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日本の宇宙技術が先導する「インターネットの宇宙化」──世界初の1.5μm衛星間光通信の成功に寄せて

山川 史郎氏 JAXA JDRSプロジェクトマネージャ
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三好 弘晃 NEC フェロー

地球観測衛星で地上の様子を撮影し、中継衛星を経由して、地上にデータをリアルタイムで届ける──。2015年からJAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)が取り組んできたそのプロジェクトの実証実験が、この1月に成功しました。データの大容量・高速伝送を実現する光衛星間通信システム「LUCAS( Laser Utilizing Communication System )」プロジェクト。そのシステムを支えているのがNECです。プロジェクトが成功した理由と、未来に向けたビジョンを、JAXAのJDRSプロジェクトマネージャである山川史郎氏と、NECチームのリーダーを務めた三好弘晃が語りました。

大容量データをリアルタイムで地上に伝送する

──2024年の9月28日に地球観測衛星〈だいち4号〉と光データ中継衛星との間での相互衛星間光通信に成功しました。まさにLUCASプロジェクトが成功した瞬間ですが、このときの率直なお気持ちをお聞かせいただけますか。

山川 史郎氏
JAXA JDRSプロジェクトマネージャ

山川 感無量でしたね。光データ中継衛星が打ち上げられたのが2020年11月、〈だいち4号〉の打ち上げは2024年7月でした。〈だいち4号〉が宇宙に行ってからの2か月の間、初期機能の確認や通信機器の動作確認を1つ1つ行い、細かな調整を進めていきました。通信に成功したときは、これまでの努力が報われたと思いました。

三好 LUCASプロジェクトが難しいのは、宇宙という「現地」でなければ試せないことが多いことでした。〈だいち4号〉と光データ中継衛星との間の距離は約4万㎞に及びます。その距離の通信実験を地球上で行うことは不可能です。衛星を2つ宇宙に打ち上げ、現地でやってみるしかないわけです。初物ゆえ、不確定要素はたくさんあります。それを1つ1つクリアしていった2か月でした。

LUCASの概要

山川 高度約600㎞の低軌道を周回する〈だいち4号〉が撮影した地上のデータを、日本の上空3万6000㎞の静止軌道上の光データ中継衛星に送信し、そこから地上の基地局に送る。また、地上からの指示を光データ中継衛星に送り、〈だいち4号〉に伝える。衛星間のやり取りには、データの大容量・高速伝送が可能な光通信を使う──。それがLUCASの仕組みです。この1月10日には、その仕組みを使って実際に大容量データを伝送することにも成功しました。

──具体的にどのようなデータを取得できたのでしょうか。

山川 〈だいち4号〉は、北極と南極を結ぶ軌道上を1周およそ100分で回っています。1月に実施したのは、その軌道から捉えられる北極海、欧州、アフリカに至る各地域の地上の撮影です。およそ35分間の連続画像を、光データ中継衛星を経由して日本の基地局にリアルタイムで送りました。

LUCASで即時伝送した「だいち4号」の画像

なぜ、LUCASは画期的なのか

──あらためて、LUCASの画期性についてご説明いただけますか。

山川 大きく2つの観点があります。まず、観測衛星から直接地上にデータを送るのではなく、データ中継衛星を使っている点です。観測したデータを直接地上に送る場合、地上の基地局と通信できる時間は1周100分のうち10分程度に限られます。それに対し、常に地上と通信可能な状態にある光データ中継衛星を経由することで、通信可能時間は1周あたり最大40分まで伸ばすことができます。その間に、地上のおよそ3分の1という広範囲を観測することができる。それが、LUCASが画期的であるポイントの1つめです。

データ中継衛星により、広い可視範囲と高い即時性を実現
三好 弘晃
NEC フェロー

三好 1日あたりにすると、地上を観測できる時間はおよそ9倍になります。結果、取得できるデータ量も単純計算で9倍になるわけです。

データ中継衛星の可視範囲は地上の約3分の1ですが、それが複数あれば、地球を周回する地球観測衛星を使って地上全体をリアルタイムでくまなく捉えることができるようになります。そのような仕組みが、そう遠くない将来に実現すると私たちは考えています。

山川 LUCASの画期性のもう1つのポイントが、データのやり取りに光通信を使っていることです。それによって、主に4つのメリットがもたらされます。

まず1つめが、大容量データの高速伝送が可能になることです。以前の衛星間通信には電波が使われていました。光通信は電波の7倍以上の速度でデータをやり取りすることが可能です。そのぶん伝送できるデータ量も格段に増えます。

