社の技術が採用されるとその技術が世界中で使われるようになりますが、継続的な国際標準に関わる技術開発を実現するためのサイクルも必要です。そのため、標準化活動に携わる会社は、その技術に関する「標準必須特許」を取得し、公平に合理的な対価で国際標準を採用する会社にライセンスすることで、次の研究開発への投資を確保するというサイクルを実行しています。もちろんNECでも、自社技術の採用をめざして活動しつつ、次の研究開発への投資を確保するというサイクルを実行しています。
標準化のもう一つの役割は、人々の認識の共通化です。例えば、私がいま取り組んでいる「スマートシティ」は都市全体をICTで構築するような大規模なシステムということになります。一人ひとりが異なったシステム像を思い浮かべてしまうと、議論がまったく嚙み合わず、社会実装が一向に進みません。そこで、技術が普及するよりもはるか前のタイミングから世界で議論を重ね、定義をつくろうという試みが発生します。これも標準化の取り組みの一つです。新しい技術や新しいアプリケーションの認識を共通化し、国際的な定義をいち早くつくるために活動しています。スマートシティについて言えば、2019年から都市全体をデジタル表現し大規模かつリアルタイムでのシミュレーションを可能にする「デジタルツイン」に関する標準化の議論を進めてきました。
こうした認識の共通化はつまり、数年後の世界の姿を今からイメージするということにもつながります。少しだけ大げさに言うならば、未来予想図をつくっているようなものです。しかも、世界中の企業や組織が合意してつくる予想図なので確度が極めて高いこともポイントです。ここから先回りをした技術開発や特許出願を進めていくことも企業の活動として重要になると考えています。
国の代表として、世界と建設的に議論
標準化推進の現場では、どのような活動をされているのでしょうか?

標準化の会議には、さまざまな立場の人が集まります。私が参加している組織の一つであるITU-T SG20は国連の専門機関なので、国連加盟国の皆さんが参加します。ITU-T SG20は電気通信分野を扱うため、日本からは管轄省庁である総務省や通信キャリア、そして私たちNECのような通信ベンダーが参加しています。そのなかで、各企業の知財担当者や研究者に加えて、大学の研究者や、議論を分析しようとするコンサルティング会社の方も参加しています。国としての総意をまとめて動きますので、事前に国内で会議を行って議論し、競合企業とも連携して動きます。ちなみに、私はIoTやスマートシティの領域で活動していますが、NECでは他にもセキュリティや量子鍵配送ネットワークなど、他の分野でグローバルに活躍している知財担当者や技術者が複数名存在しています。
ITU-Tでの国際標準化の採決は全会一致で決まります。そのため、1カ国でもNOと言ったら提案は通らず、議論も前に進みません。無茶な提案は到底通らないので、現実的な着地点を考えながら他国との良い関係性を築くことが重要です。他国の提案の背景、趣旨を理解して必要なサポートを行ったり、こちらの提案が他国にとってメリットがあれば積極的にサポートを求めたり、といったやりとりも行います。
そういう意味で分析は非常に重要で、技術の詳細はもちろん、各国がどんな背景で提案しているかというところまで踏み込めるように努めます。非常に難しいアプローチですが、こういったことにも総務省や他社と連携しながら取り組んでいるところです。 しかし、やはり基本となるのは互いの文化的背景を理解してコミュニケーションすることです。万国共通語であるスマイルも重要ですね。文化も言葉も違う人たちと議論して一つのものを作りあげていくためには、こうした姿勢は不可欠だと思っています。
国際標準化機関で議長・副議長を担当
議長や副議長としては、どのような活動をされているのでしょうか?
ITU-T SG20では副議長、ITU-T SG20配下のITU-T JCA IoT, DT, and SSC&Cやアジア太平洋地域の標準化機関であるAPT ASTAP EG IOTでは議長を務めていますが、こうした役職としてはやはり、中立の立場で議論を進行することを心がけています。仮にNECとして発言する場合には、「これはNECとしての発言だけど」と明確化して、副議長としての発言なのか、NECとしての発言なのかを常にはっきりさせるようにしています。また、日本政府から推薦いただいて就任するポジションなので、一企業としてではなく、国を代表しているという意識も忘れません。
先ほどお話したとおり、会議は全会一致での採決となるので議論には長い時間がかかります。時には議論が紛糾することもありますが、そうした時こそ手腕の見せどころです。例えば、うまく休憩を入れることで当人同士での議論を促すなどの工夫も一つのテクニックです。
議長職としては中立を徹底しますが、このように会議でプレゼンスを上げることでNECを紹介する機会も増えてきます。結果的に会社の信頼醸成や製品訴求にもつながりますので、こうした役職にも積極的に取り組んでいます。

国際標準化の議論を先行的な技術開発や特許出願へ活用
今後の目標を教えてください。
国際標準化の議論から5年後、10年後の未来を先読みして、社内での先行的な技術開発や特許出願をよりスムーズにできるように取り組んでいきたいですね。そのためにも、引き続き国際標準化の最前線の現場で世界をリードする位置を築き、より新鮮で確度の高い情報を得ることが重要です。また、国際標準化における最先端の議論の動きと、社内の事業検討をより強固にリンクさせることも必要になるでしょう。国際標準化という世界が全会一致で作り上げる未来予想図を活用して、NECの事業にも貢献していきたいと考えています。
