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火山噴火の被害を最小化するために
──気候変動観測衛星「しきさい」が実現する火山リモートセンシング

インタビュー

火山国に住む人々は、火山噴火や地震のリスクに常に晒されている。火山活動がもたらす被害を最小限に食い止めるには、噴火の予兆を捉えることや、噴火後の迅速な避難が必要になる。その実現のために近年活用されるようになっているのが、人工衛星である。NECが開発・運用を担う気候変動観測衛星「しきさい」も、そのような衛星の一つだ。「しきさい」は、火山活動の把握と防災・減災にどのように力を発揮するのだろうか。「しきさい」活用の現状とこれからの可能性について、東京大学地震研究所・火山噴火予知研究センターの金子隆之准教授に話を聞いた。


金子隆之(かねこ・たかゆき)
東京大学地震研究所准教授。理学博士(東京大学)。専門はリモートセンシングに基づく火山学、火山岩石学。富士山をはじめとする火山の地質学的・岩石学的研究に従事する一方で、「ひまわり」「しきさい」などの衛星データを用いた観測システムによってアジア太平洋域の167の活火山の準リアルタイム観測を行い、噴火の推移やプロセスに関する研究を進めている。また、無人ヘリやドローンによる火口近傍観測システムの開発と観測にも取り組んでいる。

火山とともにある私たちの生活

日本の長野県と岐阜県の県境にある御嶽山が噴火したのは、2014年9月のことである。この噴火による死者・行方不明者は63人にのぼり、「戦後最悪の火山災害」として日本中に記憶されることとなった。
火山の周辺は風光明媚な土地が多く、観光スポットとして多くの人が訪れる。御嶽山噴火の犠牲者の多くも登山客であった。また、火山周辺に生活域があり、多くの人が暮らしていることも多い。

事情は海外の火山国でも同じだ。例えば、イタリアのヴェスヴィオ山の麓に位置するナポリの人口は100万人近くに及ぶ。ヴェスヴィオ山は、紀元79年の大噴火で古代都市ポンペイを火砕流で埋め尽くしたことで知られる火山である。
「もし今あのような噴火が起きたら、多くの人々が犠牲になることが予想されます。人々の生活を守るという点で、火山活動の予兆を把握することは世界的に重要な取り組みなのです」
そう話すのは、東京大学地震研究所・火山噴火予知研究センターの金子隆之准教授である。金子氏は、御嶽山の噴火活動の概要を明らかにした一連の論文で2度の「日本火山学会論文賞」を受賞した研究者グループの一人である。
火山活動の研究は、噴火の予知だけでなく、噴火後の犠牲を最小限に食い止めるためにも必要な取り組みだ。火山が噴火すると、大量の噴石や火砕流が発生し、広範囲にわたって被害を及ぼす。1991年6月に発生した長崎県の雲仙普賢岳の火砕流が生き物のようにあらゆるものを次々に飲み込んで広がっていく映像は、今も多くの人の目に焼きついているのではないだろうか。あのような災害時に、火山活動の実態をいち早くつかみ、避難活動や救助活動に必要な情報を提供すること。それも火山噴火予知研究センターの重要な役割の一つである。

250mの範囲の情報を宇宙から的確に捉える

火山噴火予知研究センターは、火山物理学系と火山地質学系の研究部門を統合して1990年代前半に誕生した火山研究組織である。現在は、浅間山、伊豆大島、霧島などに観測所を設け、地震発生や地殻変動を継続的にモニタリングしている。金子氏はもともと地質学の専門家だが、現在取り組んでいるのは人工衛星を活用したリモートセンシングの研究だ。
「近年、火山活動の把握に人工衛星が使われるケースが増えてきています。現在のところ最も利用されているのはSAR(サー)ですが、赤外線を利用して観測する方法もこの数年で広まってきました。私が主に取り組んでいるのは、この赤外線の活用です」
「SAR」とは、衛星からマイクロ波を照射し、地上の対象物からの反射波を用いて画像を生成する技術のことである。この技術を使えば、地殻変動を数センチ単位で捉えることも可能だ。SARを搭載している衛星には、JAXAが運用する陸域観測技術衛星「だいち2号(ALOS-2)」や、NECが開発・運用している地球観測衛星「ASNARO-2」などがある。
一方、赤外線の放射計を搭載している衛星としてよく知られているのが、2014年に打ち上げられた気象庁の気象観測衛星「ひまわり8号」である。静止衛星(地球の自転周期と同じ周期で回っているため、地上からは一点に静止しているように見える衛星)である「ひまわり8号」は、東アジアの火山活動を10分に1回、日本に限れば2.5分に1回の頻度で観測することが可能である。センサーなどの機器が対象を測定・識別する能力を「分解能」というが、空間を捉える分解能も2kmと過去の国産気象観測衛星を大きく上回る。
この「ひまわり8号」の分解能をさらに大きく超える性能をもつのが、NECがシステムの開発・運用、観測データの一次処理などを担っている気候変動観測衛星「しきさい」である。2017年に打ち上げられたこの衛星に搭載されている多波長光学放射計(SGLI)の空間分解能は250m。その範囲の雲の様子、大気中の塵(ちり)、海水の色、植生、雪氷、さらに地表面や海表面の温度などをつぶさに捉えることができるのが「しきさい」の特徴だ。観測頻度は、天候などにもよるが、2日に1回ほどのペースである。金子氏は説明する。
「これまでの衛星は、分解能は高くても、観測頻度が少ない、あるいはその逆というものがほとんどでした。分解能と観測頻度の両方が比較的高い衛星はこれまでありませんでした。『しきさい』の主な役割は気候変動に関するデータを収集することですが、その力は火山活動の観測にも大いに役立ちます」

