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「そして誰にも選ばれなくなる」インシデントが招くレピュテーションリスクの話
NECセキュリティブログ2026年8月21日
日頃、サイバーセキュリティの現場やガバナンス構築に携わっていると、多くの組織が「システムの復旧コスト」や「一時的な業務停止」といった、目に見える直接的な損害に焦点を当てがちであると感じます。
しかし、インシデントの後に顕在化する中長期的なリスクについても、慎重に評価すべきです。
その1つが、「レピュテーション(社会的信用・評判)の低下」です。
レピュテーションとは、企業に対する「風評」や「社会的信用・評判」のことです。
そこから「レピュテーションリスク」とはインシデントを起こした事実やその後の不適切な対応によって社会からの信用が低下し、顧客や取引先が離れていくことで被る二次的な損害の危険性を指します。
単に「一時的にブランドイメージが悪くなるだけだろう」という捉え方は、組織の存続を揺るがす深刻な事態を見落とすことにつながりかねません。
レピュテーションリスクの要因については法令違反、品質問題、社員/取引先の不祥事、SNSなどでのネガティブ情報の拡散など様々ありますが、今回はインシデントを要因としたケースについて取り上げます。
目次
データと実例が示す信用低下の現実
セキュリティは、組織の信頼性と事業の継続性を支える基盤そのものです。一度でも重大な情報漏洩やインシデントを起こした組織に対し、市場やステークホルダーが示す判断は非常に厳しくなります。
顧客の信頼(レピュテーション)が低下した際の実害は、具体的な行動データとしても現れています。
アイデンティティセキュリティ大手のPing Identity社が実施したグローバル調査によると、消費者の81%が「データ漏洩を起こしたブランドとの、オンラインでのやり取りやサービス利用を即座に停止する(データを預けない)」と回答しています
[1]。これは、インシデント発生の公表が、既存顧客の離脱や新規顧客の獲得機会の喪失に直結することを示唆しています。
このようなレピュテーションの低下とそれに伴う顧客離れは、企業の存続そのものを揺るがす事態に発展しかねません。
事実、日本経済団体連合会(経団連)のハンドブックにおいても、「サイバー攻撃は、組織のレピュテーションやブランドに深刻な影響を与える可能性があり、データ消失自体よりも、間接的な要因の方が大きな影響をもたらす可能性もある」と指摘されています
[2]。同ハンドブックで紹介されている「サイバー攻撃を受けた米国の小規模企業の60%が、6か月以内に倒産している」というデータは、サイバー攻撃がもたらす直接的・間接的なダメージがいかに致命的であるかを物語っています。
日本国内においても、事業継続に致命的な影響を及ぼした事例があります。
受託業務において個人情報の漏洩が発覚した大手コールセンター運営企業は、発覚直後に委託元からの契約を解除され、その後の信用不安から取引先の離脱が相次ぎました。結果として、事案の発覚からわずか7か月で破産手続き開始決定を受けるに至っています
[3]。
これらは感情論ではなく、市場のルールとして、一度の信用低下が事業の停止や契約解除を直接的に引き起こす実態を表しています。
レピュテーションが急速に低下する要因
なぜ情報漏洩が起きると、これほどまでに評判が急落するのでしょうか。
そこには現代の社会構造特有の要因が存在します。
「加害者」としての社会的評価
サイバー攻撃を受けた組織は、技術的・法律的には犯罪の被害者です。しかし「十分な安全管理措置を講じていなかった」と判断された場合、社会やメディアからは「情報を預かる責任を怠った加害者」として評価される傾向にあります。この社会的評価のズレが、批判やブランド価値の低下を招くことになります。
サプライチェーンからのシステム的な排除
BtoBビジネスにおいては、より合理的かつ冷徹な判断が下されます。
取引先でセキュリティインシデントが発生した場合、多くの企業では取引の停止や見直しが検討されます。これはそこまでに培った人間関係や長年の信頼関係とは無関係に、ルールに則って自動的に処理されるケースが多く見られます。
見えない二次被害:モチベーション低下と人材流出
レピュテーションの低下は、外部からの売上を阻害するだけではありません。組織の内側、つまり「人」に対しても深刻な影響を及ぼします。
「不適切な管理による漏洩事故を起こした組織」という評価を受けることは、在籍する優秀な従業員のモチベーション低下や離職を招きやすくなります。さらに、採用市場における評判の悪化は、将来的な新規人材の獲得を著しく困難にします。
情報処理推進機構(IPA)が発行するガイドラインにおいても、セキュリティ対策による直接的な効果として「レピュテーションリスクの低減」が挙げられる一方、一般的にひとたびインシデントが発生した際の企業経営への影響として、「社員のモチベーション低下」や「人材の流出・採用への影響」が言及されています
[4]。
これらは、中長期的に組織の土台を静かに蝕む要因となります。
一般的なセキュリティ対策から考える、レピュテーションリスクへの4つのアプローチ
このリスクに対して、企業はどのような手を打つべきでしょうか。
通常のセキュリティ対策として行われる「一般的な対策」が基本となりますが、レピュテーションリスクを制御する(評判の低下を防ぎ、信頼を守る)という観点において、特に重要となるポイントを整理しました。
アプローチ1:セキュリティを「経営課題」として位置づける(予防)
セキュリティ対策を単なるIT部門の局所的なコストや技術的な問題と捉えるのではなく、企業のレピュテーション(社会的信用・評判)を守り、持続的な成長を担保するための最優先の「経営課題」として位置づけるアプローチです。
