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AIとシミュレーションの融合により、あらゆるパターンと発生確率を提示 希少事象発見技術

NECの最先端技術

2019年5月30日

AIとシミュレーションの融合により、あらゆるシナリオと発生確率を提示 希少事象発見技術

AIにシミュレーションを組み込むことであらゆるパターンと発生確率を導き出す希少事象発見技術。NECと産総研の連携によって生まれたこの技術の詳細について、開発者の二人に話を聞きました。

学習データが「ゼロ」の状態からでも、AIを機能させる技術

NEC-産総研 人工知能連携研究室 プロジェクトマネージャー
NEC データサイエンス研究所 主任
博士(理学)
木佐森 慶一
NEC-産総研 人工知能連携研究室 室長
大阪大学 産業科学研究所 教授
工学博士
鷲尾 隆

― NEC‐産総研 人工知能連携研究室では、どのような研究をしているのでしょうか?

鷲尾:この研究室は、産総研(産業技術総合研究所)が立ち上げた産学共同研究室の第1号です。人工知能に関する先端的かつ実用的な研究テーマ3つをプロジェクトとして立ち上げ、2016年から研究に取り組んできました。そのうちの一つのプロジェクトの研究成果が、今回の「希少事象発見技術」です。
木佐森:そうですね。希少事象発見技術の根幹となるのは、AIのなかにシミュレーションを取り込んで、あらゆる可能性やパターンを探索するという発想です。たとえば機器設計のほか、製造業のプロセス管理などを考える際にご活用いただける技術として開発を進めてきました。
鷲尾:こうした発想に基づいた研究というのは、世界中を探しても他に例がないのではないでしょうか。確かに、シミュレーションのなかにAI技術を部分的に取り込んで、シミュレーションを高速化したり高度化したりする研究はたくさんあります。しかし、私たちの技術はそれとは逆で、AIのなかにシミュレーションそのものを取り込んで使おうというものです。これにより、学習データが十分でない環境でもAIを稼働させることができるようになります。
いまAI研究で注目されているのは、どれだけ少ないデータで機械学習を成立させられるかという問題です。AIは大量のデータを読み込んで関連性や規則性などを学習していくわけですが、実際のビジネスの現場においては必要な量のデータが十分に集まるとは限りません。たとえば、工場における事故や故障などのデータは希少なものですから、必要な量のデータを収集することは難しいでしょう。BtoC系のグローバルなIT企業などでは、世界中の個人から大量の情報を集めて活用していますが、私たち日本企業が活路を見いだせるのは、そうしたビッグデータの路線ではなく、むしろBtoBを視野に入れた少ないデータから機械学習を成立させる技術なのではないかと考えています。さらに言えば、私たちはいま全くデータがない「ゼロ」の状態からでも機能するAIの開発を射程に入れています。データのないところや、非常に取りづらい分野でも活用できる実用的なAI開発において、今回の希少事象発見技術はベースをつくりあげる技術です。

