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一人ひとりの呼吸の質や傾向を明らかに
呼吸可視化技術
NECの最先端技術 2025年3月13日

私たちがふだん無意識に休むことなく繰り返している呼吸。近年では、この呼吸が腰痛等の身体の不調に関与しているという研究も発表されています。今回、NECでは呼吸で動く胸とお腹を波形グラフのかたちで高精度に出力する技術を開発。その目的と想定する価値について、研究者と事業担当に話を聞きました。
呼吸の周期だけでなく、細かな動きや質にアプローチ

研究員
安川 洵
― 呼吸可視化技術とは、どのような技術なのでしょうか?
安川:胸とお腹の動きをミリ単位で解析して、呼吸の波形グラフを出力する技術です。LiDAR(Light Detection And Ranging)という距離センサを使って胴体の3D形状を捉え、画像からリアルタイムに胸骨や臍(さい)の位置を推定して呼吸中の動きを可視化します。縦軸に動きの大きさ、横軸に時間を表す波形グラフを出力することで、呼吸時の胸とお腹それぞれの動きの変化やペース等を確認することが可能です。胸とお腹の動きがどれだけシンクロしているか、息を吐く状態がどれだけ続いているか等、呼吸トレーニングを提供するトレーナー、セラピスト等の興味や視点に基づいて様々な情報を読み取ることができます。

沖田:LiDARを使うものの、大型の装置は不要です。今回私たちはタブレット端末搭載のLiDARを利用する形で開発したので、これを使って非接触で気軽に技術を活用することができます。タブレット端末にインストールできる専用のアプリケーションは、呼吸の動きに注目し、トレーニングなどのサービスを提供するプロ向けのサービスとして近々リリース予定です。
現在想定しているユーザは接骨院や整骨院、パーソナルジム等で働く方々です。呼吸の波形画面をクライアントの方々に見せながら説明に用いたり、施術前後の違いを見せたりするなど、新たなサービスメニューの一つとしてご活用いただけると考えています。また、ボイストレーナーやヨガインストラクターといった方々にもデモでご興味を持っていただいたので、こうした使い道も検討していきたいと考えています。

― そもそも、なぜ呼吸の動きを可視化するのでしょうか?
安川:もともとは、これまで共同研究プロジェクトを進めてきた東京科学大学(旧:東京医科歯科大学)の先生からいただいた「呼吸と整形外科の疾患の関わりが最近注目されているよ」という助言がきっかけでした。確かに2010年くらいから呼吸器と運動機能障害の関係性にフォーカスした研究論文が増えてきていて、呼吸トレーニングによって腰痛が改善されたとする研究成果も報告されています。また、最近ではウェアラブルデバイス等でも呼吸に注目したアプリケーションや製品も増えてきています。しかし、その多くが呼吸の周期を測ることに終始していて、呼吸の質そのものに迫ろうとする技術はあまり例がありません。そこで、呼吸を可視化する研究に取り組み始めました。
高精度かつリアルタイムに胸骨と臍の位置を推定

プロフェッショナル
沖田 洋介
― どのような技術が使われているのでしょうか?
安川:LiDARでセンシングするのはあくまでも物体との距離なので、この時点ではただ立体形状がわかるのみです。システム側では、まだどこが胸かお腹かさえわかっていません。まずはここに人物キーポイント検出技術を活用して、大まかな領域を推定できるようにしました。もちろん、これだけでは十分な性能は出せませんから、さらに精度を上げるように調整する必要があります。そこで、共同研究先の東京科学大学と、健常者を対象にモーションキャプチャと距離センサで呼吸時の動きを同時に計測し、解析を行いました。身体に反射マーカを複数付けたモーションキャプチャと距離センサを対照して、距離画像上ではどのあたりの点を推定すれば最も精度が高くなるか調査を行ったのです。これにより、呼吸の波形を出すのに相応しい胸骨の中心と臍の真上の位置を高精度に推定できるようにしました。その後、大型の3DカメラやGPU計算機を用いたプロトタイプを経て現在に至ります。

