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幸せってどう分析するの?~NECのウェルビーイング分析~ 後編
2023年3月6日
はじめに
こんにちは。NEC AI・アナリティクス事業統括部ウェルビーイングプロジェクトチームです。今回は「ウェルビーイング×AI・データサイエンス」後編となり、実証の具体的な内容と結果についてご紹介します。後編の執筆は、暖かくなってウェルビーイングが高まってきた中野・岩科・大堀・古木が担当します。ぜひ最後までご覧ください!
今回の実証の契機は、COVID-19によるパンデミックでした。テレワークが普及したことでワークライフバランスがより重要度を増す中、2020年より、企業や組織全体のウェルビーイング、エンゲージメント向上を目標に、AIやチャットボットを活用したプロジェクトが立ち上がりました。そもそもウェルビーイングとは何なのか、それを学ぶためにこのウェルビーイングに関する学問、「幸福学」の国内第一人者である慶應義塾大学の前野隆司教授[1]に共同研究を申し入れたところ、快諾を頂き、プロジェクトメンバーは毎月ディスカッションを繰り返しました。そこから、NECが目指すべき方向性を明らかにしていきました。そしてデータ収集のためにアンケートを取り始め、社内実証に向けての準備を進めていったのです。
実証の概要
前編でご紹介しましたように、私たちはAI・データサイエンスの観点から、
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見える化:利用者の負担を軽減しつつ個人の特性データを収集する
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分析:日常業務における、ウェルビーイングの具体的な変動要因を分析する
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対処:利用者に対し、ウェルビーイング向上につながるアドバイスをする
という3点の実現を考えることにしました。
これらを実現するため2021年12月から実証を開始し、大きく3つの分析を行いました(図 1)。
- 分析①負担軽減検討のためのチャットボットとFormsの幸福度比較分析
- 分析②スケジュールデータ(実績)と幸福度との関係性分析
- 分析③チャットボットによる行動変容提案と幸福度との関係性分析

各分析では図 1のように以下の4つのデータを使用しました。
- 行動変容提案データ(チャットボット)
- 幸福度アンケートデータ(チャットボット)
- 幸福度アンケートデータ(Forms)
- スケジュールデータ(Outlook)
なお、いずれもMicrosoft社のツールを利用しており、チャットボットはチャットツールであるTeams[2]をベースに独自開発、Formsはアンケートツール[3]、Outlookはメール・予定表管理ツール[4]となっています。分析①~③で共通して利用している指標に幸福度が挙げられ、この指標は前野教授が定義した幸せの4因子[5]を使用しています。チャットボットとFormsにより4因子それぞれに用意された4つの質問、計16問を7件法(1:全くそう思わない~7:とてもそう思う)のアンケートとして回答を取得し、その数値の合計を幸福度として算出しています。
以降で各分析について詳しくお伝えします。
分析①:アンケート方法で幸福度に差あり?!
~負担軽減検討のための幸福度比較分析~
分析①ではチャットボットとFormsの両方の幸福度アンケートデータを使用し、幸福度を比較しました。その目的はチャットボットにより1日1問質問を投げかけてその日の幸福度を計測する方法と、Formsにより一括でデータを収集できる方法とで、回答傾向が同じか調査・確認することです。現在は主にFormsを使用して幸福度アンケートを実施していますが、回答傾向が同じならチャットボットで幸福度アンケートを実施したいと考えていました。
なぜアンケートツールをチャットボットに変更したいかというと、幸福度アンケートに回答する負担を小さくしたいからです。幸福度アンケートに答えることが負担となってしまえば回答者の幸福度を下げてしまう可能性があります。それを防ぐために、アンケートツールを回答の負担が小さいものにしたいという思いがありました。そこで私たちは、Formsよりも回答の負担が小さいだろうチャットボットによる幸福度アンケートの実施を思いつきました。
Formsでの幸福度アンケートは一括で幸福度の質問16問に回答する形式となります。そのため1日で回答は終わりますが、回答時の負担が大きくなります。これに対しチャットボットでの幸福度アンケートは、1日1問ずつ答えるのみです。幸福度の質問が16問の場合、16日の間1日1問だけ回答すればよいため、Formsよりも回答者の負担が小さいと考えられます。もし幸福度比較において回答傾向が同じであれば、幸福度質問ツールを回答者の負担が小さいチャットボットに変更できると考えていました。
チャットボットとFormsの幸福度を比較するため、実証参加者にチャットボットとForms両方の幸福度アンケートに回答してもらいました。具体的にはまず実証参加者に対してFormsで幸福度アンケートを実施し、その翌日からチャットボットで再度幸福度アンケートを実施しました。そして実証参加者のうち幸福度アンケートとチャットボットの両方に回答した208人のデータを用いて、チャットボットとFormsの幸福度分布を確認しました。するとチャットボットとFormsでは幸福度の回答傾向に違いがあるという結果になってしまいました(図 2)。幸福度比較については、好みや時間的な変化から個人については差があるものの、全体的に見れば変わらないと推測していました。しかしチャットボットとFormsの幸福度をt検定で比較した結果、有意差があることがわかったのです(p<0.05)。

