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ティム・ブラウン氏に聞く、企業、デザイン、そしてイノベーション
-デザインコンサルタント会社 IDEOとNECのコラボレーション-

Tim Brown(ティム・ブラウン)

アメリカ合衆国カリフォルニア州パロアルトに本拠を置くデザインコンサルタント会社 IDEOの会長。
著書に、「デザイン思考が世界を変える」イノベーションを導く新しい考え方(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)、「IDEO流 実行する組織のつくり方」(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部)
など多数。

Interviewer:瀧口 範子, Photographer:鍋島 明子
Curation:安 浩子(NEC)

インタビューによせて(NEC 安)
昨今、デジタルトランスフォーメーション(DX)は近代の組織戦略の中心となっています。 その中で、人の視点からアプローチするデザイン思考の重要性が高まっています。

デザイン思考は、コラボレーティブな方法でアイデアを生み出すのに役立ちます。さらに良いことに、デザイン思考は固定概念やマインドセットの変革にも役立ちます。GAFAのようなグローバル企業が、このデザイン思考を、あらゆる企業活動に取り込み、多くの成功事例を生み出しています。

IDEO社は、「デザイン思考」とその実践方法を生み出した会社として世界で高く評価されています。

デザイン思考をビジネスや組織の中にどのように適用すべきなのでしょうか?

IDEO社とNECの取り組み
「グリーンハウス・プロジェクト」
「エンジニアリングデザインワークショップ」

NECは1990年代に、5年もの長い時間、IDEO創業者ビル・モグリッジ氏の多大な協力を得て、「NECのグリーンハウス・プロジェクト」に取り組みました。私たちNECのデザインメソッドは、この取り組みの影響を大きく受けています。

本日は、NECとIDEOのかつてのコラボレーションの様々な資料や冊子をお持ちしました。また、当時を良く知るジャーナリスト 瀧口さんにもお越し頂いています。

この20年の間に、IT業界の事業環境は大きく変わりました。
本日は、当時1990年代の活動と、2000年代デザイン思考の誕生の背景、今後に必要な企業におけるデザイン組織のあり方について教えてください。

日本とグローバル企業の成長の両面を良く知る、IDEO会長 ティム・ブラウン氏にそのヒントをお伺いしたいと考えています。

『グリーンハウス・プロジェクト』は、
みなが人間中心的デザイン開発に注目し始めた頃だった

瀧口: ティムさんは、NECが製品のためのデザイン言語を確立するためにIDEOと協働した『グリーンハウス・プロジェクト』にも参加されていましたね。どんなことを覚えていますか。

ブラウン: 私がIDEOのサンフランシスコ事務所を率いることになったのが1992年でしたが、『グリーンハウス・プロジェクト』はその前年の1991年にスタートしましたね。私の『グリーンハウス・プロジェクト』の位置付けは、みなが人間中心的なデザイン開発に注目し始めた頃だったということです。その10年後に「デザイン思考」とIDEOが表現するようになったことの一部は、その時手がけていたことに含まれていたと言えます。ユーザーの元へ出かけて行って彼らを理解するために観察を行い、それをアイデアのインスピレーションにするといったことです。プロジェクト自体は、多少インタラクション・デザインやシステム・デザインの側面があったもののハードウェア製品に関わるもので、現在中心になっているソフトウェアやサービスではなかったにも関わらず、です。

瀧口:製品のためのデザイン言語はどのように考えられたのでしょうか。

ブラウン:デザイン言語も、ユーザーのニーズに応えることに焦点を合わせていました。製品のどこに触れてどう操作するか、使いやすさはどんなところから感じるのか、といったことを検討しました。開発されたデザイン言語は非常にシンプルで、今となっては時代を感じさせるものですが、それでも人間中心的であったことは確かです。重要なのはそこで、ここで生まれたものがヘリテージとなって、現在のサービスデザインにも通用する。当然サービスデザインはソフトウェアが中心となるため複雑さはもっと増しますが、ユーザーがいてプロセスがあるという点では同じです。

