NECグループ11万人で挑むAI変革チャレンジ【リスク変革[サステナビリティ]】

ESG対応の重要性が高まる一方で、現場ではデータ収集・整理や判断の負荷が課題になりがちなサステナビリティ業務。NECでは、AIを活用しながら、人が本来向き合うべき判断や対話に時間を割ける体制づくりを進めています。試行錯誤を重ねてきた取り組みの背景と、業務設計の考え方をご紹介します。

取り組みの概要を動画で紹介

AIを活用しTNFD黎明期をリードせよ

リスク変革チャレンジ TNFD対応支援AI

サステナビリティはビジネスを加速させる力

―TNFDレポート作成に22個の個別AIを活用し人手8万時間相当の自動化―

サステナビリティ部門 AIプロジェクト推進担当
蟹江 静香 Shizuka Kanie

NECは1970年に環境専門部署を設置して以来、公害防止や環境保全だけでなく、環境経営の実践による社会価値創造企業へと移り変わってきました。昨今、環境課題は気候変動だけでなく、水・資源・生物多様性など自然資本へと拡大しています。こうした中、事業におけるリスクと機会を評価・開示する枠組みとして、TNFDがあります。一方で、TNFDにはCO2排出量のような単一指標が存在せず、国際的にも評価の手法が発展途上のため、担当者の負荷が極めて大きいのが実情です。NECは2023年にTNFDレポート第1版を発行し、継続的に改善を重ねてきました。今回、第3版の作成を中心メンバーとしてリードしたプロジェクトマネージャーの蟹江に、情報整理を加速させる手段としてAIをどのように活用したか話を聞きました。

  • TNFD:自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)

サステナビリティは「経営に貢献するリスク/機会の管理」
—TNFDレポート作成のための膨大な調査と人海戦術の限界

Q.サステナビリティ部署の本来の役割は何でしょうか?

蟹江:環境・人権といったサステナビリティの視点で、事業のリスク最小化と機会の最大化を図ることだと考えています。一昔前はCSR(企業の社会的責任)の文脈で語られることが多かったのですが、現在では事業継続の観点から評価を行い、透明性のある情報の開示が投資家から求められています。リスク管理の重要度が高まる一方で、サステナビリティを成長のドライバーとして活用する企業も出てきています。たとえば、世界の法規制の動向を踏まえ、規制変更のタイミングを見据えたうえで、技術が活きる領域や新たな市場機会を見極め、事業部に提言する。そうした形で、企業の経営と事業に貢献する価値を創出するために、サステナビリティに関するリスクと機会を評価することが、本来の役割であると考えます。

Q.TNFDレポート作成においてどんな課題感があったのでしょうか?

蟹江:TNFDは国際的にもルール作りの最中で、評価手法がまだ十分に確立されていません。加えて、さまざまな国際団体から英語で数百~数千ページに及ぶガイダンスが発行されており、私たちがそれらを読み込み、解釈を揃えるだけでも大きな負荷がかかります。さらに水・土地・森林・生物多様性・資源など複数の専門領域が絡むため、現場の理解のハードルが一段上がります。NECとしては開示を段階的に進め、レポートの第1版は一部の水リスクに絞り、第2版ではNECグループ全150事業を洗い出して深掘りしました。一般的なリスク評価ツールも試しましたが、業界平均や定性的・相対的な評価結果が得られるものの、自社の事業活動に対する本当のリスクまでは把握できませんでした。その結果、社内の一部の専門家の知見を頼りに、人海戦術で膨大な情報を収集せざるを得ない点が課題でした。

「暗黙知」の洗い出しから始まった22のAIモデルとAgentic AI活用

Q.なぜTNFDレポート作成でAI活用に踏み込んだのか。その経緯と進め方について教えてください。

蟹江:2025年は「AIエージェント元年」と言われる中で、仕事の進め方が変わり始めています。TNFDのように多くの企業が苦労するテーマにおいて、NECは先陣を切ってチャレンジしてきました。そうした領域だからこそ、AIを活用して“産業界をリードする取り組み”として形にする意義があると考えました。もっとも最初から使い方が見えていたわけではなく、役立つ形を探りながら進めたのが実態です。だからこそ、いきなりツールを当てるのではなく、まず業務の中身を整理し、AIが介在できる地点を定義するところから着手しました。

Q.テーマが多様なサステナビリティ領域において “使える精度のAI”をどのように形にしたのですか?

