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自分でも気づかない蓄積したストレスを見える化 慢性ストレス推定技術

NECの最先端技術

NECは、ユーザの慢性的なストレスを可視化して、高ストレスの予兆をアラートしてくれる技術を開発しました。健康経営のために活用できる本技術について、研究者に話を聞きました。

危険水域の「まだ大丈夫」にアラートを出す

― なぜ、ユーザのストレスを推定する技術の研究をされたのでしょうか?

現在多くの企業において、働き方改革をはじめとした健康経営は大きな課題となっています。そのなかでもストレスによって引き起こされる従業員の不調は、当人のQOL(生活の質)を下げてしまうことはもちろん、社会的・経済的な視座から見ても大きな問題です。厚生労働省のデータによれば、高ストレスによる集中力や判断力低下による企業の損失は、国内全体で4兆5000億円/年にのぼるともいわれています(注1)。2015年に義務化されたストレスチェックもその対策の一環として導入された制度でしたが、実際の現場では産業医面談を受けることを煩わしく感じ、わざとストレスが低く出るように回答する人もいると聞きます。また、これからの世界ではAIやIoTの進展により、感情労働(注2)がさらに重要視される世の中になるとも予見できます。健康経営のためには組織改編や企業風土の改善が必須ですが、これと並行して一人ひとりがストレスをうまくマネジメントしていくことも、これからの時代を私たちが健康的生きていくためには重要なものとなるはずです。
ところが、概して慢性的に蓄積するストレスは自覚することが極めて難しく、最終的に心身に不調が起きてしまうまで気がつかない事例が非常に多いというのも事実です。実際に不調を感じられるようになった方々からも「まだ大丈夫だと思っていた」「まさか自分がなるとは思わなかった」というお話をよく聞きます。毎日少しずつ蓄積していく自覚できないストレスをいかに見える化し、ユーザの健康維持と健康な社会づくりに貢献ができないか。こうした点に着目し、ストレス推定技術の研究を始めました。

強調しておきたいのは、私たちの技術は「慢性ストレス」を推定する技術であるということです。たとえば大事な発表前に緊張したり、締め切り前に感じたりするような「急性ストレス」とは異なります。「急性ストレス」は当人でも十分に自覚できるはずだというのが、私たちの考え方です。これに対して、「慢性ストレス」は当人がなかなか自覚することができません。日々の仕事のなかで、少しずつ身体をむしばんでいく変化を可視化したうえでユーザ自身へフィードバックし、自身の体調変化への気づきと改善へのアクションを促すというのが本技術の骨子です。
企業のストレスケアとしては、大きく分けて自分自身が取り組む「セルフケア」、チームの間で管理監督者が取り組む「ラインケア」、そして「産業医ケア」の3つがありますが、現状では私たちの技術は「セルフケア」に焦点を絞っています。というのも、推定したストレス度を管理監督者に提示することは倫理的・組織的にも問題が生じますし、そもそも法令でも禁じられているからです。現行で行われているストレスチェックの個人結果も監督者には開示できない仕組みになっています。
ですから、あくまでもユーザに慢性ストレスの度合いや高ストレスの兆候を予め提示し、セルフケアを促すということを目的としています。

  • 注1
    厚生労働省「ストレス推定ー2.docx」より転載。
  • 注2
    接客対応など、感情のコントロールが必要とされる労働

行動パターンと発汗量から機械学習によって高精度に推定

― どのような技術によって、慢性ストレスを推定しているのでしょうか?

まず、腕時計型のウェアラブルデバイスを使います。デバイス内には加速度センサが搭載されているのでユーザの動きを検知できるようになっています。また、裏側には電極を着けているので、ストレスとの因果関係が強いといわれる「発汗量」をセンシングできるようになっています。この加速度と発汗量のデータをBluetoothでスマートフォンへ送信し、スマートフォンからWi-Fiや4Gを通じてクラウド上へアップして分析した後、スマートフォンアプリへとフィードバックするというのがシステムの大枠です。
高精度な推定のためのコアとなっているのが、クラウド上での分析です。分析にあたっては、まず加速度センサから動きの強度を測定し、ユーザが「座る」「歩く」「走る」のいずれの状態であるかを判別しています。当然のことながら、それぞれの動作状態に応じて発汗量が異なるからです。走っている状態の方が歩いている状態よりも必然的に汗をかきますから、発汗量のうち運動由来のものがどの程度であるかを判別することが、正確な分析のためには重要となります。
3つの動作分類は、活動の強度と発生頻度のヒストグラムから推定します。発生頻度の分布は3つの山を描くはずなので、そこから3つの動作を判別するという仕組みです。使用を開始したユーザは、当初は平均的な分布にもとづいて3つの動作を分析されますが、1カ月間ほどデータを蓄積すればユーザの行動習慣に応じた分類に更新されるため、より高精度な推定が可能になります。このように3つに分類された特徴量に対して周波数分析などを用い、運動由来ではなくストレス由来の発汗量だけを抽出してストレス推定へと活用するのです。
じつは本技術は2018年の4月に技術を発表していたのですが、そのときはデスクワークの多い技術者のみを対象としていました。というのも、当時はまだ運動による発汗量の切り分けという発想がなく、営業職など活動量の多い職種では極端に精度が落ちる傾向があったからです。今回はこの3種類の動作分類に着目することで、デスクワーカから営業職などを含むオフィスワーカへ適用範囲を拡張することに成功しました。
最終的なストレス推定にあたっては、心理学で長年実績のあるPSS(Perceived Stress Scale)による診断結果を教師データとして用いて機械学習を行い、発汗量とストレス度を結びつけた独自の推定モデルを生成しています。このモデルにもとづいて、高精度な慢性ストレスと高ストレスの予兆の検出を可能にしているのです。

オフィスワーカだけでなく、さらに範囲は広がっていく

― 本技術を今後どのように活用していきたいと考えていますか?

まずは、オフィスワーカの皆さんにいち早く実際にご活用いただけるように事業化・サービス化を整えていきたいと思っています。すでに実証実験も完了しており、慶応義塾大学 医学部様と連携した社内外200名規模での実証を行った結果、本技術の高い精度を確認することができました。現在はユーザへのフィードバックによって実際にストレスがどのくらい下がったのかという実証を進めているところです。こちらについては2020年3月いっぱいを目処に完了する予定です。
さらに先を見据えた展開としては、オフィスワーカからフィールドワーカへも適用可能範囲を広げていきたいと考えています。たとえば看護師やドライバ、工場作業員の皆さんの場合には、作業や判断のミスが致命的な失敗につながるリスクがあります。こうした皆さんにも、私たちの慢性ストレス推定技術が対応できるように、「座る」「歩く」「走る」だけにとどまらない新たな動作分類の構築に向けてブラッシュアップさせていく必要があると考えています。
また、本技術が適用できる範囲は企業の従業員だけではありません。対象を変えれば、また新しい可能性が見えてくると考えています。たとえば、スポーツ選手を対象とすれば、個々の選手のコンディション管理にも活用することができるでしょう。この場合にはストレスの推定だけでなく、フィジカルな要素もセンシングすることで新たな価値が生まれるはずです。適用対象を柔軟に考えることで、今後もさまざまな可能性が広がっていく技術であると考えています。
一つひとつ技術課題をクリアしながら、本技術の活用範囲を広げていきたいですね。

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研究員プロフィール

バイオメトリクス研究所
主任研究員
辻川 剛範

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