FinTech時代の新しい金融と技術の関係

ICTの進化、普及により銀行システムが大きく変化する潮目を迎えつつあります。わが国における銀行システムの変遷を振り返り、銀行システムとICTの関係性の変化について考察し、技術の役割の変化、消費者との関係の変化を踏まえた、新しい金融と技術の関係について解説します。

1. 銀行システムを取り巻く環境

インターネット、スマートフォンやタブレットの普及に伴って、ソーシャルメディアが日常のものとなりつつあります。一方で、クラウドコンピューティングの浸透により、従来は大規模な投資が必要だったコンピューティングパワーの利用も容易となる環境が整えられてきました。こうした環境を利用して、人々の行動や自然現象などのさまざまな情報を蓄積し、分析をすることによって生まれる新たなサービスが注目されています。このような世の中の大きな潮流が、従来大型のコンピュータを使い、全国にネットワークを張り巡らせている銀行のシステムに与える影響について、常に最先端の技術を取り入れてきた銀行システムの発展の歴史を振り返りながら考察をします。

2. 銀行システムの変遷

2.1 オンライン化

1965年に三井銀行丸の内支店(現、三井住友銀行)にて、わが国初の普通預金のオンラインサービスが始まりました。それまでの銀行システムは、パンチカードシステムや紙テープシステムを活用したオフラインでの集中バッチ処理が中心でした。三井銀行のオンライン化以降、経済の高度成長を背景とした事務処理量の増加と計算機の処理性能の向上に伴い、銀行の経理業務・預金業務・貸金業務などが科目別にオンライン化されていきました。これら初期の銀行業務のシステム化は、銀行システムの第一次オンライン化といわれています。銀行システムは1960年代後半からの第一次オンラインに続き、1970年代後半から顧客情報管理がシステム化された第二次オンライン、1980年代後半から金融自由化・国際化に対応するための第三次オンライン時代へと発展を遂げます。

1960年・1970年代におけるネットワークは、企業内に閉じた専用網が主流でした。1980年前後から加入電信網がデータ通信に解放され、電話網を活用した銀行サービスであるエレクトロニックバンキング(EB)が開始されます。当初のEB利用先は企業に限られていましたが、1980年に住友銀行(現、三井住友銀行)が家庭の電話機で利用可能な「住友テレホンサービス」を開始しました。当時、一部の銀行では普及率が10%未満であったプッシュホン電話機でテレホンサービスを開始していましたが、住友テレホンサービスは普及率の高かったダイヤル式電話でテレホンサービスを開始しました。この時NECは、世界でも先端的であったコンピュータ制御による音声合成装置を開発しました。

テレホンバンキングが普及する以前の1977年に当時のNEC会長・小林宏治が「コミュニケーション技術とコンピュータ技術の融合」を意味する理念として「C&C宣言」を提唱しました。「21世紀の初めには誰でも、いつでも、どこでも顔を見ながら話ができるようになる」という理想を示し、C&Cの理念を実現するためにNECはコンピュータ技術、通信技術、そしてその融合技術を高度化させていきます。

2.2 インターネット化

1990年代後半になると、インターネット化が進展します。Linuxが1994年に、Window 95やJavaが1995年に登場。企業や家庭でパソコンや携帯電話が普及していきます。1980年代までにオンライン化(コンピュータで処理可能になった)された銀行業務は、1990年代後半から2000年代後半にかけてインターネットで利用可能になっていきました。住友銀行が1997年1月にサービスを開始し、6月にはあさひ銀行(現、りそな銀行)が、翌1998年には三和銀行(現、三菱東京UFJ銀行)、さくら銀行(現、三井住友銀行)、富士銀行(現、みずほ銀行)が追随しました。当初は、残高照会などの資金移動を伴わないサービスのみの銀行もありましたが、順次サービスの拡充が進められ、投資信託の購入や外貨預金取引などもできるまで進展し、銀行店舗に行かなくてもほぼすべての取引ができるようになりました。

2.3 ビッグデータなどの登場

インターネット化、モバイル化の進展に伴い生成されるデータが爆発的に増加し、それらのデータを処理できる技術も進化しました。2000年代後半にビッグデータ技術が登場し、2010年代後半にはメインストリームで活用されるようになります。ビッグデータ処理技術として注目を集めたHadoopは、2003年にGoogleが公開したGoogle File System(Map Reduce)を起源とし、2006年にはApacheのオープンソースプロジェクトHadoopがスタート。また、2006年にはAI技術として注目を集めている機械学習のアルゴリズムの一つがDeep Learningとして命名されました。

この頃、北米ではリーマンショックがあったことなどから、優秀な金融有識者が起業家として転職し、金融機関のサービスに対するユーザーの不満を埋めるために技術と金融業務ノウハウを融合したビジネスモデルが生まれだしました。

同時期、新しく登場した技術を使って、これまでできなかったビジネスモデルを生み出す金融サービス会社が、シリコンバレーに登場します。2006年には、伝統的金融機関が対応しにくかった個人層向け融資モデルを、ビッグデータを活用することで開発し有名になった米Lending Clubが設立されました。

2009年には、個人事業主が、店舗で自身のiPhoneに専用端末を取り付けるだけで簡単にクレジットカード決済を受け付けることができるようにしたSquare社が発足しました。一般的に、店舗がクレジットカードを扱うには、クレジットカード会社から審査を受けたうえでカード会社と契約し、カード決済端末を入手する必要があります。Square社は、ビッグデータで店舗の決済状況を監視することで、小規模店舗でも即カード受付開始にできるビジネスモデルを構築しました。

