Japan
サイト内の現在位置
漆塗の美しさも環境配慮も…バイオプラスチックNeCycle導いた「名工」も最初は「素人」
唯一無二の美しさを誇るバイオプラスチック誕生の背景には、「名工」の力があった──。ものづくりで優れた技能者を国が表彰する「現代の名工」に、NECからはバイオプラスチック材料開発技術者の宮本俊江(52)が選ばれました。バイオプラ開発に長く携わり、漆塗りに匹敵する美しさを兼ね備えた「NeCycle®(ニューサイクル)」の誕生に貢献したことが評価されての受賞。NECバイオプラ開発の歩みと強みを、「名工」と当時の上司の話からひも解きます。
「研究者と同じレベルの考察」プラスチック成形の工程を一人で、高レベルに
「今回の受賞は、バイオプラの開発に携わったみんなの受賞です」
宮本とタッグを組む研究者の田中修吉はこう話します。受賞の功績の冒頭には「長年バイオプラスチックの開発に多能工として取り組み(中略)、世界に先駆けて携帯電話、PC,電子端末等への適用を果たしてきた」とあるように、NECのバイオプラ開発の積み重ねが、功績の中心となるNeCycleにつながりました。今はNECプラットフォームズで新しい環境配慮素材として量産化されています。
NeCycleの特長は三つ。一つは木材や稲わらなど食糧問題に影響を及ぼさない、つまり食用ではない植物資源(バイオマス)から抽出されるセルロースを使っていること。もう一つは自然の中でゆっくり分解される生分解性と耐久性の両立。もう一つが「唯一無二の美しさ」です。環境に優しいだけでは価格競争力が弱い。事業化に向けて新たな価値をつけるために「美しさ」を追求し、漆特有の深さと温かさを実現させたこの素材は「漆ブラック」として世に送り出されました。
NeCycleの誕生に「名工」はどう貢献したのでしょうか。担当したプラスチック成形には大きく四つの工程があります。原料からプラスチック樹脂のもとをつくる「化学合成」、強度や耐熱性を高めるために添加剤を加える「混練」、樹脂を金型に入れて成形する「射出成形」、成形後に強度などを測定する「物性評価」。一般的には四つの工程は別々の技術者が担当しますが、宮本は一連の工程を一人でできます。ここに、「名工」たる所以があります。
温度や圧力など細かく条件を把握した上で、なおかつ全体像を踏まえた気づきが開発には必須です。「宮本さんは一連の作業を把握しているので研究者と同じレベルで議論ができる。彼女の考察とスピード感がなければNeCycleは誕生しなかった」と田中はいいます。
「自慢の我が子を世界に」 国際会議に提供した菓子皿が大好評
「みなさん忙しそうだったので、合成も混練も、あ、私やりましょうか、と言っているうちにできるようになっただけです」と宮本は振り返ります。とはいえ、「美しさ」を含む三つの特長を兼ね備えた素材の実現のために、毎日のように合成、射出、成形、評価の試験を繰り返し「光沢が足りない」「強度が足りない」と何度も壁に当たってきました。ようやく理想とする漆の美しさと強度にたどりついた時には、試作の開始から2年がたっていました。
NeCycleの漆ブラックは、国際的な舞台でも使われました。2019年に首相官邸で開催された「グリーンイノベーション・サミット」のレセプションでは、250人に漆ブラックの小皿に載せて和菓子が出され、ほぼ全員が記念に小皿を持ち帰ったといいます。「我が子を世界に送り出すような気持ちでした」。漆ブラックのスマホケースも誕生し、クラウドファンディングで販売したところあっという間に目標数を達成しました。
もう一つの功績は「宮本トリセツ」です。こうした技能は、個人の経験や個別の書き残しに頼るところも多く、一人の「名工」がいても、その技能が伝わらないという課題がありました。しかし、宮本はコツコツ残した記録をもとに、工程をマニュアル化。「びっくりするほどシンプルでわかりやすい」と引き継いだメンバーにも好評で、「引継ぎが効率化されたお陰で、担当者が変わってもスピードを緩めず進めていけます」と田中は話します。
「仕事も、NECも、楽しいところ」 その姿を家族に見せていきたい
宮本は1991年、システムエンジニアになるつもりでNECに入社しました。ところが配属は想定外の基礎研究所。扱ったことのない線虫の研究から社会人をスタートしました。
当時のリーダーにかけてもらった言葉を、今もよく覚えています。 “研究者にとっては当たり前のことも、初めて線虫を目にする宮本さんは疑問に思うことがあるかもしれない。その気づきが武器になることがある。だから何でも質問してほしい” ──「こう言ってもらえたお陰で、今も、何でも報告、何でも質問がモットーになっています」
線虫の基礎研究から、事業化をめざすバイオプラの開発に変わっても、入社からずっとスタンスは変わっていません。この間に3人の子どもに恵まれました。「子どもたちは、NECは楽しいところ、と思っているようです。私が楽しそうに仕事に行っているからなんでしょうね。そう思ってもらえることが、私にとってもモチベーションになっています」
「現代の名工」の2022年度の受賞者のうち、女性は宮本を含め9人でした。NECが誇る技術力、そして名工の技は、「何でも聞ける」「何でも言える」を積み重ねた職場の中で誕生しました。宮本は受賞の感想を、こう語ります。「日々新しい発見があるこの仕事は、ワクワクドキドキが止まらない。楽しみながらこの賞をもらえて、ありがたいと思っています」。NECは「名工」の技術とともに、これからも新しい価値を創り、社会に届けていきます。
【関連リンク】