瀧口: デザイン言語開発の過程で、「アイコン」と名付けた簡単な模型も作っていましたね。

ブラウン:当時としてかなりイノベーティブだったのは、デザイン言語が規則(ルール)ではなく原則(プリンシパル)に基づいて作られたという点です。それまでのデザイン言語開発では、企業構造であれブランディングであれ、ルールに基づく分厚いマニュアルが作られていました。細かな指定があって、全てはそれに従わなければならなかったのです。一方、『グリーンハウス・プロジェクト』では意識的にそれを避けました。そしてNECのデザイナーらが原則に則りながらも、なおクリエイティブであり新しい状況にも対処できるという環境を作り出したかったのです。ものごとは急速に変化していましたから、規則はすぐに陳腐になるだろうとも予測していました。こうしたアプローチが可能だったのも、ビル・モグリッジと榊原晏さん(当時NECデザイン社長)がその数年前から話し合いを続け、互いの信頼関係を築いていたからだと思います。榊原さんは、哲学的かつ実践的な考え方の両方ができる人だったことを覚えています。

瀧口:原則と規則は、どう違いますか。

ブラウン:原則とはスタート地点であり、そこから始めて端のない永遠へ行き着くことができます。一方、規則は境界を作り、その向こうへは行けません。ただ、原則を解釈する方法はいろいろあるため軌道を外れてしまうこともよくあって、視覚的な一貫性を生み出すのは難しくなる。そのため、『グリーンハウス・プロジェクト』ではNECIDEOのデザイナーとの間で例としてのアイコンを数多く作り、原則がどう利用できるかを表現しました。ただのプラスティック板で作ったものでしたが、デザイン要素を表現する、いわばアイデアのライブラリーのようなものでした。使い勝手が良く、ライブラリーはその後も数を増やしていきました。

瀧口:当時、企業によるデザイン活動はどんな状況でしたか。

ブラウン:おそらく日本は、世界で一番企業内デザインチームが大きく強かった時代ではないでしょうか。ただ、メーカーは何もの製品を発表していたため、ほとんどの企業内デザイナーは漸進的なデザイン作業に追われていました。IDEOはいくつものメーカーとパートナーシップを組み、企業デザイナーのチームが日々のプレッシャーから解放されて殻を破れるようなカタリストの役割を担っていたと思います。企業デザイナーが自分で殻を破れなかったというわけではありませんが、目前のビジネスがあってそうする余裕がなかったのです。また、大企業は保守的で、イノベーションを製品の中に盛り込むためには大きな努力を必要としましたし、そもそも製品スペックはデザイナーが関わる前に決定されていましたから、人間中心的なアプローチを統合するのは難しかったと言えます。

インタビュアー:瀧口 範子
フリーランスの編集者・ジャーナリストとして、シリコンバレーに在住。テクノロジー、ビジネス、政治、国際関係や、デザイン、建築に関する記事を幅広く執筆する。上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。1996〜98年にフルブライト奨学金を受け、スタンフォード大学コンピュータ・サイエンス学部に客員研究員として在籍(ジャーナリスト・プログラム)