- 投資の正当化:セキュリティ対策への投資を「将来の事業活動・成長に必須な費用」「企業活動におけるコストや損失を減らすために必要不可欠」と位置付けることが重要です。企業として果たすべき社会責任であることを踏まえ、経営者の責務として実践することが求められます
[5]。
アプローチ2:インシデント発生時における「対外的信頼の回復力」を構築する(事後対応)
事故を完全に防ぐことは不可能だからこそ、日常の「有事対応の準備」がレピュテーションの明暗を分けます。
- 誠実かつ迅速な情報開示計画:事実の隠蔽や公表の遅れは、レピュテーションを最も毀損する要因です。事前に「どのタイミングで、どのような事実を関係者へ公表するか」のシナリオを準備しておくことこそが、有事における誠実性を対外的に示すための備えとなります
[5]。
アプローチ3:自社の「客観的なセキュリティレベル」を測定する(評価)
自社の現状を正しく把握するためには、自社独自の基準ではなく、国や専門機関が定めた共通の基準を用いて「客観的なセキュリティレベル」を測定することが有効です。
- CSF(サイバーセキュリティ・フレームワーク)2.0
[6]:客観的なセキュリティレベルを測定するためにグローバル標準として広く用いられているのが、米国標準技術研究所が定めた「NIST CSF」です。NIST CSFを用いることで、自社のセキュリティ対策が「ガバナンス、識別、保護、検知、対応、復旧」の6つの領域でどの程度機能しているかを評価し、自社の成熟度をTier 1(部分的)からTier 4(適応的)までの客観的な4段階レベルとして可視化することができます。これにより、自社の対策が客観的に見てどの水準にあり、どこに優先的な課題があるのかを明確に把握することが可能になります。 - その他のフレームワーク: CSF以外にも以下のような様々なフレームワークが存在します。自社の状況や業種にマッチしたフレームワークを選択することをお勧めいたします。
- CIS Controls
[7]:米国Center for Internet Securityが公表している、「まず優先して実行すべきセキュリティ対策」を体系化した評価ガイドラインです。「優先して実行すべき18のコントロール(153の具体的なサブ対策)」が提示されており、その中ですべての組織が最低限実施すべき基本的なサイバー衛生として「IG1(Implementation Group 1)」が定義されています。自社の事業規模や扱っている情報の重要度に応じて適正な実装グループ(IG1からIG3)を選択し、その達成度を客観的・定量的に測定できます。 - PCI DSS
[8]:クレジットカード情報を取り扱う業界で策定され、ITインフラセキュリティの国際標準としても広く参照されている基準です。ネットワーク構成の安全確保、アクセス制御、データの暗号化、ログの監視・テストなど、約400項目に及ぶ詳細な要件に対する個々の準拠状況(準拠/非準拠)を可視化し、自社のITインフラにおけるセキュリティ要件の抜け漏れを厳格に評価・確認することができます。 - CRR(サイバーレジリエンスレビュー)
[9]:DHS(米国国土安全保障省)が提供するフレームワークで、組織のセキュリティ管理体制や災害・攻撃からの回復力(レジリエンス)を網羅的に評価する手法です。この共通基準に照らし合わせて組織全体のサイバーレジリエンス(攻撃や災害からの回復力)やサイバーセキュリティの実践状況(10の評価領域)を体系的に棚卸しすることで、「自社の対策がどのような水準にあり、プロセスのどこにギャップ(欠陥)があるのか」を、インタビューに基づく定性的かつ体系的な評価として可視化することができます。
- CIS Controls
アプローチ4:ステークホルダーごとに最適化したコミュニケーション設計(情報発信)
インシデント発生時、顧客、取引先、行政、メディアなど、それぞれのステークホルダーが懸念するポイントは異なります。国の『サイバー攻撃被害に係る情報の共有・公表ガイダンス』においても、不正確な情報が伝わるリスク(風評リスク)を考慮し、先んじた公表や問い合わせ窓口の一本化など、広報やリーガルリスク対応としての情報発信を行う重要性が指摘されています
[10]。
- インシデント発生時、顧客(「自分の個人情報は漏れたか」)や取引先(「自社への二次被害はないか」)など、ステークホルダーによって求める情報はそれぞれ異なります。
- したがって、「適切なタイミングで、相手が求める情報(ファクト)を正確に届ける体制」を、一般に平時からセキュリティ部門と広報・法務部門等が連携し、情報発信の方針を整理しておくことが重要です。これにより、SNS等での事実と異なる憶測や誤解による風評被害(レピュテーションリスク)の拡大を防ぐことができます。
現代の格付け対策:セキュリティレベルは外から見える時代に
現在、企業のセキュリティ体制は、外部から客観的に評価される時代へと移行しています。
グローバルなリスクマネジメントの潮流として、外部のオープンな情報から企業のセキュリティ状況をリアルタイムに点数化(レーティング)する評価サービスが普及しています。その代表格が、Bitsight(ビットサイト)です
[11]。
取引先や投資家は、自己申告の「対策しています」という言葉だけでなく、このような客観的な指標を参照して、取引を継続すべきか、投資すべきかを評価しています。
NECでは、このBitsightのレーティングにおいて、高い評価水準を維持しています
[12]。これは、NECの安全管理に対する真摯な取り組み姿勢が、そのまま「外部から見える客観的な信頼性」として結実している好例と言えます。
