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秘伝のサイバー捜査術

Episode V サイバー空間の赤馬

京都府警や警察庁でサイバー犯罪捜査を先頭で切り開いてきたNECサイバーセキュリティ戦略本部 木村公也が、警察官時代の捜査経験をもとにコラムを執筆。捜査官目線でサイバー犯罪の現場に迫ります。(物語はフィクションです。)

1.放火現場

上司からの叱責を受けているイメージ図

赤馬が出た。刑事は放火犯のことをそう呼ぶ。
火災現場に急行するパトカーの中で先輩が叫んだ。

「お前は写真を撮れ。現場に到着次第、炎を背にしてシャッターを切るんだ!」

炎を背に?なぜ?火災現場を撮るんじゃないのか?

新任だった私は、初めての出動に緊張のあまり先輩に聞き返すこともできなかった。現場で走り回るうち、先輩の指示は頭から完全に吹っ飛び、翌日、先輩にどやしつけられた。

「野次馬が全然撮れてないじゃないか!現場は一発勝負なんだよ。失敗したら終わりなんだ。」

この時初めて、先輩が野次馬を撮れと言っていたことが分かった。放火の動機の多くは、怨恨ではない。火事で人々が逃げまどい、大騒ぎになるのを見て興奮するのが目的だ。放火犯は、自分が世間を動かすほどの大きな力を持っているかのように勘違いするのだ。放火は連続発生する特徴がある。野次馬にまぎれ、いつ、どこで起こるか分からないはずの火災現場に、いつも居合わせる人間。それが犯人だというのだ。

先輩に叱られながら赤馬捜査の秘訣を教えてもらってから、もう30年が経った。

2.衝撃の電話

突然、電話が鳴った。知り合いの検事からだった。

「以前、お話していた犯行予告事件が大変なことになりました。」

犯人を誤認逮捕し起訴してしまったという。3カ月前、検事は「今回、初めてサイバー犯罪を担当することになった」とわざわざ連絡をくれた。犯行予告は、脅迫罪や業務妨害罪が適用されることが多い。書き込んだ内容自体が犯罪であり、他の事件のように金や物の動きがなく、証拠が極めて少ないのが特徴だ。

「犯行予告の捜査は、シンプルなだけに難しい面があります。たとえ犯行予告の際のIPアドレスが分かっても、ネットカフェや他人の無線LANのタダ乗りによる書き込みもあり得ますからね。」

こう話したきり、その後、検事とはお互いに連絡をとることもなかったが、それ以上の事態になるとは、まったく予想だにしないことだった。巷に、パソコンを遠隔操作できるウイルスが存在することは、サイバー捜査に従事する者にとっては周知の事実だ。しかし、まさか誤認逮捕の誘発に利用されるとは・・・。

思いもよらない攻撃を奇襲という。奇襲は攻撃側の小さな力でも、相手方に甚大な被害をもたらす。あの時、もう一歩踏み込んで考えていれば、ここまで手痛いダメージは回避できたかも知れない・・・私は、長年、サイバー捜査に従事してきた者として、自分自身の不甲斐なさに唇を噛んだ。

3.類似事件

実は、以前、ある事件の捜査で、ウイルス感染したパソコンを取り扱ったことがあった。捜査資料では、発信元を示すIPアドレスは、明らかに捜索先のパソコンを示していた。しかし、いくら相手を取り調べても身に覚えはないという。当日、別の現場にいた私に、捜索現場の帳場長から電話がかかってきた。

「相手は否認していますが逮捕しますよ。このパソコンから発信されている事実は間違いありませんから。」

逮捕状を執行する了解を求めてきたのである。電話越しに現場の混乱と興奮が伝わってきた。おかしい・・。私はその現場に一番経験が長く、実力がある者を帳場長として投入していた。その帳場長が犯人を逮捕するとは言うものの、口調は明らかに迷っている。私は、現場にいる一番冷静な者と電話を替わるよう指示した。電話口には、当日、他の現場から捜査の応援に来ていた若い捜査員が出た。

「私には、どう見ても相手が否認しているようには思えません。」

結局、逮捕状は執行せず、任意捜査に切り替えた。少し弱腰だったかも知れないとも思ったが、ことに及んで逡巡する自分がいた。自信をもって逮捕状を執行することができない以上、慎重な上に慎重を期すべきだ。その後、押収したパソコンを解析した結果、ウイルスが検出された。ウイルスが勝手に外部に向けてファイルを送信していたのだ。冷や汗が出る思いだった。

帳場長は、その名の通り捜査帳場の責任者だ。捜査員を随え(したがえ)、目の前には容疑者と直接対峙している。やり甲斐もあるが、犯人逮捕に向けたプレッシャーも極めて大きい仕事だ。いくら優秀な捜査員でも、時としてこのプレッシャーが冷静さを失わせる。本来、そんなプレッシャーと事件の行方とは別物だ。捜査はあくまでも証拠に基づいて冷静に判断し、相手の弁解にも真摯に耳を傾けなければならない。罪を犯したことを認めれば本当のことを言った、認めなければ嘘をついているというのであれば、相手から話を聞かなくても、最初から結論は決まっていることになる。取り調べはけっして自供させるためにあるのではない。あくまでも真相を究明するためにあるのだ。

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