リモート機能訓練支援サービス

介護向けDXサービスを成立させたデザインの力

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高齢化が進み、社会保障費が高騰する中で、介護の世界では「自立支援」が大きなテーマとなっています。自立支援とは、高齢者ができるだけ介護を受けずに、自立した生活を送れるようサポートする考え方のこと。2021年4月に施行された介護報酬改定においても、「自立支援・重度化防止」に資する介護サービスの提供についての報酬が強化され、その担い手であるデイサービス(※)運営者には、これまで以上に質の高い機能訓練の提供が求められるようになりました。
(※介護認定を受けた高齢者に日帰りで日常生活の支援や機能訓練を提供する施設)

しかし、デイサービスの現場では、自立支援の専門知識を持つ理学療法士や作業療法士などの人材が慢性的に不足。ノウハウが十分でない中で、現場の看護師等の方々が機能訓練指導員として個別機能訓練の計画立案や運動プログラムを提供しているのが実情です。

こうした課題を解決するためNECでは、遠隔地にいる理学療法士や作業療法士が、デイサービス利用者(要介護者)の歩行動画をもとに、一人ひとりに合わせた運動プログラムや評価レポートを提供する「リモート機能訓練支援サービス」を開発しました。

これにより、理学療法士などの専門家が在籍していないデイサービスでも、利用者一人ひとりに最適な機能訓練を自信を持って提供できるようになり、利用者のモチベーション向上や、家族の満足度向上につながっています。

コロナ禍でのサービス開始だったにも関わらず、「リモート機能訓練支援サービス」の導入事業者は堅調に増加。2020年10月には、神奈川県の公募型「ロボット実証実験支援事業」に採択され、実証実験では、ご参加いただいた要介護者の9割が「継続利用したい」と回答いただくなど高い評価を得られたことから、県からの導入支援補助金の対象サービスとなっています。

本サービスの開発担当者とデザイナーに、提供価値と反響、デザインにおけるこだわりや苦労を聞きました。

左:
AIプラットフォーム事業部
エキスパート 中村剛

中央左:
AIプラットフォーム事業部
マネージャー 要田計治

中央右:
コーポレートデザイン本部
エキスパート 坂井晃

右:
AIプラットフォーム事業部
シニアマネージャー 新井良和

左から、AIプラットフォーム事業部 エキスパート 中村剛、マネージャー 要田計治、コーポレートデザイン本部 エキスパート 坂井晃、AIプラットフォーム事業部 シニアマネージャー 新井良和

デイサービス事業者と利用者、双方にメリットあり

「リモート機能訓練支援サービス」は2020年3月に提供が始まり、現在複数のデイサービス施設で採用されています。導入された事業所には、具体的にどういった変化がもたらされているのでしょうか。開発を指揮した新井さんと、営業担当の中村さんに聞きました。

新井:
このサービスの良いところは、まず利用者のモチベーション向上につながっていることです。実は高齢者に運動をしてもらおうとしても、「もう歳だしやめとくよ」と敬遠する方も多い。しかしこのサービスでは、遠隔であっても、「先生」と呼ばれる専門家が一人ひとりの状態と生活上のご希望を元に個別に評価レポートを書いてくれる。これが利用者のモチベーションアップにつながることが、実証実験などからわかっています。

中村:
私は介護現場の声を聞く機会が多いのですが、その中で、このサービスを使って「一人で病院に行けるようになった」「デイサービスに行くときの(通所)バスのステップをスムーズに上がれるようになった」など嬉しそうに報告してもらうことも多い。もちろん我々のサービスだけでご利用者さんの身体機能が上がったとは言えませんが、サービスが利用者さんの良い刺激になっていることは間違いありません。

新井:
「リモート機能訓練支援サービス」の導入は、デイサービス事業者にもメリットをもたらしています。介護スタッフは「利用者がよくなってほしい」とまず考えているものですが、利用者のモチベーションが上がり、希望する身体機能が実現することは、やはり大きな意味を持つでしょう。さらに、専門家による機能訓練を提供できることは、施設運営上のセールスポイントにもなるはずです。

また、機能訓練を提供するデイサービス事業者は「個別機能訓練計画書」を作成しなければいけませんが、多忙で十分な時間がかけられないところも多い。我々のサービスでは、理学療法士が作成した評価レポートから、個別機能訓練計画書“案”を自動作成でき、これをベースに計画書をまとめられるようになっています。