沖田:本来はこのような大型カメラやGPUが必要なシステムですが、今回リリースする予定のサービスではタブレット端末の中に凝縮することができました。これにより、ミリ単位の動きを解析できる高い精度に加え、手軽さを実現しています。また、事業化に当たっては呼吸のプロフェッショナルとして著名な先生とそのサロンコミュニティの皆様、その他専門の医師や接骨院の運営をされている経営者、理学療法士等多くの方々にもご支援をいただきました。現場で働く方々の声をアプリケーションの機能やインターフェイスに落とし込んでいます。
安川:実は私自身も研究者になる前は理学療法士として約10年間働いていた経緯があるので、その臨床経験を活かしているところもあるかもしれません。
一方で、本技術は製品化や応用だけでなく学会でも発表を行っています。2022年には工学系の難関学会SICE (The Society of Instrument and Control Engineers)で 、2023年には長い歴史を持つ日本整形外科学会の基礎学術集会で発表を行いました。
データの蓄積から「正しい呼吸」に迫る

― 今後の展開や目標を教えてください。
沖田:まずは、目前に迫ったサービスのローンチをしっかりと行っていきたいと思います。その後の展開としては、ユーザの方々の反応をしっかりとウォッチしていきたいですね。現在私たちが想定する価値は、接骨院や整骨院の施術者の方々がクライアントと同じ画面を見ながら、わかりやすく説明やアドバイスができるというところだと思っています。これにより、施術者の皆様のパフォーマンスにどう影響を与えることができるのか、そしてエンドユーザの皆様の身体にどう寄与していくことができるのか等、実際に使っていただいたうえでの価値はしっかりと追い続けていきたいと思っています。
というのも、正直本サービスには、まだまだ未知数な部分があると考えています。世界的にも稀有な試みなので、社会にどう受け入れられるのかまだ読み切れないところがあります。しかし、これは同時にまだまだ伸びしろがあるということでもあるはずです。私たちがまだ想定していないような使い方、想定していないような業界でのニーズも十分にあり得ると考えていますので、そういったところにしっかりと耳を傾けながら事業を広げていきたいと考えています。
安川:そうですね。呼吸の定量化・可視化は、これまで取り組まれてこなかった領域です。現在、大学の先生方から研究用途で使いたいというお話もいただいているので、学術方面での貢献もできるといいなと考えています。
また、私たちのツールが広まっていけば、データが蓄積されて新たな知見を得ることもできるようになるかもしれません。個人的に興味があるのは、「正しい呼吸」を明らかにするというテーマです。心身の健康に寄与するような呼吸のパターンがわかれば、エンドユーザの方々の腰や肩の不調等にもアプロ―チすることができるようになるかもしれません。そのようなことができれば研究者冥利に尽きますし、自分が目指してきた研究者としての姿に少し近づけるのかもしれません。
さらに言えば、呼吸の波形出力だけでなく、これがどのような状態を意味しているかという示唆までできるようになると良いですね。NECが得意とするビッグデータ解析やLLM(大規模言語モデル)等のアセットと組み合わせて、ゆくゆくはそのような展開も検討していければと思います。


呼吸可視化はLiDARを用いて胸骨と臍の動きをミリ単位で捉え、波形グラフを出力する技術です。胸とお腹それぞれの動きの大きさやスピードを可視化し、一人ひとりの呼吸の深さや傾向などを明らかにすることができます。
呼吸をセンシングする技術としては、他に反射マーカを使ってモーションキャプチャを行う方法や、センサのついたバンドを体に巻く方法が存在していますが、大がかりな装置が必要となりコストがかかるほか、その多くが呼吸の周期をセンシングすることに終始していました。これに対し、NECの呼吸可視化技術ではタブレット端末を使って非接触で手軽にセンシングすることが可能です。さらに、呼吸時の胸骨と臍の動きを詳細に捉え、一人ひとりの呼吸の質や傾向を理解することができます。
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