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Episode IV 国境を越えて
秘伝のサイバー捜査術京都府警や警察庁でサイバー犯罪捜査を先頭で切り開いてきたNECサイバーセキュリティ戦略本部 木村公也が、警察官時代の捜査経験をもとにコラムを執筆。捜査官目線でサイバー犯罪の現場に迫ります。(物語はフィクションです。)
1.被害者の声なき声
ネット内には性的な画像が氾濫している。その多くはプロのヌードモデルだ。しかし、なかには個人的な写真が本人の知らないうちに公開されている場合がある。重大な人権侵害であり、被害者のダメージは計り知れない。ある日、一通のメールが届いた。

「私の裸の写真がネットに晒されている。消して欲しい。」
夫婦でふざけて撮った写真がウイルス感染により個人情報とともにネットに流出したというのだ。問題のサイトを確認したところ、被害者の性的な画像のほかに、本人の住所、氏名、年齢、電話番号、家族構成等、個人情報、そして、女性を揶揄する言葉までもが書き込まれていた。
「この女性はA病院の看護師さんです。みんなで実物を見に行きましょう。ただ今、彼氏を募集中です。」
流出画像は、バイアグラやアダルトグッズの客寄せに使われていた。被害者は300人を越え、日々、それは増えていった。被害者にも軽率な面がないとは言えないが、あまりにも非人道的で卑劣な犯行だ。他人の恥部を自分らの利益のために利用する人間を絶対に看過することはできない。耳目を集めるような画像はコピーがコピーを生み、人権侵害の連鎖は永遠に続く。早急な対策が必要だ。被害者は自殺も考えたが子供がいるので死にきれなかったと言う。ほかの被害者はどうしているのか。多くの被害者の声なき声が聞こえたような気がした。
2.国境の壁
犯人のサイトは米国のレンタルサーバ内にあった。サイバー犯罪では、犯人が自らの身を隠すために海外サーバを利用することが多い。サイトを調べていた捜査員が声を上げた。
「サイト閲覧時に、米国から日本に返ってくる信号があります。」
米国サーバにアクセスする度に、国内のどこかに信号が飛ばされているのだ。犯人が様々な国内サービスを多用したために起きたミスだ。送信先でその信号を待ち受けることができれば、このサイトを見ている者のIPアドレスが分かる。犯人自身も自分自身のサイトを見る時があるはずだ。きっと、閲覧者のIPアドレスの中に、犯人のIPアドレスも記録されている。それでは、どのIPアドレスが犯人のものなのか?
私たちは、サイトが更新されるのを待った。犯人は、サイトがうまく更新できたかどうかを確認する必要があるからだ。単なるサイトの閲覧者は、いつサイトが更新されるか分からない。それなのに、毎回、更新直後に必ずアクセスしにくる者、それは更新されたことを知っている人間だ。つまり、犯人特有の犯行直後の動き、後ろ足を捉えるのだ。その結果、画像はタイからアップロードされていることが判明した。
次に、金の流れを追った結果、ある小さな会社が浮上した。犯人グループは4人。都内に社長と秘書、そして、タイに従業員2人が駐在していることが分かった。従業員の足取りを追ったところ、チェンマイ空港で消えていた。
事件は、わいせつ電磁的記録媒体陳列罪を適用することにした。名誉棄損を適用した場合、被害者が公判に立てるような精神状態ではなかったからだ。わいせつ事件では、証拠たる流出画像を押収する必要がある。しかし、タイ側からアップロードしているということは、証拠をすべてタイ側にいる従業員が持たされている可能性が高かった。日本側だけを捜索し社長を取り調べても、証拠画像を押収できなければ立件は難しい。しかも、タイ側の従業員に通謀されれば証拠隠滅されることは確実だ。捜査が失敗すれば、米国サーバ内の画像は公開されたままになる。それだけは絶対に避けなければならない。