サイト内の現在位置

理学療法士のエクササイズ指導に匹敵する体験を提供
自宅での正確なエクササイズを支援するAI

NECの最先端技術

2025年6月23日

日本人の約5人に1人が悩まされているとも言われる腰痛(注1)の多くは、痛みが長く続く慢性腰痛です。しかし、適切な施術を受けるためには頻繁な通院や少なくないお金が必要となるため、痛みを放置してしまうという方も多いのではないでしょうか。こうした社会的な状況に対応するため、NECでは理学療法士が提供するエクササイズ指導に匹敵するようなサービスをITで実現できないかという研究を続けてきました。今回NECが発表したエクササイズを支援するAIは、自身のエクササイズ中の動きを自動的に分析して、理学療法士が注視するポイントと合っているかをチェックし、正しく行うためのアドバイスを提示してくれる技術です。より手軽なセルフケアを実現させる本技術の詳細と今後の事業展開について、研究者と事業担当に詳しく話を聞きました。

  • 注1:
    (出典)膝痛・腰痛・骨折に関する高齢者介護予防のための地域代表性を有する大規模住民コホート追跡研究 平成24年度総括研究報告書、厚生労働科学研究費補助金長寿科学総合研究事業

正しいフォームでのエクササイズをAIがサポート

バイオメトリクス研究所
デジタルヘルスケア研究グループ
ディレクター
小阪 勇気

― 今回発表したエクササイズを支援するAI技術とは、どのようなものなのでしょうか?

小阪:昨年発表したセルフケア支援AI技術に新しい機能を追加したものです。スマートフォンやタブレットPCのカメラで前屈・後屈・回旋の様子を撮影した後、チェック形式の問診に答えるだけで、一人ひとりの状態に適したエクササイズを動画とともに提示するというのが前回の技術でしたが、今回はさらにその後の工程までサポートします。提示されたエクササイズをユーザが実施する様子を撮影すると、エクササイズで求められる動きが正しく行われているかをAIがチェックします。さらに、正しく行うためのアドバイスを生成してフィードバックします。動画の入力からアドバイスの生成まで、およそ30秒で出力できるようになっています。

技術の概要

昨年の発表時は超高齢化社会を見据え、運動機能の維持・向上を図るためのサービスとしての展開を考えていましたが、現在はより広い事業展開を見据えています。腰の不調を長年抱えているビジネスパーソンなどのライトな層もターゲットとして捉えるようになりました。


田口:昨年の発表後、我々は健康経営という切り口から、新しい法人向けサービス「フィジカルケア For BUSINESS」を立ち上げ、複数社に展開してきました。オンラインで理学療法士によるワークショップを実施後、参加者一人ひとりの身体の状態をチェックし、各々に合わせたエクササイズのサポートを行うまでフルオンラインで提供するサービスです。ちなみに、理学療法士はNECが東京科学大学(旧 東京医科歯科大学)と共同で展開しているフィジカルケアサービス店舗「NECカラダケア」所属のスタッフにご対応いただいています。昨年発表した技術は、このサービスに組み込む試みを進めており、参加者一人ひとりの体の状態をチェックし、その結果も参考にして、理学療法士が最終チェックを行う方法を検討中です。

働き盛りのビジネスパーソンにも、腰や肩などの身体の不調に悩まされている方はたくさんいるものです。休んだり病院へ行ったりするまでではなくても、常に不調を抱えているという状態の方はとても多いのではないでしょうか。こうした状況は企業の生産性に影響を及ぼすと言うこともできますし、何よりオンラインで気軽に身体のセルフケアを実施できるサービスを提供することで、そのような実態を解決することができたらと考えました。また、北海道や沖縄など幅広い場所に支社を持つ企業様では、従業員へ公平に利用機会を提供するという意味でもフルオンラインでの展開は大きなメリットです。

今回の技術も「フィジカルケア For BUSINESS」に組み込むことで、正しいエクササイズの継続をサポートできないかと考えています。実際、指導後にユーザが一人でエクササイズを行う際には「いま、正しく動けているのかどうか」という不安を誰もが抱えるものです。エクササイズの妥当性をフィードバックする今回の技術によって、こうした不安を少しでも取り除き、理学療法士による次の指導までの間をシームレスにつなげられるようなサービスを実現したいと考えています。

理学療法士の「着眼点」「判断」「アドバイス」をAIで学習

バイオメトリクス研究所
デジタルヘルスケア研究グループ
研究員
我田 健介

― 具体的には、どのような技術が使われているのでしょうか?