3. 銀行業務と技術 これまでと今後の違い

1960年代後半から1990年代後半のオンライン化の時代が約40年。

1990年代後半から2000年代後半のインターネット化の時代が約20年。

2000年代後半から2010年代後半のビッグデータなどの新技術へ対応開始した時代が約10年。

これまで、おおまかに金融業務とシステム化の変遷を振り返ってきました。そのなかで留意すべきは、技術が与える金融業務への影響を考えるにあたって、2000年代後半から始まっている変化は単にスピードが速まっているだけではなく、以前からの延長線上ではない断絶的な変化である可能性があるということ、また、日本における金融業務と技術の関係性を見直す必要がある、ということです。

3.1 断絶的変化その1 技術の役割の変化

1960年代から2000年代後半にかけての銀行システムのオンライン化とインターネット化時代においては、人間が行っていた金融業務を中心にシステム化が検討されてきました。オンライン化時代のシステムの価値は主に効率化であり、インターネット時代におけるシステムの主な価値は利便性(いつでも、どこでも、という意味でのユビキタス価値)でした。オンライン化・インターネット化の時代には銀行業務に詳しい人がシステムの要件を定義し、システム会社(SIer)が設計・開発するという垂直分業のプロセスが高度化されてきました。

しかし、2010年代後半から登場した技術とビジネスの関係は、それまでとは異質なものになりつつあります。システムが果たす役割は、一定のビジネスモデルで定義された業務の効率化や利便性への貢献だけでなく、これまでできなかったビジネスモデル変革を可能とすることに大きく変化しました。AI(IoTで今後ますます増加するさまざまなデータと進化を続ける分析技術)は、人間の経験に基づいて行われていた与信や分析業務を単純に代替するのではなく、異質なものに置き換える可能性があり、ブロックチェーン(システムを信用したデジタルアセットの管理を可能とする技術)という技術は金融「機関」が提供していた信頼という機能を置き換える可能性があります。このように技術がビジネスモデルの中核となる時代には、わが国のオンライン化・インターネット化時代における金融機関とシステム会社の垂直分業体制を更に高度化させていくだけではなく、金融業務を理解した人と技術を理解した人の新しい協業体制が求められます。

3.2 断絶的変化その2 企業と消費者の関係変化 B to C からC to B

普及したテクノロジーは、企業と個人の関係にも変化をもたらしました。これまで金融サービスという高度な知識・情報を必要とするサービスにおいては、サービス提供者とサービス利用者で情報が非対称でした。買い手である個人は、金融商品を選択する際に売り手である金融機関への依存度が高く、今でも金融機関にとって自らが収集・分析して顧客に提供する情報は大きな付加価値となっています。一方で、テクノロジー(インターネット、モバイル、情報)の普及により、買い手はさまざまな情報へのアクセス手段と選択肢を持つようになりました。買い手が金融商品に関する情報を入手する手段としての単一の金融機関への依存度は、減少していくでしょう。銀行は今後、APIを公開していくことが期待されていきますが、単一の銀行だけではニーズを察知し解決策を提供することが難しかった領域を狙って、複数の銀行と連携して束ねることができる新しいサービス提供者が増加するかもしれません(そのためには、銀行と新しいサービス提供者を連携するセキュリティ技術の進化も必要です。セキュリティへの取り組みは本特集号の「サイバーセキュリティ対策推進による金融サービスの安全性向上」を参照)。

4. 新しい、技術と金融の関係時代に向けた対応例

NECは、2014年に三井住友銀行と合弁出資会社(brees corporation、以降brees)を設立しました。これは、技術を理解したNECと金融業務に詳しい三井住友銀行が互いに損得なく新しいビジネスモデルを創造し、消費者の変化するニーズに対応を継続するための取り組みです。技術が果たすべき価値は、消費者や社会課題を解決するビジネスモデルの構成要素の中核であるという理解のもと、NEC自身もbreesでの活動を通じ金融業務や規制を学ぶことで、技術を梃としたビジネスモデル企画力を強化していく取り組み例です。また、breesでは設立前からNECデザインセンターと密に連携して、デザイン思考(とことん利用者目線にこだわること)を取り入れています。breesのロゴマークの“empowerment with empathy”は、消費者目線にこだわることを表しています。

5. 最後に

2010年代後半からの複数の技術発展が相互作用をして、更なる指数関数的な技術発展をする時代に突入しました。今後、技術の発展は過去の経験では予測できない影響を金融業務に与えていく可能性があります。その中で、技術中心ではなく人間中心の重要性がヒューマンセントリックデザイン、デザイン思考、などさまざまなキーワードで再認知されています。これまで以上に過去の延長で考えず、アンラーニングすることで技術の役割を見直しつつ、技術志向に陥らないことが求められています。

銀行システムの第二次オンライン化時代であった40年前に発表されたC&C宣言の「21世紀の初めには誰でも、いつでも、どこでも顔を見ながら話ができるようになる」という理想は、ほぼ達成されました。C&C以降の技術と社会が直面している課題解決のため、金融ビジネスとの新しい関係、あるべき関係、技術の果たすべき役割について今後も模索を続けていきます。

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    Linuxは、Linus Torvaldsの米国及びその他の国における登録商標です。
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    Windowsは、米国Microsoft Corporationの米国及びその他の国における登録商標です。
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    Javaは、Oracle Corporation 及びその子会社、関連会社の米国及びその他の国における登録商標です。
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    Googleは、Google Inc.の登録商標です。
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    Apacheは、Apache Software Foundationの登録商標または商標です。
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    iPhone、iPadはApple Inc.の商標です。iPhone商標は、アイホン株式会社のライセンスに基づき使用されています。
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    その他、記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。

執筆者プロフィール

岩田 太地
FinTech事業開発室
室長