基本的にアンケートツールで回答傾向は変わらないはずです。そのため今回の分析で有意差が出てしまった理由を調査したところ、2つの可能性が浮かび上がりました。1つは、Formsと違って回答画面が横並びではないという、チャットボットのインターフェースの問題が影響している可能性です(図 3)。もう1つは、チャットボットで取得する幸福度は時間や日々の出来事に大きく左右されてしまい、一括でデータを収集するFormsを用いて取得した幸福度と差が生まれた可能性です。1つ目のインターフェースの問題については、現在プロジェクトメンバーで改善策を検討中です。2つ目については1つの知見として捉え、今後幸福度を分析するうえで時間や日々の出来事(スケジュール)という概念を入れて考えていく予定です。

幸福度比較ではチャットボットとFormsで幸福度に差があるという結果になってしまいました。しかし実証参加者にどちらの回答が好ましいかアンケートを実施したところ、チャットボットでの回答の方がFormsでの回答より好ましいと思うユーザが全体の約72%に上りました(図 4)。つまりFormsよりチャットボットでの回答を好む人が多いため、好感度・回答負荷の面ではチャットボットに強みがあると考えられます。今後はチャットボットの具体的な特長を調査するために、さらなる分析・検証を実施していく予定です。

分析②:同僚とよく会話をして、自分の時間をきちんと確保できている人は幸福度高いよ!
~スケジュールデータ(実績)と幸福度との関係性分析~
分析②では幸福度と働き方の関係性を調べました。前編にも記載した通り、幸せな社員は不幸せな社員よりも生産性が3割高い研究成果[6]があります。幸福度と働き方の関係性を明らかにし、ウェルビーイングを高めることは、企業経営において今後求められる重要なファクターとなります。
分析②では幸福度と働き方の関係性を調べるために、分析①で取得した幸福度アンケート(Forms)を幸福度データ、Outlookのイベントデータを働き方データとして、分析に使用しました。Outlookは会議の開始終了時間, 会議に誰が出席するか, 会議の場所はどこか等、様々なイベントデータを保持しています。しかしながら、イベントデータそのものは個人の個別の予定が何であったかのデータのみであり、個人がどのような予定をどのくらい入れていたのかの情報を手に入れるためにデータ加工をする必要があります。そのため、イベントデータから幸福度に影響を与えると考えられる、予定の総数・割合に関連した変数(予定の総数, 定時後の会議の総数・割合, オンライン/オフライン会議の総数・割合, etc…)を30個作成しました。イベントデータから作成した予定の総数に関連した30変数と幸福度アンケートデータの関係性を調べることで、幸福度の低い社員と比べ、オンラインの会議数が多い等の働き方の違いを知ることができます。
分析の第一歩目として、統計分析を使用して幸福度と働き方の関係性を調べました。分析①の幸福度アンケート(Forms)による結果を基に実証参加者を幸福度の上位25%(n=40)のユーザ(high)と下位25%(n=40)のユーザ(low)に分け、 highとlowのユーザ群間で変数を比較しました。幸福度のhighとlowの群間で特に有意な差(p<0.05)が見られた4変数を図 5に示します。図 5の横軸は群を表し、highは幸福度の高い群、lowは幸福度の低い群を表します。縦軸は各行動の総数・割合を表しています。「自分主催の会議の総数」は自分が主催者となる会議のメールを送付した総数を表し、「非公開スケジュールの総数」は他の人から中身を確認できない予定の総数を表し、「会議への返信ありの総数」は会議への出席依頼のメールに対して、出席するなどの返信をした総数を表します。また、「非公開スケジュールの割合」は他の人から中身を確認できない予定が全予定に占める割合を表します。図 5の結果からhighの群はlowの群に比べ、自分主催の会議、非公開スケジュール、会議への返信数が多く、非公開スケジュールの割合が高いことが判明しました。自分主催の会議が多いことは自分から他者に対して、積極的にアプローチしているとも解釈することができます。非公開スケジュールは仕事仲間には見せない予定、すなわち、プライベートの予定であり、非公開スケジュールが多いことはプライベートの予定が多いと解釈することができます。そして、会議への返信数が多いことは他者に対して、自分はこのような行動をしますと他者と対話していると解釈することができます。

