Japan
サイト内の現在位置
10-20年後の健康状態を新発想で高精度に予測
長期予測AI
NECの最先端技術 2026年8月28日

人生100年時代を迎えるなか、いつまで元気に活動できるか、10年、20年先も健康でいられるかというテーマは、現代を生きる私たちの大きな関心事となっています。しかし、健康診断や人間ドックの数値に一喜一憂することはあっても、それが今後どうなり得るのかを高精度に見通すことは困難です。
さまざまな分野で優れた力を発揮しているAIであっても、健康状態の長期予測では十分な性能を安定的に発揮することは難しく、AIの性能を担保するためには十分な量の学習データが必要になります。しかし、個人ごとの健康状態の長期的変化を予測するために不可欠となる「同一人物の長期間におよぶ追跡データ」は十分に存在していません。その不足が、高精度な予測モデルの構築を困難にしてきたのです。
しかし、今回NECが開発した長期予測AIは、従来手法とは異なる新たなアプローチによって長期予測を実現することに成功しました。その技術の概要と仕組みは、一体どのようなものなのか。研究者に詳しく話を聞きました。
単年度の健康データから長期予測を実現

研究員
鈴木 佳祐
― 長期予測AIとは、どのような技術なのでしょうか?
鈴木:10年、20年先の長期予測を可能にする技術です。従来の技術では、信頼性の高い予測といえば2-3年先が限界という場合がほとんどでしたが、この状況を抜本的に変えることができます。
なぜ従来の技術では長期予測ができなかったかというと、十分な追跡データが存在していないことが原因でした。通常、予測モデルを作るためには、「ある状態の人やモノが、その先どうなったのか」という追跡データが必要です。しかし、私たちが取り組んでいるヘルスケア領域で言えば、同一人物の健康状態を長期間にわたって追跡してきたビッグデータは十分に存在していません。したがって、学習に必要となる10年、20年先を追跡したデータをゼロから収集しなければならず、データの収集が完了するまでに10年、20年かかるため、早急な開発が難しかったのです。

ディレクター
小阪 勇気
小阪:人生100年時代を迎えるなか、ヘルスケアにおける長期予測には大きな意味があるはずです。なんとか実現しようと度々チャレンジをしてきたのですが、常にデータの不足が大きな制約となって立ちふさがり、いつしか開発には手詰まり感が満ちるようになっていました。そんなときに、当時の研究グループのリーダーが、個人ごとの複数年度にわたる追跡データは収集できなくても、単年度でもさまざまな年代のデータは豊富に存在する点に目をつけたんですね。それらを年代ごとの集団として捉えて比較することで予測モデルを作れないかというアイデアを言っていて、それを数学が専門の鈴木さんに伝えたら、「それは『最適輸送』ならできるんじゃないか」と、解決の糸口を見つけてくれました。「それだ!」と言って盛り上がったときのことをよく覚えています(笑)
鈴木:同時代の異なる年代のデータを比較するという新しいアプローチを見つけたことで、同一人物の追跡データがなくても長期予測が可能になりました。本技術は、弘前大学が青森県弘前市などと共同で20年以上にわたって実施してきた「岩木健康増進プロジェクト」の健康ビッグデータを活用し、検証まで行っています。延べ3万人分のデータを用いて本技術の評価を行ったところ、予測値と実測値の相関係数が0.67になるという、高い水準の予測性能を確認しました。これは、予測期間分だけ年上の年齢層の平均値を将来値とする、従来の一般的手法における相関係数0.13と比べても、非常に高い精度です。これにより、平均的な予測では捉えにくい、個人ごとの将来の変化を把握できる可能性が示されました。
最適輸送アルゴリズムを使い、分布間の対応を再現
― 本技術に使った「最適輸送」について、もう少し詳しく教えてください。
鈴木:最適輸送とは、一つの分布が異なるもう一つの分布に変化していく場合に、最初の分布の中のどの点を、もう一つの分布のなかのどの点に移動する(輸送する)べきか、という対応を最適化する問題です。
つまり、最適輸送を使うと、点ごとの対応を持たない分布同士の比較であっても、点ごとの最適な対応関係を導き出すことができるのです。これを応用すれば、例えば50歳男性の分布P1が10年後に60歳男性の分布P2に近づくとして、P1とP2の間の最適輸送を考えることで、P1内の個人x1が、P2内でどの点y1に対応する(変化する)べきかを導き出すことができます。すなわち、同一人物の追跡がとれていないデータからでも、年齢ごとの分布に着目することで、個人に対する予測を行うことができるのです。


