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黄綬褒章受章 漆のようなバイオプラスチックを生み出した職人技
2023年11月2日

令和5年 秋の褒章において、NECの社員、宮本 俊江が黄綬褒章を受章しました。黄綬褒章は、農業、商業、工業等の業務に精励し、他の模範となるような技術や事績を有した人を顕彰するものです。バイオプラスチックの製造技能を評価されて栄えある受章を果たした社員と、その上司である研究者に受章について詳しく話を聞きました。
宮本 俊江
セキュアシステムプラットフォーム研究所
ディレクター
田中 修吉
合成から評価までの4工程を1人で担当

宮本 俊江
― この度は黄綬褒章受章おめでとうございます。
宮本:ありがとうございます。この受章はいっしょに取り組んだチームのみなさんのおかげだと思っています。
― バイオプラスチック製造の技能が評価されての受章となりましたが、バイオプラスチックの製造・開発というのは、具体的にはどのようなことをするのでしょうか?
宮本:バイオプラスチックの開発には大きく分けて四つの工程があります。非可食の植物資源から樹脂のもとをつくる「化学合成」、それをベース樹脂としてさまざまな添加物を混ぜ込む「混練」、金型に入れて成形する「射出成形」、そして、できあがったものを曲げたり衝撃を与えたりすることで強度などを測る「物性評価」です。この4工程を何度も繰り返すことで要件を満たす素材を開発していきます。先日製品化された「NeCycle®(ニューサイクル)」では、全工程に携わって約2年の月日をかけて完成させました。
田中:宮本さんは当たり前のように言っていますけど、これはすごいことなんです。一般的な素材メーカーであれば、4工程それぞれにスペシャリストがいて、各工程で連携して行うような作業です。それを宮本さんは1人でやってのけるんですから。
宮本:幸いそれまで10年ほどバイオプラスチックの開発に携わっていたので、全工程における装置の使い方などは一通り把握していました。チームに貢献できるよう少しずつ業務の幅を広げていった結果です(笑) でも、そのおかげで全ての工程を把握しながら、各工程間のつながりにも細かく目が行き届くようになったのはメリットだったのかなと思っています。
田中:「NeCycle®」は木材などの非可食バイオマスを原料とする、漆のような光沢をもつバイオプラスチックです(注1)。日本を代表する漆芸家である下出祐太郎先生(下出蒔絵司所三代目 / 京都産業大学文化学部名誉教授)にもご協力をいただきながら、本物の漆器がもつ温かみのある独特な黒を追求していくという格別に難しい作業でした。
宮本:そうですね。成型したときに、光沢や色がわかるので、これはちょっと温度が足りないかなであるとか、今回は圧力が足りないなだとか、成形機の微妙な調整も重ねていきました。
田中:有機化学素材の質を左右するのは、原材料と分量だけではありません。私たち研究者はそのようなレシピを計算して提示しますが、実際はそれをどのように作ったかによって生成物の質が大きく変化します。だからこそ、実験者のスキルが極めて重要です。宮本さんは、常に最高レベルのクオリティを保って実験し、再現性も確保できるので、とてもありがたい存在でした。
おかげさまで現在では事業化も進み、高級感溢れる化粧品のケース(注2)のほか、海洋生分解性を活かしてイカ釣り専用の疑似餌(ルアー)(注3)に採用されるなど、耐久性、審美性、環境性を備えた新素材として社会で広く活用され始めています。



研究者が知りたいポイントを掴んで、細やかに連携

ディレクター
田中 修吉
― 宮本さんが仕事をするうえで心掛けていることは、どんなことでしょうか?
宮本:ただ試作して研究者へフィードバックするだけでなく、作っているときの様子や細かい変化まで伝えることこそが私たちの仕事だと思って取り組んでいます。細かい分量や設定などのデータはメモに細かく書き記してまとめることはもちろんですが、毎回実験のときに感じた気づきを口頭でも補足するようにしていました。
田中:試作の結果、最終的にどうなったのかは生成物を見ればわかります。ただ、試作過程でどんなことが起きたかは、私たちがずっと同席しない限りは把握することができません。それは試作を他人にお任せすることのデメリットでもあるわけですが、宮本さんの場合はさながら自分がやったかのように観察した結果を報告してくれました。目の付け所も私たち研究者が知りたいポイントを完璧におさえているので、効率的に試作を進めることができました。
宮本:毎回報告をする際の田中さんの反応を見ながら、観察するべきポイントを掴んでいきましたね。こういうことを気にするんだとわかったら、次からはそこにも注目していこうという感じですね。一度「今日は美味しそうなカラメルの匂いがしました」と報告したこともありました(笑) でも、そうしたささいな点も田中さんが、それはこれが反応したんじゃないかと推測してくれるので、試作を前に進めるための重要なヒントになり得るのだと信じて、報告するようにしています。
― なるほど。細やかなコミュニケーションが重要なのですね。
田中:そうです。そういう意味でも、宮本さんは明るくてすごく話しやすいですし、コミュニケーションが非常にとりやすい方なんですよ。
宮本:チームがそうさせてくれたんだと思いますよ。
田中:それに、宮本さんが作るメモも他のメンバーにも理解しやすいと評判でした。おかげで再現性が担保された安定した実験が継続できましたし、他の担当者への共有もスムーズでした。

