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量子インスパイアード技術を用いた物流の最適化
Vol.76 No.1 2025年3月 グリーントランスフォーメーション特集 ~環境分野でのNECの挑戦~NECとNECフィールディングは、保守部品の配送計画最適化に量子インスパイアード技術を適用し、2022年10月より本番業務システムとして運用しています。具体的には、東京23区内に保守部品を供給するNECフィールディングの東京パーツセンターにおいて、従来人手で行っていた日々の配送計画業務を、量子インスパイアード技術を適用したシステムを導入し自動化しました。このシステムにより、温室効果ガスの排出量を抑制しながら、業務の効率化とコスト削減を実現しました。本事例のように、量子インスパイアード技術はグリーントランスフォーメーションに貢献することが可能です。
1. はじめに
量子インスパイアード技術は、地球温暖化などの環境問題を先端技術で軽減することを目指すグリーントランスフォーメーション(GX)に寄与することが期待されています。量子インスパイアード技術は、従来型のアルゴリズムでは膨大な計算量となってしまい解くことが困難な組み合わせ最適化問題を高速に解くことに長けています。例えば、温室効果ガスの排出量を最小化しつつ経済活動を発展させるための最適な輸送計画や燃料供給計画を作成することができます。また、ものづくりの領域でも、環境負荷を最小にするために、生産効率を最大限に向上させる生産計画を作成することができます。このように 量子インスパイアード技術は、気候変動問題に取り組むうえで、重要な役割を果たすことが期待されています。
本稿では、量子インスパイアード技術を活用することで配送計画の最適化を行ったNECフィールディングの事例を紹介します。
2. NECフィールディングの業務内容
2.1 保守部品ロジスティクス業務の概要
NECフィールディングの運用保守サービス事業における保守部品ロジスティクス業務は、NEC製や他社製の法人向けICT機器のほか、医療機器や店舗設備、ロボットなどの非ICT機器などに故障が発生した場合に、CE(カスタマーエンジニア)が現場に出向いて保守、修理サービスを行っています。
NECフィールディングの東京パーツセンターは都内南部に約6,000m2の倉庫を構え、およそ15万点の保守部品を保有しています。30台の軽車両と8台のバイクを使い、24時間365日体制で1日当たり数百箇所に部品を配送しています。
2.2 都市圏特有の配送計画
都市圏で保守/修理を行うCEは、公共交通機関を利用し移動します。したがって、配送車は東京23区内をカバーエリアとし、CEがお客様先に到着する時刻に合わせて保守修理作業に必要な部品類を届ける必要があります。
この配送計画は、CEの現場到着時間をもとに作成した出動計画と交通事情も加味し、配送コストを最小化するために複数の案件の保守部品をまとめて配送しています。CEと配送車を別々にお客様先へ到着させている背景には都市圏特有の事情が2つあります。
1つ目は、公共交通機関を利用する方が車移動よりもCEのお客様先到着時刻を正確に見積もれることです。CEの到着時刻に合わせて事前に部品を到着させることで、時間厳守の高いサービスレベルを実現します。
2つ目は、都市圏ではお客様先で駐車場確保が難しいことです。このためCE自身が保守部品を車両に搭載し運転、お客様先に出向き、長時間の保守/修理を行うことはできません。逆にいえば保守部品配送車は長時間駐車できず、常にお客様へ部品を配送し続け、配送時間を守ったうえで最も効率の良い配送ルートを選択する必要があります。
これらの理由から、NECフィールディングはお客様への高いサービスレベルの提供と法規制を遵守した都市圏特有の効率的な配送計画を立案しています。
3. 配送計画立案業務の現状と課題
3.1 配送計画立案の現状と難しさ
配送計画立案業務において機器故障への対応依頼があると、CEの派遣を調整すると同時に、保守部品の配送を手配します。保守部品の配送計画は、数百もの配送場所、軽車両やバイクなどの配送手段の選択、一度に複数箇所を巡る積み合わせによる効率化などを考慮して決定します。これだけでも配送計画の組み合わせは10の753乗通りにも及び、従来の方法でコンピュータを使って計算するのは現実的ではありません。更に、本件特有の条件として、図1に示すとおりCEと配送車を別々の手段で同時間帯に到着させる必要があり、一般的な物流最適化問題に比べて非常に複雑で難解な問題となっています。


3.2 配送計画の属人化と後継者育成の課題
これまで、熟練社員が、配送計画の膨大な条件を加味するとともに、「距離は遠くても、こちらを通った方が速い」「この曜日はこの道の渋滞が多い」といった経験的な情報も考慮しながら、前日までに受注した保守作業に必要な保守部品配送依頼を用いて2時間程度を掛けて配送計画の立案を行っていました。仮に熟練社員が立案をしない場合、配送効率が大幅に低下してしまうことが予想されます。また、立案業務の後継者を育成するにも膨大な時間が必要になります。
4. 量子インスパイアード技術の活用による課題解決
4.1 VAを活用した配送計画最適化
第3章の課題を解決するために、NECでは、大規模な組み合わせ最適化問題を高速に解くために開発された量子インスパイアード技術を活用したVA(Vector Annealing)を採用しました。
次は、本事例で活用されているNECのVAの特長について紹介します。最後に、本事例でのVAを活用した最適化について概説します。
4.2 VAの特長
NECが開発するVAは、従来の一般的なアニーリングマシンと比較して、実課題への適用という点において強みとなる4つの特長を有しています。
1つ目の特長として、NECが開発したスーパーコンピュータ SX-Aurora TSUBASA(高速行列計算・高速メモリアクセス)上で最適化計算を行うことにより、高速な求解処理を実現しています。
2つ目の特長として、SX-Aurora TSUBASA 1ユニットで10万ビット級の大規模問題を投入することができます。更に、複数のユニットを用いて並列に処理することにより、実課題のなかで想定される、より大規模な問題を投入して解くことも可能になります。
3つ目の特長として、アニーリング処理において、有効解を効率的に探索する独自のアルゴリズム(制約フリップオプション)を実装しています1)。フリップオプションが実装されたNECのVAでは、アニーリング探索中に、制約条件を満たす状態のみを集中して探索することにより、高精度の解を高速に得ています(図2)。これは、後述するNECフィールディングの例のように毎日入力データが異なるケースで、入力データのトレンドが多少変化した場合でも安定的に有効解を得られやすくなります。このことは、実社会での実装において大きな強みとなっています。