我田:理学療法士に匹敵するレベルの指導をAIで実現することが大きな目的ですので、そのために必要となる要素を「着眼点」「判断」「アドバイス」という3つのポイントに分解し、それぞれに対応する技術を開発していきました。

施術中、身体のどこに注目するかという「着眼点」については、NECカラダケアの理学療法士の方に話をうかがって、エクササイズ中で間違いやすいポイントなどを詳しくレクチャーしていただきました。そこで教えていただいた着眼点に基づいて上手くAIがエクササイズのフォームを評価するように、学習用動画データにアノテーション(注釈)を施していったことが今回の技術における工夫の1つです。ただ、この動画上のポイントは、私のような理学療法に関する専門知識のない者にはわからないような、非常に細かい差異を見極めていく必要がありました。そこで、同じチーム内にいる理学療法士としての臨床経験をもつ研究者に協力をしてもらいながら精緻なアノテーションを実現しています。

「判断」においては精度の高さが求められましたが、ここで問題となったのは学習データの量と質の不足でした。一般的に、物体検知などのアプリケーションでは数万点におよぶデータを学習してAIのモデルを作っています。これに対し、私たちが持っていたデータは、研究所の複数のメンバーがそれぞれエクササイズを実施し、その様子を撮影した数百点程度のデータのみという状況でした。これでは、実世界の個人差をカバーすることができません。


小阪:細かい動きが要求されるエクササイズのデータセットは、世の中にあまり存在していないのです。そのため、昨年までは私たちが自ら実演して作ろうと頑張っていました。そんなとき、我田さんがチームに入ってきてくれて「何やっているんですか?それじゃいつまで経っても、AIのモデル学習に十分なデータ量を確保するのは無理ですよ」と指摘されて(笑) 「どうするんですか、我田さん?」と聞いたら、「生成しましょう!」と提案いただき、新たな道が開けました。


我田:はい(笑) そのような経緯があって、データを疑似的に生成して増やす技術を新たに開発していきました。ただ増やすだけではなく、Aという人とBという人の中間的な個人性を持った動作を生成し、データ内の動作の多様性を拡張する技術を開発しています。これによりデータの量だけでなく質も担保し、理学療法士が行うような高い精度の判断に近づけることができました。


小阪:また、一般には見分けが難しい、理学療法士が注目する背中の動きを高精度で推定するなど、身体の複数の部位に着目することでも精度を上げています。例えば、背中の動きに注目する必要があるエクササイズでは、背中の動きだけではなく、それに伴う首の動きなどにも着目しています。ただ、分析する特徴を増やしていくほど、今度は処理量が膨大になりスピードが落ちてしまうので、両者を適度なバランスに落とし込めるように調整していきました。

「アドバイス」という点でも、理学療法士の方が実際に指導するときのようなクオリティを目指しました。当初は、できるだけ細かく正しい動きとの差異を指摘した方がよいだろうと考えて、非常に詳細な情報を生成できるように一生懸命仕上げたのですが、理学療法士の皆さんに見せたところこれが全く的外れだったんです。まず、「長い」と(笑) 実際、理学療法士の方のアドバイスは数行しかありません。そもそも長いと読まないし、やる気もなくなってしまうという指摘を受けました。また、「最初に、良かったところを褒めないと」ということも指摘されました。お恥ずかしい話ですが、間違いをコメントすることばかりを考えていたので、いただいた指摘には大きな気づきがありました。

こうして、エクササイズを継続して習慣化するという中長期な視点から少しずつ間違った動きを修正するということであったり、ユーザのモチベーションを維持したりするというところまで踏み込んだ短く必要十分なアドバイスが生成できるように調整していきました。

NECが手掛ける実店舗との連携でスピーディな開発を実現

社会公共ソリューション事業部門
医療ソリューション統括部
ライフスタイルサポートグループ
プロフェッショナル
田口 智章

― 本技術・サービスのNECならではの強みは、どこにあると思いますか?

