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趣味の紹介、社内の親睦、経営方針の共有…NEC社内報86年、今もつながるPurpose
2023年4月13日

春は気分一新の季節。4月から働くメンバーや組織が変化した人も多いのではないでしょうか。NECグループも今春約600人の新入社員を迎え、また2025中期経営計画の実現に向けて新しい組織・体制が発足しました。仲間や組織を知るために、大切な役割を果たすのが「社内報」。NECグループの社内報が産声を上げたのは今から86年前の4月のことでした。歴史をたどると、NECグループが変わらず大切にしてきたものが見えてきます。
働く仲間の趣味の紹介から文芸欄まで…戦時中には戦死者の追悼文も
企業の成長に不可欠な要素として今、従業員エンゲージメントが注目されています。NECでも、2025中期経営計画でエンゲージメントスコアの向上が掲げられ、ダイバーシティや働き方改革の推進で「働きがい」を高める取り組みを進めています。
エンゲージメントという言葉が注目されるはるか前から、従業員同士や会社と従業員のつながりを強めることは重要なテーマでした。その役割を担うカギとなるのが社内報です。
1899年に設立したNECグループの歴史で、社内報が初めて発行されたのは、1937年(昭和12年)4月のこと。このときの目的は「従業員の親睦」「職場の相互理解」でした。
1920年代末から、不足していたミドルマネジメント以上の人材が補完され、経営体制が強化されました。業績の向上とともに従業員数も約2倍に増加し、この頃、人事の刷新を図る目的で職員の55歳定年制度が採用されています。そんななか、1937年に初めて発行されたのが社内報「日本電気」でした。会社の規模が拡大し労務管理が整備され、社内をまとめる必要性が増していたことが背景にあります。具体的な内容は、職場の紹介、勤続者表彰式の模様、従業員の趣味の紹介、文芸欄など。今のNECグループの社内報の役割を担っているイントラネットにも通じるコンテンツが掲載されていました。


第二次世界大戦まっただ中には、戦死者の追悼文も掲載されるようになり、戦況が厳しくなる1943年8月まで社内報は発行されました。
親睦だけじゃない 「経営方針の共有」も重要な役割に
戦後復興と企業再建に向けて、社内報は復活します。
第二次大戦後、企業経営の再建を進める日本電気は、職員と工員という従業員の身分制の廃止を他企業に先駆けて話し合い、1948年4月に職員も工員も名称を「社員」に統一しました。こうして一つになった社員への情報提供や情報交換の場として1950年3月に三田事業部で社内報「有線」が、6月には玉川事業部でも「再建玉川」が刊行されました。
「有線」と「玉川」は1963年1月に「NECライフ」に統合され、創刊号では、「理想的な最新鋭の工場 相模原工場建設計画を聞く」と題する座談会記事が掲載されています。「NECライフ」の年頭号では、「年頭の辞」として、景気変動や貿易自由化など、そのときどきに直面するテーマを取り上げて紹介しています。これまでは触れられてこなかった当時の経営方針についての話題も多く取り上げられ、「会社の方向性」や「直面している課題」を社員と共有する役割がより重視されるようになりました。


One NEC.com:Purpose実現への想い引き継ぐ
「NECライフ」は、2009年1月の376号まで紙の冊子として発行されていました。その後Web化され、2018年12月の489号まで続き、現在は、NECグループの社員が情報を最大限に活用し、組織を越えた連携を促すため、グループ共通のウェブサイト基盤「One NEC.com」(2020年7月開始)にその役割が引き継がれています。現在の「One NEC.com」でも、社長の森田隆之のメッセージを始め、会社の経営戦略を積極的に伝え、職場や社員の活動をオープンに届けて、一人一人のエンゲージメントの向上をめざしています。

社内報の歴史を通じて垣間見える先人たちの想いは、今、NECグループがPurpose(存在意義)として掲げる「誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会」の実現にむけて進んできた一歩一歩の証しでもあります。