これにより、介護スタッフの負担も減りますし、余った時間でより長く要介護者に向き合えるようになる。この自動化の仕組みも、現場でとても喜んでもらっています。

三方よしならぬ、“六方よし”のサービス

「リモート機能訓練支援サービス」は、ご協力いただく理学療法士側にもプラス面があると新井さんは説明を続けます。

新井:
このサービスでは、ご利用者の歩行動画と、それに対する理学療法士の評価レポートがデータとしてどんどん貯まるようになっています。サービスに協力いただく理学療法士はこのデータが見られるようになっています。

ということは、他の理学療法士がどういった症例に対して、どのようなレポートを作成しているのかを見ることができる。つまり、ひとつの病院にいて一日数人の症例を見るのに比べ、圧倒的な数の症例とレポートを見られるわけです。

サービスを開発するにあたり、日本理学療法士協会の方々にも話を伺ったのですが、理学療法士の世界では、理学療法士の増加に伴うスキル差のひろがりが課題視されているそうです。その点我々のサービスは、理学療法士が経験を積む場の提供や、リモートによる職域拡大にもつながることから、日本理学療法士協会の方々からも賛同が得られています。

ちなみに、「リモート機能訓練支援サービス」が価値をもたらすのは、理学療法士、デイサービス事業者、デイサービス利用者の3者だけではありません。利用者の健康を願う家族、「自立支援」を通して社会保障費を抑えたい国、自治体にもプラスをもたらします。

つまり、たくさんのステークホルダーがいて、その誰もが得をする。三方よしならぬ、“六方よし”のビジネスになっているわけです。こうした点も、大きな特長だと考えています。

介護向けDXサービス成立に欠かせないデザインの力

多様なステークホルダーにさまざまな価値をもたらしている「リモート機能訓練支援サービス」ですが、その開発過程ではさまざまな試行錯誤や困難があったと言います。中でも最終段階で行われた、UI(ユーザーインタフェース)の設計は困難を極めたと、デザイナーの坂井さんは当時を振り返ります。

坂井:
私たちデザイナーが担当したのは、商用サービスを開始するための試作システムの評価と、UI・UX(ユーザーエクスペリエンス)設計、ビジュアルデザイン、そして文字やビジュアルを実装する際の支援です。

要は、デイサービス事業者が使う管理画面や、理学療法士がレポートを書く画面、さらに看護師や施設の職員が使う、動画を撮影するための画面など、いろいろなステークホルダー向けの画面のUIをデザインするのが私たちのミッションでした。

デザイナーが入る前に、一度事業部側で実験用システムを作成していたのですが、そのシステムの使いにくいところなどを評価した上で、商用システムの画面を私たちがデザインしたという流れになります。

新井:
介護向けサービスを開発するにあたり、UIの設計が重要になるとはじめから考えていました。ユーザーは、ITスキルが必ずしも高くない介護事業者のスタッフの方々であり、高齢者の場合も多い。一方、理学療法士側では、時間や場所にとらわれずにレポート作成をいただくことから、自宅のパソコンやスマートフォンを行き来してもスムーズにストレスなくご利用いただけるよう、UIの工夫が必要でした。

ということは、以前我々が手がけていたパソコンなどのコンシューマー事業並みにUIを練らないといけないだろうと。そこで今回はコンシューマー向け製品のデザインの経験が豊富な坂井さんにお声がけした次第です。

坂井:
今、新井さんが説明してくれたように、今回のメインユーザーであるデイサービス事業者は、ITにかける予算があまりないところが多く、かなり古い機器を使い続けています。また事業者には70代、80代の方もいらっしゃるので、だいぶ目も弱くなっているし、ITのスキルも高くない方がほとんど。

それもあって、ユーザーが導線で迷わないようにして、文字も大きめにする、それでいてモダンですっきりしたデザインにしたいなど、いろいろ難題がありました。

例えば文字を小さくすると、ビジュアルデザイン的にはすっきりキレイにはなりますが、それだと高齢者には見えづらい。そこでJIS規格(※)を参考に大きめの文字にしながら、一方ですっきりした見せ方になるよう、かなり苦労して調整しています。 (※ JIS S 0032「日本語文字の最小可読文字サイズ推定方法」に基づき文字サイズを設定)

