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「社長秘書」といえば、トップサポートのスペシャリストを想像する方も多いのではないでしょうか。とはいえ、どんな人材が配置されるかは企業によってまちまちで、誰でも最初は「素人」です。2023年から2年間、NECで社長兼CEOの森田隆之の秘書を務めたのは、営業畑出身で当時管理職になったばかりの岩渕香。担当する事業に専心していた環境から一転、「雲の上だと思っていた」社長の素顔は岩渕にどう映ったのか。そして岩渕に生まれた変化とは。
「雲の上かと」 営業出身の中堅社員が飛び込んだ世界
「社長秘書やってみない?」
岩渕が声をかけられたのは2022年12月。思いもよらない提案に岩渕は「心拍数が一気に上がりました」と振り返ります。
2008年に新卒でNECに入社し、国内物流事業の部署で営業からスタートした岩渕は、買収した事業の販売促進や、自治体向けの新サービス開発を担当するなどキャリアを重ねつつも、あくまで今の仕事の延長線上が「世界の全て」でした。「当時は“社長”は雲の上の存在。社員との対話会で見ることはあっても、画面越しの人でしかありませんでした」といいます。
思い切って社長秘書に手を挙げてからは驚きの連続でした。社長が出席する会議やイベント、講演などに同行。内容を理解したり資料の準備や担当者への情報共有をしたり。多い日で1日に20件近くの会議をこなしたこともあります。
「最初は会議の中身もわからない。組織も把握できていない。経営陣の顔すらわからない。『〇〇さんに伝えて』と言われても、どこの〇〇さんか分からなかった」と振り返ります。それから2年。この春、後任に引継ぐ際に書いたやりとりの多い組織、人間関係、頼りになる人…といった相関図は、会議室の壁一面のホワイトボードを埋めつくしました。「それでも足りないぐらい」と岩渕は笑います。

華やかさの裏で…泥臭い現場に向き合う社長の熱意
岩渕にとってのもう一つの発見。それは社長が「“現場”を理解することに対して、想像以上の時間と労力をかける方だということ」でした。
「国際会議で堂々とプレゼンをするなど華やかな面に注目が集まりがちですけど、泥臭い現場への関心は並々ならぬものがありました」。その一つに、森田が2021年の社長就任から毎月欠かさず続けている社員とのコミュニケーションの場「CEO Town Hall Meeting(タウンホールミーティング)」があります。オンラインとリアルで毎回1万人を超すグループ社員が参加。2023年からは「リアル対話会」として大阪・福岡・名古屋など全国の支社・工場・グループ会社などに足を運んでいます。社員エンゲージメント向上が目的で始まった取り組みですが、岩渕にとっては、社長の森田が現場を知ろうとする貪欲な姿勢こそが、強く印象に残っています。
「対話会では、全力で社員の声に耳を傾けています。帰りの車で『あの話どういうことか調べておいて』、『解決できるように担当に話をつないで』と、言われることもしょっちゅうでした」
言いにくいことほどちゃんと伝えること。森田は様々な場面で社員に繰り返し伝えています。良い報告だけを聞いていたら改善につながらない。だからこそ、社長は現場の社員にまっすぐ向き合います。一方で自分の失敗談を意図的に話したり、相手が気にするような話題は避けたりと、「意外と言ったら失礼ですけど(笑)実は感情に寄り添う方でもあります」と言います。

「世界はこんなに広かった」 価値を最大化する視点に
分刻みのスケジュールで、限られた情報でも素早い判断が求められる中、岩渕が2年間で身についたと語るのは「胆力」。元々得意ではなかった英語もハードな海外出張を経て「“何とかなる!”と思えるようになりました」といいます。視野も広がりました。かつては自分の部署を中心とした世界だけを見ていたと振り返る岩渕は、「今は打ち合わせをしていても、あの部署にアドバイスを求めるといいかもしれない、会社としてこういう価値につながるな、という視点が浮かんできます」と話します。
社長秘書を2年経験したあと、元の部署に戻るのではなく、物流事業をグローバル展開する未経験の部署へのチャレンジを希望しました。自身のキャリアを意識したのはもちろん、「自分が会社に提供できる価値が大きくなるところを考えて、決めました」。
岩渕の社長秘書としての最終勤務日、社長の森田は「お疲れ様」とあっさりした対応でした。後日改めて取材したところ「彼女にとってはこれからが本当の仕事-本当のキャリアが始まる。自分で次にやりたいことを見つけて、現場に戻ってくれたのは嬉しい」とした上で、「ここで学んだことを活かして、自分で道を切り開いていってほしい」と今後に期待を寄せました。また、英語についても「最初は大丈夫かなと思っていたけれど、弱音を吐かずにやり切ってくれた。たくましくなったよ(笑)」と打ち明けました。

「世界ってこんなに広かったんですね」。11万人の社員からなるNECグループを率いる社長の近くでみた景色を、岩渕はこう振り返ります。その広い世界の現場で働く一人一人に目を向ける社長の姿勢もまた、この2年で岩渕の心に深く刻まれました。岩渕のような社員の一人一人の成長が、NECが社会価値創造企業であるための原動力となっていきます。