2つめに、衛星に搭載するアンテナを小型化・軽量化することが可能です。電波用アンテナの直径が3.6mであったのに対し、光通信用のアンテナはわずか15cmです。これによって、衛星に搭載する負荷を大幅に軽減することができます。

3つめとして、通信波の広がりが極めて小さいことが挙げられます。通信波は、長距離を飛ぶ間に広がっていきます。観測衛星と光データ中継衛星の間の距離は、最大4万㎞あります。電波のビーム径は、その距離を到達する間に最大数十㎞まで拡大します。一方、光のビーム径の広がりは600m弱です。ビーム径の広がりが小さいということは、他の通信波との干渉が発生しにくいということです。

最後のメリットも、通信波の広がりに関連します。ビーム径が小さければ、それだけ通信妨害や通信傍受が困難になります。結果、データの秘匿性を確保できることになります。

プロジェクトの最終局面でぶつかった壁

──衛星間光通信の領域におけるJAXAとNECのパートナーシップがスタートしたのはいつ頃からですか。

山川 LUCASプロジェクトが正式に始まったのが2015年ですが、JAXAとNECのパートナーシップはそれ以前から続いています。我が国として最初の光衛星間通信実験は2005年に行われました。これは日本と欧州の共同実験で、日本からはJAXAとNEC、欧州からはESA(欧州宇宙機関)とフランスの企業が参加して実施したものです。その取り組みの過程で、JAXAとNECは強固な協力関係を築きました。そのパートナーシップの力がLUCASプロジェクトでも発揮されました。LUCASはNECの参加がなければ成立しなかったプロジェクトだったと言えます。

──NECがパートナーでなければならなかった理由をお聞かせください。

山川 日本初の人工衛星〈おおすみ〉が打ち上げられたのは1970年です。その衛星の開発を担ったのがNECでした。半世紀以上にわたる宇宙事業への関わりがあること。それに加えて、光通信インフラ事業の豊富な経験があること。その2点が大きな理由です。宇宙と光通信の両方のエキスパートと言える日本企業は、事実上NECだけです。

もう一点、NECの「誠実さ」も重要な要素だったと思います。私たちからの要望に対し、できないことはできないとはっきりと言う。その誠実さが私たちにとっては何より大切でした。できないにもかかわらず「できる」と言い、その結果のちのち問題が発生してしまっては元も子もありません。しかし、たんに「できない」ではなく、「できないから、こうするのはどうでしょう?」と提案をしてくれる。その点でNECの皆さんの対応は常に信頼できるものでした。

──10年に及んだプロジェクトの過程では、深刻な場面もあったのでしょうか。

三好 たいへんなことの連続でしたが、プロジェクトの最終局面でぶつかった壁が「光ファイバーアンプ」でした。LUCASで使用している通信光波長は1.5μm(ミクロン)帯です。これは地上の光ファイバー通信で使用している帯域で、宇宙においても今後はこれがスタンダードになっていくと見られています。

問題は、1.5μmの光はパワーが弱いということです。大陸間をつなぐ海底ケーブルでは、おおむね100㎞ごとに中継機を設けて、パワーを増幅させながら長い距離を到達させています。しかし、宇宙空間でその方法をとることは不可能です。

そこで、光ファイバーアンプと呼ばれる部品を使って、発信元から超高出力で光を飛ばす方法を採用することにしました。この部品を実現するには、人間の髪の毛よりもはるかに細い直径10μmのファイバー・コアに3Wという大きな出力の信号光を通さなければなりません。それはこれまで世界で誰もチャレンジしたことのないことでした。中継機が置ける地上では必要のない技術だからです。

光ファイバーアンプを完成させるのは簡単ではありませんでした。ときには、光が発する熱でファイバーが燃えてしまうこともありました。次々に発生する問題を解決しながら、1年ほどかけて完成にこぎつけることができました。

光ファイバーアンプなど地上用の光通信技術を宇宙向けに応用

山川 光ファイバーアンプが実現しなければ、プロジェクトは頓挫してしまうところでした。三好さんのリーダシップのもと、NECの皆さんが総力を挙げて取り組んでいただいたので、確実に解決に導いてくれると信頼していました。

三好 JAXAさんの、山川さんの信頼に背くことがあってはならない。何とかして期待に応えたい──。そんな強い思いをもって、NECの技術者たちが全力を尽くしてくれました。まさに、メンバーの努力の賜物であったと思います。