おわりに:直接的被害の防止から、社会的「信頼」を維持する投資へ
かつて、サイバーセキュリティは「どれだけ対策を行っても、直接の利益にはならないもの」と捉えられがちでした。予算を割いても「効果が見えにくい」、「売り上げに直結しない」「意味はないのでは」といった声を聞くことも珍しくありませんでした(セキュリティ対策が適切に実施され、それでいてインシデントが発生しない環境では特に)。
しかし、その認識は大きく変わりました。
前述の『サイバーセキュリティ経営ガイドライン』において、セキュリティ対策は「単なるコスト」ではなく、企業の価値を維持・増大し、将来の企業活動におけるコストや損失を抑制するための『投資』であると定義されています
[5]。
その『投資』を用いて私たちは、サイバー攻撃によるシステムの停止や復旧費用といった直接的な被害を防ぐことはもちろんのこと、「レピュテーション(社会的信用・評判)」という観点からも、日頃の検討や対応を進めていく必要があります。
強固なセキュリティガバナンスと誠実な対応をとる体制は「信頼してデータを託せる存在」としての強力なブランド価値を生み出し、競合他社との確かな差別化につながります。インシデント後のレピュテーションを適切にコントロールする備えこそが、結果として組織の持続的な成長を支える強固な基盤となります。
有事が起きてから多大な経営資源を失うリスクを背負うよりも、あらかじめ組織の信頼のために適切なガバナンスを整えること。それこそが、持続可能性を重んじる現代の経営において、極めて合理的な判断と言えるのではないでしょうか。
参考文献
- [1]:Ping Identity "81% of Consumers Would Stop Engaging with a Brand Online After a Data Breach, Reports Ping Identity"
https://press.pingidentity.com/2019-10-22-81-of-Consumers-Would-Stop-Engaging-with-a-Brand-Online-After-a-Data-Breach,-Reports-Ping-Identity - [2]:一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)「サイバーリスクハンドブック」第1版
https://www.keidanren.or.jp/policy/cybersecurity/CyberRiskHandbook.pdf - [3]:創業者急性、不正で信用失墜…コールセンター業者破産の顛末(ニュースイッチ:日刊工業新聞)
https://newswitch.jp/p/48746 - [4]:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「安全安心なIoT製品・サービスを提供するために(脆弱性対応ガイド)」
https://www.ipa.go.jp/security/guide/ps6vr70000011kcx-att/000065095.pdf - [5]:経済産業省・独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「サイバーセキュリティ経営ガイドライン Ver 3.0」
https://www.meti.go.jp/policy/netsecurity/downloadfiles/guide_v3.0.pdf - [6]:NIST Cybersecurity Framework
https://www.nist.gov/publications/nist-cybersecurity-framework-csf-20 - [7]:CIS Critical Security Controls
https://www.cisecurity.org/controls - [8]:
- [9]:DHS(米国国土安全保障省:Department of Homeland Security) "Cyber Resilience Review (CRR)"
https://www.cisa.gov/sites/default/files/c3vp/crr_resources_guides/CRR_Resource_Guide-RM.pdf - [10]:内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)他「サイバー攻撃被害に係る情報の共有・公表ガイダンス」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000867112.pdf - [11]:Bitsight Technologies Official Website
https://www.bitsight.com/ - [12]:EnterpriseZine
https://enterprisezine.jp/article/detail/24492
執筆者プロフィール
伊藤 大輔(いとう だいすけ)
担当領域:セキュリティ実装技術
専門分野:セキュリティガバナンス、脆弱性管理、ログ管理
セキュリティガバナンス構築のための規定作成や支援によるNECのセキュリティ提案・実装推進に従事。CISSP、情報処理安全確保支援士、PMP、ISMS審査員補、ネットワークスペシャリスト、ベンダー資格などを保持。
最初に買ったPCはPC9801-UV11。最初に学校の授業で使ったマイコンはTK-85。

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