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NHK「新プロジェクトX」の舞台裏 NEC「顔認証世界一」挑戦者たちの再発見

この国には、誰にも知られず輝く人々がいる。NHK総合のドキュメンタリー番組「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜」のタイトルに添えられた一文です。2025年の大阪・関西万博をはじめ、今や世界中で使われているNECの顔認証技術。番組では、顔認証技術の「世界一」をめぐるNECの挑戦が描かれました。「天才じゃない、普通の人たちがやってきたんです」。こう語る関係者たちの姿や心象に迫った番組制作の裏側と、取材で再発見したNECの底力をお届けします。

「なぜ成し遂げられたのか」

「もう無理だって、思わなかったんですか」「そのとき何を考えていました?」「なぜ、勝てたんでしょうか」──。2025年夏から秋にかけて、何度も何度も、何度も問いが重ねられた。撮影だけで約60時間、取材は100時間を超す。番組制作チームが向き合ったのは顔認証技術の「世界一」への道のりだった。

2025年11月1日に放送された「新プロジェクトX」が取り上げたNECの顔認証技術。大阪・関西万博の入場ゲート、ATM、空港など、私たちの暮らしを便利にするだけでなく、安全・安心を守るために欠かせなくなっている。この顔認証の精度でNECは「世界一」の評価を複数回獲得している。研究をリードしてきたNECフェローの今岡仁は、2023年春に紫綬褒章を受章した。今回の「主人公」の1人である。

光がまばゆければ影も濃い。番組で浮き彫りにされたのは、その影だった。

2000年代に今岡が顔認証の研究に加わったとき、期待されての異動ではなかった。「うだつの上がらないサラリーマン」と当時を振り返る今岡。社内からも評価されず、顔認証から撤退する企業も出てきた時期だった。逆風の中、今岡たちは2008年、国際ベンチマークテストへの挑戦を決意する。これが米国国立標準技術研究所(NIST)による 顔認証技術のベンチマークテストだった。

ここからNECの挑戦者たちの起死回生の物語が始まる。初挑戦の2009年から世界一を獲得。風向きは、変わろうとしていた。

「普通の会社員が、頑張った」

彼らの進んだ道のりは劇的な物語ではない。むしろ泥臭かった。それなのになぜ、NECの挑戦者たちを取り上げようとしたのか。NHKの福田元輝ディレクターに、尋ねた。

「正直言うと、顔認証自体にはそこまで興味がないんです」。福田は、こう言い切る。

「惹かれたのは、僕らみたいなめちゃくちゃ普通の会社員たちが、頑張ってやったっていう。別に彼らが天才じゃなくて、すごい才能があるわけでもなくて。それでも努力の結実として世界一を何度もとり続けているっていうのが。それがすごく、凄いことだと思うんです」

普通の人が、なぜ「世界一」を成しえたのか。その本質を掘り下げるために、福田は一人ひとりに何時間もかけて質問を重ねた。「めっちゃ思ってます。(相手を)追い込んじゃってるなって」。

福田が今岡の次に取材の時間を費やしたのが森下雄介。2008年にNECへ入社し、今回の登場人物の中でも今岡と過ごした時間が特に長い。番組の山場として描かれた2018年から2019年にかけてのNISTのベンチマークテストで「世界一への逆転劇」を経験したメンバーでもあった。

研究者の数、もっているデータ、資金力などでNECを圧倒しているように思えたマイクロソフトの出現に、森下は「あの時、終わったな、と思いました」。その不安の通り中間評価ではリードを許す。だが、2019年9月の最終結果で逆転し、NECは世界一の座を守った。

「使えないと、意味がない」

森下には、取材を受けるなかで再発見があった。

「ロバスト、っていうんですけど」。狭義では「頑強さ、堅牢さ」などと言われる業界用語。森下は「現場で出る性能を常に考えないといけない、そういう意味で僕らは捉えています」という。つまり「日常で使える」ということ。

「ロバストロバスト、っていうのは、ずっと言ってることではあるんです。でもその本当の意味を考えるようになったのって、いつからだったかなって振り返ると…」と言葉を区切り、少し思考を巡らせてこう続けた。「今岡さんと一緒に何件も何件もお客さまを回ったころだったな、って」。

NECの強みとは何か。森下にとって取材はそれを考えるきっかけになった。「僕たち一人一人は平凡な研究者なんです。それがなぜマイクロソフトに勝てたのか」。何度も突き付けられたこの問いの答えを、カメラの前で見出していった。

「99%よくても、一つでもだめなケースにあたったお客さまにとっては、もう顔認証はダメってことになってしまう」。森下にとってこの原体験は忘れられないものだった。

「結局は、いちばんは、現場に、お客さまに、ずっと向き合ってきたこと」。お客さまの声をきいて、できないことを一つずつつぶす。その姿勢がマイクロソフトに勝利して世界一を守ることにつながった。時を経て森下が改めて紡ぎ出した言葉は、番組での結論の重要なピースとなった。

「ずっとつながってきた技術」

世界一への道のりをともにし、今も顔認証の研究を続けている早坂昭裕。番組の取材を振り返り、こう語った。

「テレビ的にはかっこいいこと言わなきゃいけないのかな、と思ったけど」と前置きし、出てきたのは「当時、やっぱり大変だったんです、ほんとうに大変だった」。「ベンチマークテストだけじゃなくて、事業展開も」。何としてもこの技術を世の中の役に立てたい。「いろんな思いがあって、それが結果につながってきたというのが、伝わってほしい」。

55年前の1970年、大阪万博。ここでNECの顔認証技術の「原点」となる技術が使われた。高度経済成長期から始まった郵便物の手書きの住所を読み取る技術も、今日の指紋認証や顔認証技術へとつながっている。

「今岡さんのずっと前の先輩からつながってきた技術と知見。その流れを受け継ぐ形でNECの世界一があり、価値がある」。番組の取材を終え、早坂はこう振り返った。

NEC関係の取材協力者は30人以上。今岡の上司として顔認証研究を指導した佐藤敦、顔認証システムの営業に奔走した水口喜博たちも、NECのバトンを受け継いできたメンバーの1人として取材を受けた。

佐藤敦
水口喜博

NECがめざす社会価値創造。その志は、脈々と受け継がれている。

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