宇宙技術によって描く未来

──衛星間光通信が実現したことによって、具体的にどのようなことができるようになるのでしょうか。

三好 観測衛星で撮影した地上の写真などの大量のデータを、即時に地上に送ることができるのが衛星間光通信システムです。それによって、災害の予防はもともり、災害発生時の緊急対応が可能になります。第一に想定されるのはそのような使い方です。

その先には、非常に広範囲の用途が広がっていると考えられます。宇宙空間で光通信ができるようになるということは、私たちが地上で使っているインターネット網が宇宙にまで拡大するということです。1990年代にインターネットで世界中が結ばれたことによって、できることが幾何級数的に増えていきました。同じことが宇宙空間でも起こると考えればわかりやすいと思います。

とはいえ、地上でできることをあえて宇宙でやる必要はありません。以前は、地上波以外でテレビ番組を見るには、BS(放送衛星)やCS(通信衛星)を使わなければなりませんでした。しかし現在は、海底ケーブル網が張り巡らされたことで、映像コンテンツの多くはインターネット配信で見られるようになっています。これは、「宇宙化」していた仕組みが「地上化」した1つの例です。

逆に、技術を「宇宙化」しなければ実現しないこともたくさんあります。広範囲の地域の様子をモニタリングする。人がアクセスできない場所を経済活動の場に変える。そういったことは、宇宙から地上のデータを取得する仕組みと、そのデータをやり取りする通信網がなければ不可能です。

「宇宙化したインターネット」の用途は極めて広範囲に及ぶと考えられます。例えば、自動車や船舶の自動運行の仕組みを社会インフラとして定着させるには、セキュリティやネットワーキングを万全にする必要がありますが、地上におけるセンシングやネットワーク技術だけでは限界があります。宇宙空間から自動車の走行や船の運航をモニタリングして、危険があったら即座に地上に情報を届ける──。そんな仕組みが必要になるでしょう。そこにも「宇宙化したインターネット」が使えるようになるはずです。

山川 現在、JAXAもNASAや他の諸国と協力して有人月面着陸を目指す「アルテミス計画」を進めています。そういった国際的プロジェクトにおいても、光通信技術は大いに役立つと思います。

三好 LUCASによって実現した宇宙空間における光通信技術は「イネーブラー」、すなわち「これまでにできなかったことを実現するための手段」であると私たちは捉えています。では、そのイネーブラーを使って何ができるのか。必要なのは、「仲間」です。いろいろなアイデアや技術、あるいは資金を出してくれて、一緒に新しい価値を生み出してくれる仲間を、異分野、異業種の仲間を探していくこと。それこそが、私たちが今後取り組むべきことです。エコシステムをどんどん広げて、宇宙における光通信技術の社会実装を進めていきたいと思っています。

──今回の光通信の成功をもって、LUCASプロジェクトは完結したと考えていいのでしょうか。

山川 宇宙に打ち上げた衛星の耐用年数は10年ほどです。寿命が尽きるまで衛星の運用は続きますが、研究・開発のフェーズはこれでいったん完結と考えていただいてよいと思います。この後、衛星間光通信のトライアル期間が2025年7月まで続き、その先はいよいよ実稼働フェーズに入っていきます。

──これから取り組んでいきたいことを最後にお聞かせいただけますか。

三好 日本は宇宙への衛星打ち上げに成功した4番目の国です。宇宙開発に取り組んできた長い歴史があり、高度な技術があり、優れたエンジニアがたくさんいます。そのポテンシャルをいかしていくために必要なのは、多くの人たちが共有できる目標やビジョンだと思います。

宇宙技術を使って何を実現するのか。宇宙技術を世の中の安全や経済発展にどういかしていくのか。宇宙技術によってどんな未来を描くのか──。そういったビジョンを社会全体で共有していくための取り組みを、JAXAの皆さん、NECのメンバー、そして日本を含む世界中の多くの方々と一緒に進めていくことがこれからの目標です。

山川 衛星間光通信の領域において、日本は他国に一歩先んじたと言っていいと思います。その先行者利益をいかしていくために必要とされるのはスピードです。早い段階で技術を社会実装につなげ、確かな価値を生み出していくことに寄与していきたいと考えています。

宇宙には挑戦できる領域が無限に広がっています。若い世代の皆さんに宇宙に関心をもってもらい、宇宙事業に関わりたいと考える人たちが増えていけば、これからも日本は宇宙開発のトップランナーでいられると思います。そんな未来をぜひ実現していきたいですね。

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