文字を大きめに、画面内の情報を極力少なくしたデザイン

良いデザインを生むには、関係者全員の“本気”が必要

坂井:
今回特に苦労したのが、さまざまな解像度のディスプレイで表示しても、レイアウトが崩れず、あるいは崩れたとしても使える画面を維持するよう、デザインを実装していく作業でした。

作業の内容としては、まず開発部門に実装してもらったものを、デザイン側で評価し、HTMLの修正をする。それをまた開発部門に実装してもらう作業を繰り返し、チューニングしていくというものです。ただ、これが何度やっても終わらなくて、一時は「本当に終わらないかもしれない」と真剣に悩んだほどです。

新井:
私もある時点から、「ものすごく時間がかかっているな」と気づいていました。そうした場合、よくあるのが、ある一定のところまで進めていただき、あとは事業部の方で引き取るやり方です。ただ今回は、デザイナーの皆さんも一生懸命やってくれているのはわかっていたので、可能な限りお互いに納得できるところまで、続けていただけるよう開発側も調整しました。

坂井:
おかげさまで、最後の実装の部分が終わり、実際に画面として見えるところまで、きちんとデザイナーがチェックした上でリリースできました。デザイン的にも完成度が高いものが出来上がったと自負しています。

ただサービスがリリースされたのが新型コロナウイルスの感染が拡大していった時期だったので、デイサービスの現場にも行けず、なかなか使用感を聞く機会はありませんでした。ここ半年ほどで、少しずつ評判を聞くことも増え、新井さんからは「ちゃんと使われているみたいですよ」と少しフィードバックをもらっていますが、実際の現場ではどんな感じなのでしょう?

中村(営業担当):
先ほどからお話に出てきているように、IT機器に慣れていない看護師さんでも、特に問題なく使えているみたいです。それこそが新井さんがいう「ちゃんと使われている」確固たる証拠だと私は思っています。

要田(開発担当):
ちなみに我々が作った実験用システムでは、作った我々ですら操作に迷う部分が多々ありました。それが、タブレット端末を初めて持つような介護スタッフでも操作につまずかないようになっています。本当によくできたUIだと思います。

あと、評価レポートのデザインも評判が良いですね。当初私たちが作っていたのは、文字も小さくて、見た目も格好悪くて「これでお金払ってもらえるの…」と心配になるくらいでしたから(笑)。デザイナーさんに作っていただいたものを見て「さすがだな」と感心しました。

理学療法士の評価入力画面(左)と評価レポート出力画面(右)

坂井:
ありがとうございます。悪い評判が聞こえて来なくて、安心しました。

今回のプロジェクトを通して感じているのは、やはり良いデザインというのは、デザイナーだけの努力ではできないということです。デザイナーだけが頑張ってもできなくて、事業部の人、営業の人、システムを作る人、全員が本気になって取りかからないと良いものにならない。

逆に事業部側から見ると、事業を作る人や開発者だけでは良いものはできなくて、人が使って気持ちのいいものができないと、ユーザーが満足するものを提供するのは難しい。

事業部側、デザイン側、双方がうまくかみ合って、はじめて良い事業ができあがる。このことをあらためて肝に銘じる必要があると感じています。

サービスの場をさらに広げるために

最後に、今後の展望を聞きました。

坂井:
サービスをリリースして1年半ほど経ち、機能追加やシステムの改良を考える時期にかかってきていると思います。

このシステムをもっと使いやすくして、もっと広いユーザーに使ってもらうためにどうすべきかのヒントも得たいと思います。また他事業にも生かせるヒントがあるかもしれませんので、コロナがもう少し落ち着いたらぜひ現場の状況を見たいなと思います。

新井:
過去に遡れば、東日本大震災のときもそうでしたが、高齢者が自宅に引きこもると要介護度が上がります。やはり運動を続けていただくことは大切だと思います。

現状ではデイサービスに集まっていただいた利用者に向けたサービスになっていますが、今後は自宅でもご利用いただける環境や仕組みを提供できればと考えています。

現在のUIはデイサービスに特化されていますが、それをいろいろな場所に広げたい。その際はデザイナーの皆さんにぜひまたご協力いただければと思います。