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AIで未知の組み合わせを提示
がん疾患の治療効果を高める薬剤の組み合わせを予測するグラフベースのAI技術

NECの最先端技術

2025年6月18日

現在、がんの治療においては、副作用リスクの低減やより高い治療効果を実現するために、複数の薬を服用する併用療法が活用されています。また、製薬業界においては新薬開発のコスト最適化・回収の観点から、既存薬を他疾患にも活用する「ドラッグリポジショニング」が注目されています。

こうしたなかNECは、がんの併用療法に使える新たな薬の組み合わせを提示できる「がん疾患の治療効果を高める薬剤の組み合わせを予測するグラフベースのAI技術」の実証実験について発表しました。AIによってがん治療の新たな可能性を提示しつつ、既存薬の有効活用も同時に叶えることができる本技術について、研究者に詳しく話を聞きました。

納得感のある根拠とともに、がん治療に有効な未知の併用薬を提示

バイオメトリクス研究所
デジタルホスピタル研究グループ
ディレクター
久保 雅洋

― 今回発表された「がん疾患の治療効果を高める薬剤の組み合わせを予測するグラフベースのAI技術」とは、どのようなものなのでしょうか?

大西:がんの併用療法における新たな薬の組み合わせ候補をAIによって提示する技術です。ただ候補を提示するだけでなく、納得感のある根拠とともに示すことができます。がん治療においては、副作用の影響を小さくしたり、薬効を上乗せしたりするために複数の薬を組み合わせて併用することが多いのですが、満足な効果が得られない患者さんは大勢いらっしゃいます。本技術によって新しい組み合わせの探索を支援することで、そういった患者さんにも効果のある治療法を早期に提供することを目的としています。


久保:従来がん治療に使われなかったような薬を組み合わせ候補として提示することも期待できますが、例えば乳がんや胃がんで認可されていた抗がん剤を唾液腺がん治療向けに適応拡大する事例もありますから、違うがん種に対して適応拡大していくような組み合わせ方など、さまざまなアプローチが想定できます。

近年、製薬業界では「ドラッグリポジショニング」という動きが盛んになっています。既存の治療薬に、別の疾患でも有効な薬効を見つけ出そうとする動きです。解熱鎮痛剤として開発されたものの、後に血栓溶解薬としても活用するようになったアスピリンや、高血圧の治療薬として開発された後に発毛剤として活用されるようになったミノキシジルなどが、わかりやすい例でしょうか。

新しい薬を創るためには、一般的におよそ10年以上の研究開発と5-7年ほどの治験が必要となります。しかも、それだけのコストをかけても承認までたどり着けるのは、わずか5%以下なのです。しかも、多くの患者さんが存在するような病気に対する薬はおおかた開発され尽くされているいま、製薬会社としては研究開発効率を従来以上に高めなくてはならない状況が生まれています。

これに対し、既に承認済みの薬を他に適応拡大するドラッグリポジショニングは、研究開発期間はもちろん、治験などの承認過程を大幅に短縮化することができます。莫大なコストをかけて創り出した虎の子のような承認済み薬を、より効果的に活用するための重要な施策なのです。本技術は、こうした動きにも対応しており、既存薬を他に適応拡大できる可能性を見つけるためにも大いに役立つものになっています。


矢野:本技術は、中外製薬様との共同研究で開発しました。中外製薬様には既にデモを活用いただいているのですが、高いご評価をいただいています。特にAIには、人では思いつかないような新規性のある提示を期待するものだと思いますが、実際にご担当者様からは、いくつかの新しい候補が出てくるという評価をいただいています。しかも、なぜそのように提示されたかという根拠もわかりやすく出力されるので、非常に納得感があるというお声をいただきました。

グラフデータを活用するAIで、未知の組み合わせを高精度に出力

バイオメトリクス研究所
デジタルホスピタル研究グループ
主任
矢野 雄一

― どのようにして、本技術を実現しているのでしょうか?

矢野:NECが開発したグラフベースのAI技術を活用しています。このAI技術にはリンク予測の機能が備わっていて、「グラフデータ」を学習し、データ同士の新しいつながりを予測することができます。グラフデータというのはデータとデータのつながりを表現するデータ形式で、ネットワーク図のように点(ノード)とそれらを結ぶ線(リンク)で構成されています。薬の開発時に扱う生物学的なデータとの相性が良く、例えば特定のたんぱく質と効果のある薬とのつながりを表現することが可能です。今回はこれを利用して複雑なグラフを構築し、新たな併用薬候補を提示するシステムを構築しました。

グラフデータを扱うAI自体は他にもあるのですが、私たちの技術の最大の特長は予測の根拠を示すことができるという点です。先ほど久保がお話したように、薬の開発には膨大なコストがかかります。だからこそ、いくらAIが新しい可能性を提示したとしても、納得できる理由が無ければ臨床試験に踏み切ることはできません。実際、開発時には中外製薬様もAIの説明可能性を重要視されていました。