デザイン思考誕生には、もっと大きく複雑な問題に関わりたいという
デザイナーの動機づけがあった

瀧口:デザイン思考という考え方はどのように生まれたのですか。

ブラウン:デザイン思考という言葉を使い始めたのは、2000年初頭でした。製品デザイナーとして手がけていた対象を超えて、もっと広い意味でデザインという考え方を説明するにはどうすればいいかと、デヴィッド・ケリーと話し合っていた時です。デヴィッドが、「いつもデザインについて聞かれる時には、考え方という言葉をつけている」と言うのです。ああ、それでいいんじゃないか、と言うことになった。デザイン思考という表現は、デザインを民主的にして誰にでもアクセス可能にするためのものです。そもそもデザイナーが持っている姿勢や方法論であり、人間中心的なデザインに沿うものです。いろいろな捉え方がありますが、私自身はそう見ています。世界を捉える際に人間を真ん中に据えたレンズを用いるため、デザイナー以外の人にも通じるのです。ですから、デザイン思考と人間中心主義には重なる部分が大きいのです。分けるとすれば人間中心的デザインは哲学で、デザイン思考は実践と言えるでしょう。『グリーンハウス・プロジェクト』も含め、当時関わっていたさまざまなプロジェクトでデザインとは何かを説明する方法を模索したわけですが、そこで語っていた人間中心主義がデザイン思考の考え方の一部になった。それと同時に、コンピュータ科学者や心理学者がIDEOに加わり、超領域的なチームでデザインを語る際の言語を作ろうとしていました。それがユーザー観察といったような表現につながっていった。ですから、これは非常に重要な時期だったのです。

瀧口:その当時手がけていたプロジェクトから、デザイン思考という方法論が徐々に形成されていったわけですね。デザイン思考は、その後広く受け入れられるようになりました。

ブラウン:これが生まれた背景には、2つの動機があったと思います。ひとつは、もっと大きく複雑な問題に関わりたいというもの。ハードウェアからソフトウェアへ、製品からシステムへという変化も含め、当時世界が大きく変わっていた。デザインは解決策であり、デザイナーとしてはそうしたところに関わらなければならないと感じたのです。もうひとつは、デザインのプロセスに異なった専門知識を取り入れたかった。そもそもIDEOはそういう組織でしたが、デザインをもっと大きなものとして捉えた結果、アントレプレナー、社会科学者、エンジニアなど、さらに異なった専門家が加わるようになって複雑な問題にも取り組めるようになったのです。

瀧口:デザイン思考は、企業と外部デザイナーが共同作業を行う際のツールとしても有用だったわけですよね。

ブラウン:自分たちがやることを説明できるという意味では、確かに大切でした。というのも、デザインとはミステリアスなものだと感じる人も多く、またそのように振る舞うデザイナーも少なくない。デザイン思考はデザインを直感的で鮮やかなものにし、マーケティングや金融、エンジニアリングなどデザインとは無関係だった人にもその方法論がわかるようにしました。なぜユーザーを観察するのか、なぜプロトタイプを作るのか、なぜアイデアを視覚化するのかといったことを理解できるようにして、顧客企業が抱える大きな問題の解決をサポートするのだということをわかってもらえるようにしたのです。とは言え、デザインのプロセスでマジカルな部分はあります。無数の情報やアイデアを統合する瞬間がそれで、ここは依然直感に頼る部分が大きい。

イノベーションの機会を見出すことがデザインの役割に加わった

瀧口:その後20年が経ったわけですが、デザイン思考はどう変化しましたか。

ブラウン:変わったことはたくさんあります。ひとつは、当初比較的リニアなものとしてデザイン思考の方法論を説明していましたが、実際には明らかにそうではないということです。どこから始めても構わないし、デザインをしてからユーザー観察を行うなどどの順番で行ってもいい。つまりもっとカオス的なプロセスであってもいいということに、多くの人々がなじむようになっています。優秀なデザインチームほど、自分たちのニーズに合ったカオス的プロセスをうまく使える。もう一つは、ソフトウェアへのシフトが起こったということです。これがデザインに対する考え方自体を変えました。ハードウェア時代は、デザイン思考を行い、その後エンジニアリングや製造などのプロセスがどこか別の場所で進み、製品がローンチされます。しかし、ソフトウェア時代には、絶えずローンチして絶えずデザインしている。デザイナーはプロセスの上流と下流の両方向により深く関わることが求められ、デザインと製品を作る作業とがもっと密接になった。そのため、プログラミングがわかる人間がデザインチームにいることも重要になりました。さらにもう一つの変化は、まったく新しいものを生み出す機会、つまりイノベーションの機会を見出すことがデザインの役割に加わった。デザインとはただ世界を向上させるだけではなく、イノベーションを起こして世界の新しいバージョンを生み出すものであると想定されるようになっているのです。つまり、デザイナーは起業家的素質も持ち合わせていなければならなくなった。デザイン思考という方法論がなければ、果たしてデザイナーが今のようにイノベーションに関わる機会が与えられたかどうかは不明です。

