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顔情報・秘密鍵の管理リスクを根本から解決
生体情報利用デジタル署名
NECの最先端技術 2025年2月26日

現在、世界的な広がりを見せる顔認証ですが、運用側にとって大きな懸念となっているのが、ユーザに関する機微な情報である顔画像や顔画像から抽出した特徴量などの顔情報の管理です。また、ユーザ側でも顔情報を企業に管理されることに対する不安から顔情報登録を忌避することが多いのも実情です。
こうした状況に対し、今回NECでは顔情報の管理が不要となる新しい認証方式を開発しました。この技術の根本となる生体情報利用デジタル署名技術はデジタルウォレットにおいても活用可能で、暗号資産に代表されるデジタルアセットの管理リスクにも適用できるといいます。技術の詳細について、研究者に話を聞きました。
顔情報の管理が不要な顔認証を実現

― 今回NECが発表した生体情報利用デジタル署名とは、どのような技術なのか教えてください。
岩井:顔情報そのものではなく、顔情報から生成した鍵を使って顔認証を実現する技術です。顔情報を保持・管理する必要がなくなるため、従来よりも低コストで、さらにセキュアな顔認証システムの導入と運用が可能になります。替えのきかない顔情報は、極めて厳重な管理が必要な機微データです。もし漏洩するようなことがあれば、取返しのつかないことにも繋がりかねません。これに対し、鍵であれば万が一流出しても変更することができますから、安全・安心のレベルは大きく変わってきます。顔情報用に堅牢なセキュリティを必ずしも準備する必要はなくなりますから、顔認証の導入障壁も下がるのではないでしょうか。少なくとも、もう顔情報の管理という点で二の足を踏む必要はありません。

田宮:今回の技術的な課題となったのは情報の「ゆらぎ」でした。顔情報は撮影する角度や光の加減、表情などで情報が変化します。こうした「ゆらぎ」に対して、鍵は固定的です。通常の顔認証であれば、登録されている顔情報と認証時に撮影した顔情報を照合して類似度を計算します。類似度という度合を測定することでゆらぎを吸収していたわけです。しかし、顔情報を鍵にしてしまうことで、こうした類似度を正確に測定することが困難になります。無理に照合しようとすれば、顔認証の精度が損なわれてしまうのです。ここが一つの大きな課題でした。
ブレークスルーとなったのは、顔情報を鍵に変換する際に、従来と同様の類似度を推定できる技術です。この技術の活用により、顔認証エンジンの精度はそのままに、顔情報の管理が不要な形で顔認証を実現することができるようになりました。さまざまなユースケースも想定しています。金融でのセキュリティ強化はもちろん、リテールでは各店舗で運用しやすくなるでしょうし、コネクテッド化が進むモビリティへの活用も視野に入れているところです。
認証時のスピード感はそのまま

主任
田宮 寛人
― 従来の顔認証に、顔情報を鍵に変換する1工程が追加されているというイメージでしょうか。
田宮:はい。そのようなイメージです。そのため、従来は処理が追加されるぶん速度が下がってしまうという課題がありました。今回の技術は、この課題に対応しています。
ここにも、先ほど申し上げた技術が効いています。鍵に変換しながらも類似度を推定することができるおかげで、照合する対象を絞りこむことができるようになっています。本来、顔情報から生成した鍵を登録された全ての鍵と照合する必要が生じますが、類似度を測ることができたおかげで明らかに違うデータは照合対象から弾くことができるようになりました。