発生確率まで含めたパターン提示に成功

― 希少事象発見技術の内容について教えてください。

木佐森:シミュレータを活用することによってあらゆるパターンを想定するというのが技術の概要です。発生確率が低いため人間では見つけることができないようなパターンでも、短時間で漏れなく見つけることができます。
実は、本研究成果の第一弾として2018年の5月に光学機器設計での成功事例を プレスリリース技術紹介)しています。望遠鏡などの光学機器設計では、複数の種類のレンズを何個も組み合わせて最適な性能バランスをつくりあげていくのですが、まれに性能低下の原因となる「迷光」という現象が発生する場合があります。これは発生確率約1億分の1といわれる不具合で、従来では熟練の専門家が1週間ほどの時間をかけて、検証作業を繰り返していました。しかし、本技術ではこの検証を約1日に短縮し、漏れなく複数の発生条件を見つけることに成功しています。
今回は、この技術をベースにしながら「発生確率」を絡めたアップデートに成功しています。網羅的に希少な事例を導き出すといっても、提示するパターンのなかには実際にはなかなか起きようのないパターンもあるでしょう。そういった実情も鑑みながら、各パターンの発生確率まで学習し、考慮できるように調整できたことが今回のアップデートです。
リスクの高低と発生確率を関連させるようになったことで、高リスクかつ高確率の事象を重点的に探索するようにAIが学習していくので、効率よくAIを稼働させることができます。もちろん、並行して確率の低いところも網羅的に探索するので、想定漏れも軽減することが可能です。パターン探索における集中と分散のバランスをとることで、より実際の運用に適したものに仕上げられたということですね。
今回のアップデートは、製鉄会社様からご提供いただいた生産プロセスのシミュレータを活用し、実証実験にも成功しています。実際に現場のご担当者様に結果をご覧いただいたところ、想定していたパターンが網羅されていることはもちろん、従来では考えつかなかったような高リスクパターンも見つかったと効果を実感していただくことができました。
前回は光学設計においてあらゆる可能性を鑑みるというシーンでの使用でしたが、今回は工場での運用ということを想定し、より発生確率が重要とされるシーンでもきちんと稼働することを確認できました。普遍的に活用できる技術をめざしているので、今回の成功は大きな収穫だったと考えています。

鷲尾:ただ単に希少事象を提示するというだけでなく、各パターンの発生確率も出せることが実証できたということには非常に大きな意味があると考えています。なぜなら、これによってリスクが計測できるようになるからです。どのくらいのリスクで、何が起きそうかが分かるということは、最終的に私たち人間が経営判断を下していくにあたって、非常に重要な指標になることでしょう。
また、光学機器の事例でも工場での事例でも、私たちは実データがまったくない「ゼロデータ」の状態から本技術の実証実験を行っています。企業様からご提供いただいたシミュレータだけをもとにして成果を出すことに成功しているということは、強調しておきたいですね。

AIの活用により生産プロセス評価を効率化
AIの活用により生産プロセス評価を効率化

どんなシミュレータにも対応できるプラットフォームをめざす

― どのような応用を考えていますか?。

木佐森:まずは、製造業での応用を考えています。たとえば製鉄業でいえば、工程と工程の間には中間在庫がありますが、仮に前段のスピードが速くなり、後段のスピードがそれに追いつかなければ中間在庫が溢れて生産が止まってしまいます。特に製鉄では、トラックやクレーンで運ぶような大きな在庫を保管することになりますから、こうしたパターンは致命的です。
これはいま非常に単純な例として話しましたが、本技術を活用すれば、もっと複雑な生産プロセスや工程も想定した高次元なシミュレーションをスピーディに行うことができます。数万、数十万とパターンを網羅的に考えて、私たち人間にも考えつかないような高確率なリスクを短時間で提示することができるでしょう。

鷲尾:いま産業界では少品種大量生産から多品種少量生産へのシフトが進み、製造工程や製造計画の管理は極めて複雑になっています。これまでのように一定の生産プロセスで動かしていれば済むというわけにはいかず、日々流動的な生産が求められる世界です。常に新しい局面を考えていかないといけません。過去の経験だけでは必ずしもうまく運転できるかどうかわからないなかで、今回の技術の活用が生み出す社会価値はあると考えています。
また昨今では、企業としての社会的責任について、より一層に注目されるようになりました。万が一製造において不具合を起こした際には、その責任が大きく問われます。さまざまな工程における問題点の見逃さず、一つひとつ解決していくことが、より一層に求められています。設計や製造計画の信頼性をさらに確実なものにするためにも、本技術の必要性は高まっていると考えています。

中間在庫が溢れ停滞発生
中間在庫が溢れ停滞発生

木佐森:また、私たちが最終的にめざしているのは、本技術のプラットフォーム化です。いまは製造業を主眼に取り組んでいますが、シミュレータを入れ換えれば、どんな業界、どんな用途でも活用できるようなプラットフォームをつくるとこが最終的な目標です。
鷲尾:そうですね。モノづくりであろうが、ビジネスプロセスの最適化であろうが、対象がモデル化さえできれば、プロセスの最適化や設計の最適化などに活用できるはずです。広くみなさんにお使いいただけるようなプラットフォームとして、完成させていきたいと考えています。

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