瀧口:具体的にはどのようにイノベーションの機会を見出すのでしょうか。

ブラウン:デザイナーは世界を異なった方法で捉えるので、新たな洞察を得ることが多い。デザイナーは人々に対する共感を持ち、人々が表現できないでいるものを理解する。また、未来というまったく未知なものを視覚化できるというスーパーパワーも持っている。目に見えるものを作ることで、言葉以上にリアルに表現できるからです。その意味で、マーケティングやエンジニアリング、ビジネス関係者とは違った視点を持ち、違ったアイデアが出てくるわけです。ただし、そこにはただ面白いとかユーザーに気に入ってもらえそうというだけではなく、実際に技術的に作れてビジネスとしての価値を生み出すという現実性を備えた責任感が伴っていなければならない。人々が欲しいと思う好ましさ、実際に可能であるという実現可能性、ビジネスの観点から見ても意味があるという実行可能性の3つに考えを及ばせるようでなければ、イノベーションに関わることはできないと思います。

瀧口:最後に、今後企業内デザインチームはどのような強みや可能性を持つと思いますか。

ブラウン:アメリカの企業内デザインチームは大きく変わりました。私がイギリスからサンフランシスコにやってきた1980年代に、企業内デザインチームがあったのはヒューレット・パッカードくらいだったでしょうか。その後、アップルのような企業内デザインチームが生まれました。しかし、今ではグーグル、フェイスブック、エアービーアンドビーのようなシリコンバレーのテック企業が、どこも数人規模のデザイナーを抱えています。しかも、かつてのような単一のデザイン部門というものはなく、デザイナーは各事業部に拡散しています。アップルには25人ほどの小規模のデザインチームがありますが、彼らは製品デザインを手がけ、残りは会社全体に散らばっている。

瀧口:デザイナーが拡散しているという組織体制は、何を意味するのでしょうか。

ブラウン:2つあるでしょう。ひとつは、ビジネスがデザインを尊重しているということです。そうでなければ、各事業部にデザイナーを抱えるということはない。これによってデザイナーは、日々影響を与えることができ、実際どこの会社にも、経験を積んだシニア・デザイナーいます。もうひとつは欠点ですが、デザイナーが単一のコミュニティーとして自覚できず、エンジニアリングやビジネス文化に過度に振り回されがちになることです。ただ、デザインへの投資は大きなものになっていて、この動きは医療などテック企業を超えて広がっています。

瀧口:企業のデザインにおいて、理想的なプロセスとは何でしょうか。

ブラウン:今やあらゆることが変化し続けているので、理想的ものはありません。正しいものがあるとすれば、どれだけ適応性を持つかということになるでしょう。これからも変化は続き、世界の変動はますます大きくなる。デザインとは、そうした変動に対処し、素早く学び、そこから学んだことを企業の行動へ変換する力を持つ。そのためには、デザイン自体もデザイン組織も適応性を持つものでなければならないのです。IDEOも常に組織を変え、異なったコミュニティーとつながって、どう共同作業ができるのかの実験を繰り返しています。

瀧口:本日は、ありがとうございました。

安 浩子 Hiroko Yasu
NEC デジタルビジネスオファリング本部 デジタルエクスペリエンスデザイングループ長

キャリアサービス、エンタープライズ向けなどのお客様に向けたサービスデザインコンサル事業を経験、新事業企画部門を経て2018年にサービスデザイン組織を立ち上げ、2020年、お客様にチームを提供するサービスデザイン組織、DXD(Digital eXperience Design)を立ち上げ