杉崎:このようなアルゴリズム面からのアプローチに加えて、実装面からも高速化に取り組みました。例えば、大きな課題の一つとなったのが認証時に撮影する顔画像データの重さです。顔画像は容量が大きいため、通信に時間がかかってしまうのです。そこで、画像を必要十分な大きさにリサイズする機能を開発して追加しています。また、暗号技術を構築するC++言語とユーザインターフェイスとなるブラウザの言語であるJavaScriptをいかに効率的に繋ぐかなど、あらゆるレイヤーで高速化を実現するための工夫を重ねていきました。
試行錯誤の結果として、通常の顔認証と遜色のないユーザ体験を実現できたのではないかと思います。生体情報利用デジタル署名を用いた顔認証は、NEC本社ビルの24階「デジタルID・働き方DXリファレンスオフィス」内に常設したデモで体験いただくことができます。実際のスピードや精度を実感いただけるものに仕上がっていますので、ぜひ多くの皆様にお試しいただけたらと思っています。
暗号資産等で使えるセキュアなデジタルウォレットへ
肥後:もう少し掘り下げて言うと、今回の技術はデジタル署名をベースにしています。デジタル署名というのはカンタンに言うと「鍵を開けられる」という証明書です。デジタル署名で用いられる暗号方式では、その人だけがもつ固有の鍵を「秘密鍵」と呼びますが、この秘密鍵を持っている人間だという証明書がデジタル署名ということになります。
今回の私たちの技術では、このデジタル署名を顔情報から生成することができます。顔情報から高精度に生成する前述の鍵を秘密鍵として用いるのですが、その秘密鍵から署名を生成するのではなく、顔情報から直接、署名を生成することができるのです。暗号化したまま計算処理を実現する秘密計算技術によって署名を生成する技術を開発することで、これを実現しました。
そのため、秘密鍵を保管する必要がなく、システムのメモリ上に乗ることさえありません。クラッキングによって秘密鍵を取得しようとしても、そもそも秘密鍵が存在していないので安全ですし、システム上に残るデジタル署名そのものからは秘密鍵や顔情報を復元することはできません。

主任
肥後 春菜
田宮:また、デジタル署名の枠組みをそのまま踏襲しているので、現在デジタル署名が使用されているサービスやシステムと互換性があることもポイントです。例えば、暗号資産やNFTに代表されるデジタルアセットの世界ではデジタル署名が必須ですが、デジタルウォレット内に顔を使って署名を付与するだけで、今までと同じようにサービスを受けることができます。
肥後:従来のデジタルウォレットは、秘密鍵をしまっておく場所でした。その秘密鍵から「私は誰に何円送りたい」と証明するデータを作ることで送金できる仕組みです。しかし、今回の技術を使えばスマートフォン等のデバイスに秘密鍵を置いておく必要がなくなります。スマートフォンを無くしたら鍵が取り出せなくなって、資産が無に帰してしまうというような心配もありません。ランダムに生成されるデータである秘密鍵の代わりに、個人の顔を使って署名が発行できるので、デジタルアセットも個人にきちんと紐づくかたちでより安全に管理できるようになります。

大槻:今回の技術のデジタルウォレットの鍵管理技術としての可能性は非常に大きいと考えていて、いま私たちは標準化や社外発信に積極的に取り組んでいるところです。BGIN(Blockchain Governance Initiative Network)という国際ネットワークではデジタルウォレットの鍵管理やガバナンスの標準化に向けた議論をしているのですが、ここに参加して生体情報を使った鍵管理の訴求や啓発を進めようとしています。安全性や可用性、利便性といった観点から既存のデジタルウォレットの仕組みと比較したホワイトペーパーは、近日発行予定です。
岩井:顔をはじめとした生体情報を鍵に換えるという私たちの技術をより広く使っていただくためには、お客様に訴求していくだけでなく、世界的な標準化団体でのプレゼンスを上げていくことも重要です。こうした活動にも引き続き取り組んでいきます。
生体認証・セキュリティ・AI・通信を兼ね備えたテックカンパニー