これらの結果から、幸福度の高い社員は幸福度の低い社員よりも自分主催の会議と会議への返信数が多いことから積極的に他者とコミュニケーションをとっており、非公開スケジュールの総数の多さから、プライベートの予定が充実していると解釈することができます。やはり、他者とコミュニケーションをとること、そしてプライベートを充実させることは幸福度と関係がありそうです。今回の分析結果は第一歩目であり、今後も分析していくと、今よりももっと興味深い、幸福度の違いがスケジュールに与える影響が見えてくる可能性があります。皆さんも積極的に仕事仲間とコミュニケーションを取り、プライベートを充実させてください。
分析③:幸福度維持・向上するユーザが約1.6倍増える!?
~チャットボットによる行動変容提案と幸福度との関係性分析~
分析③はチャットボットから行動変容提案を配信し、受け取ったユーザがその行動を実施することで、幸福度にどのような変化が見られるかを調査しました。幸福度と行動(働き方)に関係性があることを明らかにした分析②の結果を受けて、分析③では行動を変化させることによる幸福度への影響を分析しています。
行動の変化による幸福度への影響を分析するために、実証前後に分析①の幸福度アンケート(Forms)で回答を取得し 、この回答結果より幸福度変化量を算出しました。実証期間中は、例えば「よく笑っている人は幸福度が高いという結果があるよ。」など、13種類の行動変容提案をチャットボットから毎朝1つずつ配信し、夕方の段階で一日を通してその行動を実施できたか、行動実施に対するモチベーションも加味した実施度合い4段階で回答し、振り返っていただきました(図 6)。

今回配信した行動変容提案について、ユーザの夕方の回答が「やってみたよ!」と「一応、やってみた」の場合、その行動をその日実施できたと見なし、13日間の実証期間で何種類実施できたかを表す実施率(%)を算出しました。この実施率上位25%の実証参加者を実施レベル:high、下位25%を実施レベル:low(どちらも同率実施率を含む)、それ以外を実施レベル:middleと定義し、それぞれの実施レベルのユーザの実証前後の幸福度変化量を比較したところ、実施レベル:highのグループは約63%が維持・向上しましたが、実施レベル:lowのグループは約39%に止まり、グループ間で24%の差が生まれる結果となりました。チャットボットからの行動変容提案を実施することで幸福度が維持・向上したユーザ層が約1.6倍となったのです。実施レベル自体の定義の検討も並行して行っていて、別の定義だと「やってみよう因子が元々低く実施レベルが高い人は、幸福度が向上しやすい」という詳細な傾向が見えてくるなど、この分析を通して、チャットボットの更なる可能性と行動変容提案の幸福度への有効性を確認することができました(図 7)。

今後は属性や幸福度指標によりユーザをグループ化し、それぞれのグループで幸福度維持・向上に寄与する行動変容を探索する予定です。
おわりに
今回は「ウェルビーイング×AI・データサイエンス」後編ということで2021年度に実施した実証の分析結果について詳しくお伝えしました。各分析パートでも書きましたように、2022年度もプロジェクトメンバー一同継続してこのテーマに取り組んでいます。
今後ますますホットになっていくと思いますので、このブログをきっかけにみなさんもぜひ自身のウェルビーイングを意識してみてはいかがでしょうか!
参考サイト
執筆者プロフィール

中野 淳一(なかの じゅんいち)
AI・アナリティクス事業統括部 データサイエンスコンピテンシーセンター
2007年4月、日本電気株式会社入社。データウェアハウスシステムの設計・開発・保守を経験したのち、データサイエンティストとしてCRM 領域のデータ解析を担当。現在はNEC のAI事業拡大に貢献する一方、データ分析を用いてWell-Being 向上の研究などにも取り組んでいる。プライベートでは2人の子供の育児に奔走中。
執筆者プロフィール

岩科 智彩(いわしな ちさえ)
AI・アナリティクス事業統括部 データサイエンスコンピテンシーセンター
2019年4月、日本電気株式会社入社。現在は官公庁や金融業のお客様を中心としたデータ分析業務及び提案活動に従事。プライベートではスイーツ巡りと野球観戦が趣味。
執筆者プロフィール

大堀 杏(おおほり あん)
AI・アナリティクス事業統括部 データサイエンスコンピテンシーセンター
2020年4月、日本電気株式会社入社。現在は小売業のお客様を中心に、分析BPOサービスの提案・分析活動に従事。スイーツを食べることが日々の幸せ。美味しいケーキ・スコーン・ワッフルのお店を募集中。
執筆者プロフィール

古木 大裕(ふるき だいすけ)
AI・アナリティクス事業統括部 データサイエンスコンピテンシーセンター
2020年4月、日本電気株式会社入社。現在は製造業、鉄道関係のお客様を対象したデータ分析業務及び提案活動に従事。プライベートでは筋トレが趣味。最近では放置気味の家庭菜園をどうしようか考え中。
執筆者プロフィール

境 辰也(さかい たつや)
AI・アナリティクス事業統括部 データサイエンスコンピテンシーセンター
2022年4月、日本電気株式会社入社。現在は小売業、官公庁のお客様を対象とした分析BPOサービスの提案活動・分析業務に従事。音楽と食事が活力の源泉。リンゴの皮むき練習中。