4つ目の特長として、制約条件の重みづけをオートチューニングする機能が実装されています。この機能により利用者のチューニングの手間がなくなり、利便性を強化しています。
4.3 NECフィールディング事例における最適化
ここでは、NECフィールディングの事例において、実際にVAを活用して配送計画を最適化した際の概要について述べます。
NECフィールディングの業務フローでは、コンタクトセンターが、お客様からの障害対応依頼の連絡をもとに、保守部品の必要な到着タイミング、場所を随時パーツセンターに連絡します。パーツセンターは、これらの依頼をもとに、当日のトラックの割り当てや、どの保守部品をどの順番で輸送するかを決定します。本事例では、このパーツセンターで行われている配送計画にVAを用いた最適化を実装しました(図3)。


問題の定式化では、トラックの走行距離を最小化する目的関数を導入しています。制約条件としては、保守部品を漏れなく配送する、CEの到着時間帯に合わせる、すべてのトラックは業務時間内にパーツセンターに戻る、などが含まれています。定式化された数式から最適化モデルを構築し、VAに投入することで、膨大な配送計画の選択肢のなかから適切な配送計画を高速に算出しました。
4.4 効果
前述の最適化によって、配送計画を自動生成できるようになり、毎日2時間程度掛けて行っていた翌日分の計画業務を12分にまで短縮することに成功しました。生成された計画を担当者も確認、熟練者が作成したものとほぼ同水準であると高く評価されています。また、得られた結果のなかには、「私たちでは気付けなかったルート案もある」と、新しい発見につながったものもあります。
本最適化では、熟練社員にヒアリングを重ねて、彼らの豊富な経験に基づく知見も計算条件に組み込んでいます。そのため、道路の混雑状況など、これまでは属人的で暗黙知でしかなかったノウハウを、本最適化を通して形式知化することができました。豊富な経験を持つ貴重な熟練社員には、配送計画以外の業務でも活躍してもらえる環境になるため、運用保守サービスの更なる価値向上が期待できます。
更に、当日緊急で入る緊急配送にも適用範囲を拡大した結果、約20%の配送効率向上を確認できました。
5. 今後の展望
5.1 VA最適化を経営者の意思決定支援に応用
NECフィールディングでの適用において、VAによる最適化は、変化した状況下においても現実的な時間内に適切な解を出すことができる強みを持つことが分かりました。
その強みを応用すれば、本システムを応用することで、「もし事前に分かっていたならこう判断したのに…」をコンピュータ上で検証することが可能となります。ビジネスに変化を加えた際の効果を事前にシミュレーションし、その対処のヒントを知ることができれば、経営者の意思決定において非常に有用なツールとして活用できます。
具体的には、一般的な配送業務を例として考えると「もし、配送に掛かる時間に応じた配送料金を提供するのであれば、どのような料金設定が良いか」を決定する業務課題が想像できます。
緊急性の高い配送依頼はコストを上乗せし効率を度外視で最速配送、急ぎでない配送依頼に対しては効率化を重視する配送を計画します。過去の配送データに対し、要求に応じた納期を想定して配送料金を設定し、VAによる最適化を実行します。つまりさまざまなケースをシミュレーションすることで、何%効率化できるかを定量的に事前に知ることができます。これにより、配送料金の原価の大きな部分を占める輸送費の想定がつき、適切な料金を設定することができるというようなイメージです。
5.2 最終目標はデジタルツイン
これまで述べたとおりVA最適化を業務に適用する効果は、属人化脱却、業務時間の短縮という現場視点の業務課題の解決にとどまりません。最適化を常にリアルタイムに回し続けることで、経済的効果を出すことが可能となります。
また、過去データやAIによって予測された未来データをインプットし、さまざまな事業パラメータを変えてVA最適化を活用してシミュレーションを行えば、経営者が経営判断を行う場合に必要となる有益なデータをアウトプットできます。これは現実世界の情報をもとに、仮想(デジタル)世界に「双子」を構築し、さまざまなシミュレーションを行う、まさにデジタルツインそのものです。
NECはVAによる最適化を、顧客課題を顧客価値へ変えるデジタルツイン構築の強力なツールの1つとして位置付け、今後も一層の機能・性能の強化を図っていく予定です。
6. むすび
本稿では、量子インスパイアード技術による配送計画の適用事例について紹介しました。今回の事例では、属人化していた配送計画の作業を自動化しトラックの台数や走行距離を最適化することで効率化・削減し、企業としての利益を高めつつ温室効果ガスの排出量を削減することに成功しています。
NECは、これまで培ったさまざまな最適化問題に対する知見を生かし、VAを用いた最適化により社会のさまざまな課題を解決し、グリーントランスフォーメーションに貢献します。
参考文献
執筆者プロフィール
量子コンピューティング統括部
量子コンピューティング統括部長
量子コンピューティング統括部
シニアプロフェッショナル
量子コンピューティング統括部
量子コンピューティング統括部
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