蟹江:AIを活用するにあたり、インプットとなる情報の整理を行いましたが「暗黙知」が多く、資料に書き出しているつもりでも、話せば話すほど「自分たちが何を見て、どう判断しているか」が追加で出てきました。そのため最初に、インプットは何か/何をどうしているかを洗い出し、作業をワークフローとして書き出すところから始めました。AIエンジニアと一緒に、必要なインプットと期待するアウトプットを整理して、タスクを分解していきました。その結果、当初は5つのタスクを定義して専門のAIを作る構想でしたが、実務に合わせて「ここは別に切った方が精度が出る」「この判断は別の流れにした方が回る」と分解が進み、最終的に22個の個別AIになりました。22個は“ちょっとした差分”ではなく、個別のタスクを高精度で実現する専門AIです。一部のタスクでは専門AIを繋ぎ、自律的に動くAgentic AIも開発しました。さらに、事業や経営に関わる情報を投資家に説明する以上、正しくデータを使うことも重要です。すべてAIに任せるのではなく、重要なポイントは人が確認しながら活用し、改善を重ねていくことで、実務に十分耐えうる精度へとブラッシュアップすることができたと感じています。また技術的にはAIによる自動化が可能な領域であっても、あえて人が介在する意義がある部分も見えてきました。私たちサステナビリティ担当者がリスクや機会に関わる重要なポイントを理解し、関係者との対話や信頼関係の構築につなげていくことは、その象徴的な例だと思います。

「開示のための開示」ではない
—地域情報×対話による実態に沿ったリスク管理へ

Q.今回のAI導入プロジェクトを通じて、業務の進め方にはどのような変化がありましたか?

蟹江:サステナビリティ担当者が机上でリスク評価をしているだけでは、持続可能な事業への変革につながりません。社内外の関係者との目線合わせが非常に重要です。例えば、AIの普及に伴うデータセンターの水消費が世の中で話題になりつつある中、水を使う拠点は操業の観点だけでなく、周辺地域の住民や他の水利用者にも配慮する必要があります。だからこそ、精度の粗いツール結果だけでなく、拠点が置かれた地域の情報を深く理解した上で、関係者と具体的に事業や地域への影響を議論できる状態にしていく必要があります。ただ地域の関連情報を人が1つ1つ探して整理するのは困難です。そこで今回、AIやAgentic AIを活用し、情報収集と整理を行い、対話に使えるコミュニケーション資料を自動生成するところまで行いました。結果として、人手換算で8万時間(40年以上)に相当するタスクを効率化するとともに、多数の拠点で社内説明や地域の行政・関係者との対話を通じて、机上ではわからない実態に沿ったリスク評価を行うことができました。

  • 従来、1拠点あたり約40時間を要していたローカルリスク評価を、Agentic AIを活用することで、約1時間で複数拠点を同時に評価することが可能になりました。Agentic AIの活用により、約2,000拠点分のローカルリスク評価にかかる時間は、従来方法と比較して約8万時間相当の効率化が見込まれます。

Q.今後のビジョンや、AI活用を踏まえたサステナビリティ領域としての展望を教えてください。

蟹江:私たちの業務の本質は「開示のための開示」ではなく、事業に貢献することです。TNFDで得た知見をSSBJや外部調査回答など他の開示対応にも横展開しています。世の中がどんどん動くサステナビリティ領域で、情報を集めて整理するAIは、私たちの思考を加速させるパートナーです。開示をゴールにせず、議論と実行を前に進めるための基盤として、さらに活用していきたいと考えています。
加えて、今回私たちが開発したAIは、自然資本リスク/機会の評価をされる方にはそのまま使っていただけるもので、既に他企業のサステナビリティ部署に活用いただき始めています。AIの力を借りながら、開示のためではなく事業に貢献するサステナビリティ部署が増えることで、社会のサステナビリティに貢献できることを願っています。

  • SSBJ:サステナビリティ基準委員会(Sustainability Standards Board of Japan)
  • 本資料は2026年3月時点の情報に基づいて作成しています。
  • 本資料に記載されている内容は、取材時点での情報に基づいており、将来の成果や効果を保証するものではありません。
  • 所属・担当は取材当時のものです。

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