小阪:NECカラダケアという事業を展開しているという点は大きな強みかなと思っています。NECというITの企業が自ら実店舗でフィジカルケアサービスを提供するフィールドがあるからこそ、研究開発のサイクルがスピーディに回ります。今回の件で言えば、理学療法士とのコミュニケーションもスムーズに行えたことで、開発が効率的に進みました。


田口:そうですね。SIerであるNEC自体が、自らがフィジカルケアの事業を展開している事業会社でもあるという珍しい構造を持っているので、研究から生まれた要素技術をすぐに現場でテストし、その結果を研究にフィードバックするというサイクルをすばやく回すことができます。現場の期待にそった技術にブラッシュアップしていけることは、本領域におけるNECの強みだと思います。

また、幅広い事業領域で長くお客様とお取引を続けてきたNECだからこそ、一からドアノックするのではなく、それぞれのお客様が抱える課題感を踏まえながら最適な提案をお届けできる環境にあるのは事業面での強みです。加えて、東京科学大学のようなアカデミアとタッグを組んで実証事業を展開できることもサービスの質への信頼につながっていると思います。

― なるほど。今後は、この技術をどのように展開していく予定ですか?

我田:現在はまだ、特定のエクササイズについてのデモンストレーションが可能になった段階です。今後は、現場での実用に備えてより多くのエクササイズに対応していく必要があると認識しています。そのためにも学習データの収集コストを低減する技術の開発も進めていかなければならないと考えているところです。また、今回の技術は腰の不調の改善をサポートするための技術ですが、不調になる前に、いかに予防していけるかというところまでサポートできるような技術も今後重要になってくると思っています。こうしたアプローチにもチャレンジしていきたいですね。


小阪:そうですね。ここまで完成形に近づいてきたからこそ、見えてきた課題というものもあります。たくさんのユーザに快適にお使いただけるようなスピードやロバスト性など、まだまだ改善できる余地があると思っていますので、さらなるサービス向上に寄与できるように研究を進めていきたいです。


田口:そのためにも、まずは今回発表したエクササイズを支援するAIの「カラダケア For BUSINESS」への実装を模索していきたいですね。また、昨年度の実績をもとに、より多くのお客様へ本サービスをお届けしていく予定です。

フィジカルケアは、目に見えるかたちで効果を実感しやすい領域です。腰や肩などの不調を抱えるビジネスパーソンの皆さんにこうした手軽なセルフケアサービスを提供することで、身体の不調の改善を核としながら、ストレス解消や良質な睡眠など、その他の健康課題の解消にも波及し、トータルでビジネスパーソンを支えるようなサービスを実現できたらと思っています。

本技術は昨年発表したセルフケア支援AI技術に新しい機能を追加したもので、エクササイズ支援を実現するものです。細かい動きが要求されるエクササイズの動画をAIが解析し、理学療法士に匹敵するレベルでアドバイスを出力することができます。

本技術の開発にあたっては、理学療法士からエクササイズ時のポイントを取材し、学習用のエクササイズ動画を自ら撮影していくことで実現していきました。また、学習データに必要なアノテーションには非常に微細な差異を識別することが求められるため、理学療法士が担当しています。

また、学習用データの不足を補うために、複数ユーザの中間的な動作を生成するデータ拡張技術も開発。

加えて、アドバイスの出力にあたっては実際の理学療法士の方の臨床経験に基づき、適切な情報量に絞ったりユーザのモチベーションを加味したりするなど、エクササイズを継続できるような文言を大規模言語モデル(LLM)で出力できるように調整しています。

いずれも、NECが東京科学大学と共同で展開している店舗型フィジカルケアサービス「NECカラダケア」との連携から得られたノウハウが今回の技術開発に大きく貢献しています。

  • 本ページに掲載されている内容は、公開時の情報です。

お問い合わせ