最適輸送による点と点のマッチングだけでなく、医療・ヘルスケア領域ならではのナレッジも盛り込んでいます。近年の医療・ヘルスケア領域での論文では、健診結果の時間推移はデータ密度の高い方向に進みやすいという仮説も提唱されており(注1)、こうした仮説も取り込むことで、精度を上げていきました。
小阪:60歳の集団から70歳の集団に移動するとしても、データとしてはその間に61歳、62歳、63歳……、と細かく存在しています。人は60歳から70歳にいきなり直線的にジャンプするわけではありませんから、その間の細かい曲線的な動きも考慮し、より精緻な予測を実現するため、上記の仮説を取り込んだモデル改良を行っています。
鈴木:本技術をまとめた論文は、難関国際学会IEEE ICHI(International Conference on Healthcare Informatics) 2026に採択されています(注2)。
リスクに伴う医療費も計上

― 想定するユースシーンとしては、個人の健康予測でしょうか?
小阪:そうですね。ただ、一般的な健康診断で見られるような指標だけでなく、より総合的に健康状態を予測できるようなものを実現したいと考えています。NECではこれまで、身体機能や認知機能にもアプローチできるAI技術の開発も進めてきました。人生100年時代において健康寿命の延伸が大きな社会課題として迫るなか、こうした個々の技術も組み込みながら、もっと包括的に健康状態を長期予測できるようなソリューションが必要だと考えています。

主任
橋本 真奈
橋本:実際、アプリのプロトタイプ開発も進めています。生活習慣病だけではなく身体機能や認知機能の低下も含め、一人ひとりの状態に応じて幅広い健康管理に寄与できるものをめざしているところです。
アプリでは、年代ごとの平均と比較して、健康状態の悪化が予測された場合には、生活習慣病、身体機能や認知機能の低下に関連する疾病と紐づけて、その治療やケアにかかる医療費や介護費の合計額を年単位で提示できる機能の開発も進めています。
技術的には健康を軸にして研究を進めてきましたが、本技術の本質的かつ革新的なコンセプトは、個人の状態に応じた信頼性の高い長期的予測ができるという点です。健康状態の予測と医療費や介護費の予測を紐づければ、ライフプランにも迫っていけると考えています。
小阪:そうですね。この他にも、家屋のバリアフリー工事を見越したリフォーム費用・タイミングの算出など、どんどん価値は広げていけるはずです。

健康的な行動による予測値の変動も目指す

― 今後の本技術の目標を教えてください
鈴木:条件を変えるたびに、その条件に応じた予測を行う機能を実現したいと考えています。生活習慣を見直した場合や何か新しく健康的な行動に取り組んだときなどに、予測がどう変わっていくかというところまでシミュレーションできるような機能をつくっていきたいです。

橋本:そうですね。社会的にも、こうした取り組みの効果は精緻に測定しきれていないというのが実情だと思いますから、そうした機能はぜひ実現したいところです。また、それだけでなく、健康的な行動に取り組む効果まで含めてシミュレーションできるようになれば、医療費も含めてより高精度に予測できるようになります。私たち一人ひとりの生活を考えたときにも、健康的な行動に取り組んだ際のシミュレーションによってポジティブな予測を鑑みることができれば、ウェルビーイングにつながっていきそうです。
小阪:そこはポイントですよね。自分がどう悪くなっていくのかを見せるというようなサービスではなく、今はこういう状態だけれども、よりハッピーになるためにはこんなこともすると良いというように、ポジティブな価値を提示できるようなサービスにしていきたいと強く思っています。そのためにも、条件の変更による予測値の動的な変化は重要ですね。これからの研究で取り組んでいきたいと思っています。


長期予測AIは、10年、20年といったスパンでの長期予測を実現する技術です。通常、予測をするためには、ある時点のデータがその後どう変わったかということが対応づけされたビッグデータが必要ですが、個人の健康状態などは同一人物を複数年度にわたって長期間追跡したデータの取得が難しく、十分に蓄積されていません。このため長期予測が困難であり、これからデータを収集するにも10年、20年待たなければならないという状況でした。これに対し、本技術は単年度に取得された各年代のデータ分布を活用することで長期予測を実現するという全く新しい発想から開発しています。「現在X歳の人々の集団は10年後には現在のX+10歳の人々と似た傾向を持つ集団に変化する」という仮定のもとで、最適輸送アルゴリズムを活用。両分布の差が最小となるようにデータ同士の対応づけをすることで、追跡データを再現しました。また、共同研究先である弘前大学が青森県弘前市などと共同で20年以上にわたり実施してきた「岩木健康増進プロジェクト」の延べ3万人にも及ぶ健康ビッグデータを活用することで、技術実証を行いました。その結果、予測値と実測値の相関係数は0.67という高い数値を実証しました。
本技術をまとめた論文は、難関国際学会IEEE ICHI 2026に採択されています。
- ※本ページに掲載されている内容は、公開時の情報です。
お問い合わせ
Health improvement framework for actionable treatment planning using a surrogate Bayesian model | Nature Communications