入社から今まで、ずっと勉強の連続

― 昔から理科の実験などが好きだったのでしょうか?
宮本:いえ、ぜんぜんです(笑) 理科はむしろ苦手で、物理は特にダメでした。いまは物理知識と電子デバイスの技術を扱う仕事をしているので、日々勉強です。
― すると、この仕事に就いたきっかけは何だったのでしょうか?
宮本:はじめはシステムエンジニア関係の職に就こうと思って学校に通っていました。卒業間近になって、学校から「つくばにNECの研究所があるから受けてみたら?」と言われて受験してみたというのが、入社の経緯です。地元が茨城だったんです。
いざ入社してみたら、線虫を顕微鏡で数えたり交配させたりとか、理科の実験みたいなことをやるようになって。「教科書で出てきたメンデルの法則だ!」って思い出したりしながら試行錯誤する毎日でした。ただ、当時の上司から「研究者にとっては当たり前のことであっても、宮本さんは疑問に思うことがあるかもしれない。その気づきが武器になる。だから何でも質問してほしい」と言っていただいて。それが大きな支えになりました。結局、線虫の研究は14年ほど行って、その後バイオプラスチックの研究開発に移りました。
― 右も左もわからない状態から始まって、これまで続けられた理由は何でしょうか?
宮本:好奇心じゃないでしょうか。研究所ってどんなところだろうと思って入社した日から「こんな最先端のことをしているんだ、すごい!」と思いながら仕事をする日々が、今も続いています。日々新しいことを吸収していくのが、毎日本当に楽しいんです。子どもたちもそんな私の姿を見ているから、NECは楽しいことをする場所だと思っているみたいです(笑)
田中:すごいですよね。今でこそリスキリングと言われていますが、宮本さんは昔から現在に至るまで、新しいことを次から次へと吸収して、スペシャリストの領域にまでいってしまうんですから。それも楽しみながらやっている。
宮本:でも、本当にチームや研究所が楽しいからというのが大きいと思いますよ。研究者の方々は個性的で枠にとらわれない人が多くて面白いですし、私が入社した当時の研究所は、ちょうど飯島特別主席研究員がカーボンナノチューブを発見(注4)した時期で、みんな「ネイチャーに載るぞ!」などと盛り上がっていて、とりわけ活気がありました。私も「世界一の人が同じ職場にいるんだ!」「世界一の人がテニスしてる!」だなんて思って興奮していましたし、その感動を未だに覚えています。そういえば先日飯島さんに久しぶりにお会いしたのですが、80歳を過ぎた今もなお「ねえねえ、これって不思議じゃない? なんでこうなるかわかる?」って楽しそうにお話されていたんです。こういう人たちに囲まれた職場だからこそ、楽しく続けられている気がします。
― これからはどんな研究開発を続けていきますか?
宮本:バイオプラスチックは量産に向けて事業移管が完了しているので、2年ほど前から非冷却の赤外線イメージセンサ開発に従事しています。NECが発見した革新的材料のカーボンナノチューブを使って、より軽くて安価な高感度赤外線イメージセンサ(注5)を製品化することがゴールです。この領域は、先ほど申し上げたように物理知識が必須なので、いまも勉強を続けながら開発に取り組んでいます。「NeCycle®(ニューサイクル)」で製品化を実現したように、赤外線イメージセンサも製品化し、楽しみながらもNECの事業に貢献できるようこれからも取り組んでいきたいと思っています。
- ※「NeCycle」は、日本電気株式会社の登録商標です。
- ※「エギ王」は、株式会社ヤマリアの登録商標です。
- ※記載されている会社名、製品名、などは該当する各社の登録商標または商標です。

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