噴火時の被害予測のシミュレーションが可能に

「しきさい」の能力は、とくに火山の噴火状況を捉える際に発揮されると金子氏は話す。
「火山が噴火したときは、私たちのような専門家が現地に行って状況を把握するのが理想的です。しかし近年は、火山災害の犠牲を防ぐために、現地への立ち入りが厳しく制限されるようになっています。また、爆発的噴火の危険性などがあるため、航空機やヘリコプターで現地の様子を確認することも容易ではありません。さらに、遠方の島などはそもそもアクセスするのに非常に時間がかかります。そう考えれば、衛星からの観測は、火山噴火時に詳細な情報を把握できるほぼ唯一の方法ということになります」
その際に極めて重要になるのが、250mという分解能の高さである。噴火にともなう溶岩流は、小規模の場合でも2kmから3kmの幅で広がっていく。空間分解能が例えば2kmであれば、ほぼその全体しか捉えることはできない。しかし、250mの分解能をもつ「しきさい」ならば、溶岩流の様子を子細に把握することが可能である。さらにもう一点、噴火地点をかなりの精度で特定できるのも「しきさい」ならではだと金子氏は言う。
「噴火地点が特定できれば、そこからの溶岩流の動きを予測することが可能になります。どのくらいの溶岩流が、どの方向に、どのくらいのスピードで向かっていくのか──。『しきさい』からの情報と私たちのシミュレーションとを組み合わせることによって、それがある程度わかるわけです」
火山噴火予知研究センターは日頃の研究活動の中で、主要な火山の地形、それぞれの火山のマグマの性質、噴火履歴などを分析し、その特徴の理解に努めている。金子氏はそれらの特徴を「火山の個性」と呼ぶ。その個性と「しきさい」がもたらす噴火地点や溶岩流の動きなどの情報を合わせれば、被害規模を予測できる。それによって迅速な避難や救助活動が可能になり、人命被害を最小限に抑えられるというわけだ。

火山学の知見を社会に役立てていく

「しきさい」は、空間分解能に加えて、高い温度分解能をもつ点にも特徴がある。「しきさい」のSGLIセンサーは、地表の温度変化を0.5℃単位で捉えることが可能だ。この温度分解能を火山活動観測に活用する試みも進んでいる。
金子氏は2019年に、やはり火山国として知られるインドネシア、ジャワ島のイジェン火山の山頂付近にある火山湖であるイジェン湖を「しきさい」のデータを用いて観測した。
「イジェン湖の直径は900mあります。『しきさい』なら、この広さの湖の湖面の温度変化を正確に測定することが可能です。分解能が2km、4kmといったセンサーの場合、陸域の温度を同時に捉えてしまうため、正しい水温把握が難しいのです」

この観測の結果、ある時期、湖面の温度が有意に上昇したことがあったという。その時点で噴火が起こることはなかったが、温度観測は火山活動の予兆を捉える有効な方法になりうると金子氏は言う。
「同様に、『しきさい』によって海水の色や海水温の変化を把握し、海底火山の活動の予兆をつかむこともできると思います」
現在の分解能がさらに上がれば、日本国内の比較的小さい火山湖の湖面観察にも人工衛星は力を発揮するだろう。さらに、同等の能力をもつ衛星の数が増えれば、観測頻度も向上することになる。それによって、火山噴火予知の精度は格段に高まることになる──。そう金子氏は話す。
「衛星を活用すれば、世界中の火山の活動を観測することができます。海外の火山活動の情報を衛星によって収集することで、火山研究はさらに進んでいくでしょう。火山学の発展と、その知見を社会に役立てるために、衛星を使ったリモートセンシングはなくてはならない技術である。そう考えています」
NECは過去にも、宇宙線による可視化技術「ミュオグラフィ」を用いて構造物内部を透視するシステムを東大地震研究所と共同開発したことがあった。今後も、衛星を用いた火山観測の分野で地震研をサポートしていく予定だ。
「しきさい」に搭載されているSGLIの開発・運用のプロジェクトマネージャーを務めるNEC宇宙システム事業部の天野高宏は話す。
「衛星技術は、火山の噴火予知や地震予知、あるいは噴火後の情報収集に大いに役立ちます。それを防災・減災の活動に具体的につなげていくことによって、衛星は真に社会を支える技術になると私たちは考えています。技術力と産学の共創によって、社会の安全・安心を実現していくための取り組みを、今後も続けていきたいと思います」

2021年3月22日 公開

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