研究員
杉崎 行優
― 今後の展開や目標を教えてください。
杉崎:高速化については、引き続き進めていきたいと思っています。導入規模が大きくなるほど処理の負荷は高くなりますから、今後実際の現場で導入していくことを見据えたうえで、さらなる高速化を追求していく必要があると思っています。ゆくゆくは、NECが展開しているウォークスルー顔認証への実装も実現していきたいと考えています。
田宮:NECの顔認証は、精度やスピードという面では既に高いレベルを実現できたと思います。だからこそ、これから求められるのは高い安全性や運用性などの付加価値になってくるはずです。NECの顔認証をさらに多くの方々にご利用いただくために、私たちの暗号技術を活用する研究を進めていきたいです。

研究員
大槻 紗季
大槻:実際、顔情報は配慮すべき情報として現在も国内外で活発な議論が交わされている最中です。さらなる技術の進化にも取り組みながら、こうした課題意識に根本的に応えられるような技術にしていきたいと思っています。
肥後:そうですね。生体認証は便利な一方で、何となく不安だから使いたくないと考える方もいらっしゃいます。生体認証が優れた技術であることは確かだと思いますので、私たちの研究開発によって、この技術を様々な領域で安心して使っていただけるような手助けができたらと思っています。

ディレクター
岩井 孝法
岩井:そういう意味でも、NECは生体認証の利便性と安全性の両立を実現できる企業です。生体認証とセキュリティの双方で高いレベルの技術を持ち合わせていますし、それぞれにおいて最先端の技術を追究できる自前の研究所を抱えています。今回の技術を担当してくれたのも、世界の第一線で活躍する4人の若手研究者でした。
さらに言えば、NECはAIや通信等に至るまで幅広いソリューションを一手に提供できる世界的にも稀有な企業です。生成AIやデジタルツインなど、これからの成長が期待される様々な領域でもセキュリティは必要な不可欠な基盤となりますから、幅広い分野で研究開発を進めていきたいと考えています。


デジタル署名を生体情報から行う生体情報利用デジタル署名は世界的に2000年代から研究されてきた技術ですが、認証精度や速度が落ちるという点が課題でした。
今回NECが開発した技術では、認証精度はそのままに、スピード感も損なうことなく顔情報からデジタル署名を行うことができます。顔情報から鍵に変換する際に、従来の顔認証と同様の類似度を推定できるようにしたことが、大きなポイントです。従来の顔認証と遜色のない精度とスピード感を実現しました。秘密鍵の代わりに顔情報を用いてデジタル署名を生成できるため、電子契約や暗号資産などのシステムにそのまま活用できることも大きなメリットです。さらに、顔情報を保存・管理しないシステムなので、運用時のセキュリティコストやリスクも大きく低減することができます。
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関連情報
関連論文
- H. Higo, T. Isshiki, S. Otsuki and K. Yasunaga (Tokyo Institute of Technology), "Fuzzy Signature with Biometric-Independent Verification," 2023 International Conference of the Biometrics Special Interest Group (BIOSIG), 2023.
- 大槻 紗季, 田宮 寛人, 渡辺 耀仁(東京工業大学), 肥後 春菜, 森 健吾,安永 憲司(東京工業大学), 一色 寿幸, "鍵準同型性を有するデジタル署名に基づく分散型ファジー署名," SCIS2024 暗号と情報セキュリティシンポジウム, 2024年.
- 田宮 寛人, 肥後 春菜, 一色 寿幸, 森 健吾, 尾花 賢(法政大学), 大槻 紗季, "二者署名生成プロトコルに基づく分散型ファジー署名," SCIS2024 暗号と情報セキュリティシンポジウム, 2024年.
- 杉崎 行優, 大槻 紗季, 田宮 寛人, 中島 明, 一色 寿幸, "三角格子における最近傍ベクトル探索の高速化とその評価," SCIS2025 暗号と情報セキュリティシンポジウム, 2025年.
- 大槻 紗季, 田宮 寛人, 森 健吾, 一色 寿幸, 松尾 真一郎(ジョージタウン大学), 尾花 賢(法政大学), "分散型ファジー署名を用いたデジタルウォレットの鍵管理," SCIS2025 暗号と情報セキュリティシンポジウム, 2025年.
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