NEC独自のグラフベースのAI技術の特徴

大西:アウトプットの精度の高さも、私たちの技術の特長です。実は、共同研究が本格的に始まる以前から、中外製薬様でもご自身でグラフデータを活用する取り組みをされていたので、そのご経験をもとに目標精度を定めました。これに対して私たちの技術はこの目標精度を越えられたことで、共同研究が前向きに進んだという経緯があります。


矢野:高い精度には理由があって、NECのグラフデータを扱うAIは複数のAIエンジンを組み合わせているのです。これはNECの欧州研究所が開発した手法で、長年のグラフデータ研究の中で培ったAIアルゴリズムの組み合わせや予測結果の説明生成における独自のノウハウによって成立しています。

今回の場合は、精度を担保する新しいつながりを予測するエンジンと、AならばB、BならばCというような説明性をつくり出すつながりのルールを学習するエンジンを組み合わせることで予測精度を高めています。

バイオメトリクス研究所
デジタルホスピタル研究グループ
マネージャー
大西 峻

大西:加えて、精度を出すうえではグラフデータをどのように構築するかという点も非常に重要でした。医薬に関わる専門的な知識も必要になりますから、そこは中外製薬様と議論を重ねながらグラフを構築して、AIに学習させていきました。

共同研究の概要

久保:私たちのチーム自身も、創薬経験者、医学部出身の研究者など、医療やバイオの領域に専門性をもつ研究者を集めていますし、医療領域でデータサイエンスに長く携わってきた経験があります。このような専門性も、研究開発の役に立ったかもしれません。


矢野:なお、本技術に関する論文はThe Conference on Uncertainty in Artificial Intelligence(2018)(注1)やAAAI Conference on Artificial Intelligence(2019)(注2)などの複数の国際的なトップカンファレンスに採択され、高い評価を獲得することができました。

NECの事業基盤を活かした膨大なグラフデータ構築を目指し、
新たな事業へ

― 本技術の今後の展望を教えてください。

矢野:私は研究者として、グラフデータの可能性をもっと探求していきたいと思っています。先ほどもお話した通り、グラフデータは生物学的な領域と非常に大きな親和性があります。新薬の開発や特定の病気に関係するたんぱく質を予測するなど、まだまだ活用できる余地はあるはずです。今回の薬剤の組み合わせの予測は、そうした可能性の一部でしかないと思っていますので、本技術の適応領域をいかに拡大していくかに取り組んでいきたいです。


久保:そうですね。そういう意味で言うと、現在私たちが構築したグラフデータよりも、さらに大きなグラフデータが構築できれば、より高精度な予測や幅広いタスクへの応用ができるはずです。例えば、NECでは大病院向けの電子カルテ事業で国内2位のシェアをもっていますが、こうした診療データと紐づけることもできるかもしれません。また、NECグループ内でも「フォーネスビジュアス」「BostonGene」など、オミックス解析(注3)のサービスにも取り組み始めていますが、こうした技術も掛け合わせることで、さらなる可能性が広がっていきます。このように、NECは世界的にも珍しく、グラフデータ解析と相性の良い事業基盤が揃っている企業です。こうした基盤から膨大なグラフを構築していくことによって、新たな価値を生み出す高精度な予測やタスク処理がつくり出せると考えています。


大西:AIと言うと、一般的には画像データやテキストデータを扱って画像処理や自然言語処理などを行うものが広く知られていますが、データどうしの類似性や関連性を示すことができるグラフデータを扱うAIには、まだまだ大きなポテンシャルがあります。まずは、そのグラフデータを扱うAI技術そのものの知名度を上げていきたいですね。NECとしても、今後グラフデータ専門のAIチームを確立して、日本のみならず世界の製薬・医療領域で活躍できるようにプレゼンスを高めていければと考えています。

  • 注3:
    DNAやたんぱく質、代謝産物など、生物を構成するさまざまな分子を包括的に解析すること

本技術は、がんの併用治療で用いる新たな薬の組み合わせをAIによって提示するものです。NECが過去にリリースしたグラフベースのAI技術により実現しています。

最大の特長は、出力結果の根拠を示すことができるという点です。ただ結果を提示するだけでなく、説明可能性を担保することで、莫大なコストが必要とされる製薬・治験フローの意思決定をサポートし、運用性を高めています。

また、複数のAIエンジンを組み合わせるほか、共同研究パートナーである中外製薬様の専門知識をAIの学習に組み込むことで高い精度を実現しました。

本技術はThe Conference on Uncertainty in Artificial Intelligence(2018)やAAAI Conference on Artificial Intelligence(2019)などの複数の国際的なトップカンファレンスに採択されています。

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