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途上国の新生児守る世界初のシステム、ついに実証成功へ 導いたのはNEC「営業出身」研究者


「弱い立場の子ども達を技術で救いたい」。本人の存在だけで本人であることを証明できる生体認証、これを生まれたばかりの新生児にこそ使えるようにするべきだ──。営業としてNECに入った社員がこの想いを実現するために、研究者に転じました。たどりついたのが、ワクチン接種管理システムに生体認証を活用する世界初の研究です。途上国の新生児に本人確認を実施することで必要なワクチンを届ける取り組みで生まれる、NECの新たな社会価値の創造とは。
「不可能」とされていた新生児の指紋認証、世界初の実証システムに活用
世界では、医療や公共サービスで防げる死因で生後28日に満たずに命を落とす子どもが2021年だけで230万人にのぼる、とユニセフは報告しています。子どもの命を救うためにNECと手を携えたのは、長崎大学熱帯医学研究所とケニア中央医学研究所です。現在もケニアで実証研究が進んでいる新生児の生体認証による本人確認とワクチン接種の計画と履歴を管理するこのシステム、考え方はシンプルですが、実現への道は簡単ではありませんでした。
そもそも、約10年前には新生児の生体認証に関する先行研究はほとんどなく、指紋認証技術の新生児期への応用は「不可能」とされていました。また、病院の情報の多くが手書きで管理されている状況で、検索するだけでも医療従事者の負担となっており、「いつ」「どこの」「誰が」「どのワクチンを」「受けたかどうか」を管理・把握することは、大きな課題でした。


実証成功に向けたポイントは2つありました。一つは産後すぐ退院してしまう新生児にも対応できるように、生後2時間の新生児の指紋を用いた認証技術を開発したこと。体重や身長だけでなく産後ケアや出生地域の気候の違いなどに対応しながら、新生児の指紋を確実に撮り、認証する手段の研究は今も続いています。
もう一つのポイントは複数の生体認証技術を組み合わせたこと。つまり、新生児の指紋認証と「保護者を声で認証する技術」を組み合わせたことです。今回採用した声認証は、どのような姿勢でもマイクで集音するだけで認証でき、とる側もとられる側も負担が少ないという特長があります。医療現場に新しい手順を追加せず、より確実に本人確認できる。親子で異なる生体認証を組み合わせたワクチン接種管理システムの試験運用は世界で初めてです。
途上国の新生児守る世界初のシステム#1
「一番弱い立場の子どもを守る生体認証技術を」 営業から研究の道へ
そもそも、新生児の生体認証技術をNECが発展させる起点となったのは、ケニアでの取り組みをリードするNECバイオメトリクス研究所の幸田芳紀です。入社したときは営業職だった幸田。営業職の出身者が研究者になったのは非常に珍しいケースです。
顔認証や指紋認証はもともと成人を対象に発展してきました。20年以上も前から様々な生体認証技術に携わっていた幸田は、アジアやアフリカの各国で生体認証技術を「国民ID」に活用するため、営業職として世界をまわります。
その中で、国民として存在を認識されず、教育や適切な医療が受けられない子どもが世界に多くいる現実を目の当たりにします。自ら説明できなくても、証明書がなくても、例えば指紋認証なら指を出すだけで本人と確認できる。本人確認して国民であることが証明できれば医療や教育など、公的な支援が可能になるはずだ──。
しかし、新生児の生体認証が研究対象にすらなっていない状況で、営業職のままでは技術を広げるには限界がありました。「最先端の研究者としてしかアプロ―チできない領域がある」と、幸田自ら大学の門を叩きます。


2018年に東北大学大学院情報科学研究科の社会人博士課程に入学し、青木・伊藤(康)研究室で学ぶとともに、今回の共同研究を行っている長崎大学熱帯医学研究所の金子研究室にも所属。研究成果を国際的な学会や会議で発表を重ね、NECのバイオメトリクス研究所にも配属となり、ケニアの研究にはついに「NECの研究者」として参加することになったのです。
「これから生まれる子供たちのために」押し売りじゃない、本当の価値
ケニアでまず手掛けたのは、アフリカの現場で求められている課題を知ることでした。その一つが、出産から退院するまでの時間が日本の常識より短いこと。インドでの研究で「生後6時間」まで実証していた指紋認証をさらに短縮し、「生後2時間」の新生児の指紋認証に成功。2019年9月に国際学会で発表しました。当時のことを幸田はこう回想します。
「現地の人たちはとても協力的でした。ただ、研究当初は私のことは『日本からきてアフリカの人々からデータをとる人』という印象だったと思います」。だからこそ、研究だけでなく現地の課題をどう解決できるのかを示さなければならない。この考えが、ワクチン接種管理システムと生体認証を組み合わせた実証実験につながり、参加する保護者や医療従事者、政府関係者の理解につながりました。
精度を上げるための試行錯誤を重ね、2022年9月から2023年3月のケニアでの実証では300人以上の赤ちゃんを登録し、問題なく本人確認ができました。「嬉しかったのは、本人確認ができたことだけでなく、参加者の中にワクチン接種を途中でやめた人はいなかったこと」。システムに登録したことが、ワクチン接種は行うべきものだと保護者に認識してもらうことにつながり、医療従事者が管理しやすくなったことも加えて、新生児の命を救う一助になっていることが実感できたといいます。2023年度中にケニアの地域レベルでの導入を目指しています。


幸田には、忘れられない言葉があります。
「自分の子どもだけじゃなく、これから生まれる私たちの国の子どもたちのためになるんだったら、いくらでも協力しますよ」。出産後のまだ体力が回復しない女性が言ってくれた言葉です。
先進国のエゴでも押し売りでもなく、本当に自分たちの研究が、技術が、価値のあるものとして受け入れられている。NECが目指す社会価値創造を、確かに実感できた一言でした。
「現地で協力してくれる様々な人たちの想い、先輩たちの惜しみない指導、そしてNECが生体認証のスペシャリストであることの誇りを背負ってきた。だからこそ、実現しないといけないと思っています」
途上国の新生児守る世界初のシステム#2
「安全・安心・公平・効率という社会価値を創造し、誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会」を掲げるNECのPurpose(存在価値)実現のために、ケニアでの挑戦は続きます。
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