事例
タカラスタンダード株式会社様
タカラスタンダードが挑む「第二創業」新規事業を生み出す仕組みと人財をどう育てるか
- 企業名
- :タカラスタンダード株式会社
- 業界・業種
- :住宅設備機器
- 事業内容
- :総合住宅設備機器の製造・販売
創業110年以上の歴史を持つ、住宅設備機器メーカー大手のタカラスタンダード。同社はいま「50年永続していく、第二創業の立ち上げ」をミッションに掲げ、新規事業創出に本格的に取り組んでいる。しかし、新規事業創出の経験者はおらず、事業化までの道のりは、トライアル&エラーの繰り返しの日々であったという。とりわけ難しかったのが、経営層に納得してもらう企画書のロジックづくりだ。この取り組みの中でPoCとして活用されたのが、「NEC 企画書AI診断サービス」だ。企画書づくりに生成AIはどのように貢献するのか。PoCに取り組んだ両社のキーパーソンに話を聞いた。
「第二創業の立ち上げ」を掲げ、新規事業創出をゼロからスタート
企業の成長戦略において、新規事業創出の重要性が高まっている。ビジネスを取り巻く環境や消費者のニーズ・価値観は目まぐるしく変わっているからだ。基幹事業は重要な収益の柱だが、10年、20年先も安定した利益を生み出すとは限らない。新味を出せなければ、老舗企業といえどもその地位は安泰ではない。
ただし、新規事業創出には様々なハードルが立ちはだかる。事業アイデアを形にする「企画書」もその1つだ。「どこまで検討すれば意思決定に足るのか」「事業戦略に抜け・漏れはないか」――。企画担当者の不安や迷いが、検討の停滞や機会損失を生んでしまう。
住宅設備機器メーカー大手のタカラスタンダードもそうした悩みを抱えていたという。創業110年以上の歴史を持つ同社は、次の100年を支え200年続く企業になるために「50年永続していく、第二創業の立ち上げ」というスローガンを掲げ、2025年1月に新規事業創出を担う「ビジネスディベロップメント本部」を新設した。
新事業戦略の統括責任者を務める夜久 裕威氏が、今後の成長が見込める7つの領域を定義し、各領域で新規事業創出を推進している。その中でTechnology領域を担当するのが片田 誠氏、Wellness領域を担当するのが井後 秀志氏である。
タカラスタンダード株式会社 ビジネスディベロップメント本部 新事業戦略部 チーフマネージャー
新事業戦略統括責任者 夜久(やく) 裕威(ひろき)氏
「創業以来培ってきた独自アセットを軸にしたオープンイノベーションを推進し、顧客起点での事業創出で顧客課題の解決に貢献する」。これが同社における新規事業創出のバリューである。しかし、組織のメンバーは社内公募で募ったため、全員が新規事業創出は初めての経験。まさにゼロからのスタートだった。
新規事業創出には「正解と前例がない」
新規事業創出は、まず顧客課題の言語化から課題解決につながる事業アイデアを創出し、戦略を検討し、実現可能性やリスクを検証し、体制を整えていく。「どのような市場背景や顧客課題があり、それを持続可能な形でどう事業化していくか。それを当社がやる意義は何なのか。これを上司や経営層に理解・納得してもらうように物語にすることが必要です」と夜久氏は話す。
新規事業創出の経験が初めてである上、必要になる知識・スキル・情報や体制についてもわからないことが多い。その状態で第三者が納得できる企画書をつくらなければならなかった。しかも多忙な経営陣は時間がない。「資料を駆使した詳細な企画書をつくって30分のプレゼンテーションを考えていても、『要点を5分で説明してほしい』と言われることもある。そうした要求に応えられる準備も必要になるので意思決定力と物語力が重要になります」(夜久氏)。
しかし、それは言葉で表現するほど簡単なことではない。企画担当者はアイデアや検討のプロセス、仮説構築の過程を伝えたい。一方、経営層や責任者が求めるのは結論や成長性や収益性といった事業化への道筋だ。この視座の違いが、レビューの往復を生む要因にもなっていた。
特に同社の場合、組織は立ち上げ間もないフェーズだったため、何をどこまで検討すればよいのか、どのようなロジックで説明すればよいのかわからないまま企画書作成を進めることも少なくなかった。その結果、夜久氏と企画担当者の間でレビューの往復が繰り返される場面もあったという。
「突破力」「パッション」を生成AIで増幅し、自分のモノにする
レビューの往復に時間を割かれると、企画のブラッシュアップが十分にできなくなる恐れがある。NECが実施した市場調査でも、事業開発者の約4人に1人が「企画のブラッシュアップ」に強い課題感を持ち、96%が評価プロセスに何らかの課題を感じているという結果が出ている。
そんなとき、NECが開発を進めていた「NEC 企画書AI診断サービス」のPoCの話を聞いた。同サービスは2026年3月30日より提供を開始したが、リリース前の技術検証としてPoCによる共創企業を募集していた。PoCの内容は、事業企画書の内容をAIが診断し、検討の抜け・漏れや論点の弱さなどを可視化した上で改善提案を行うというものだ。新規事業創出における企画書作成やレビューの効率化に課題を感じていた同社は、その可能性に着目し、PoCへの参加に手を挙げた。その狙いは大きく3つあったという。
「1つ目は、生成AIを活用して対話の機会をたくさんつくること。2つ目は企画書作成の経験値を上げること。たくさん“打席”に立って客観的に診断してもらうことで、より多くの不足点や改善点が得られる。3つ目は時間の有効活用です。生成AIとの壁打ちでレビューの往復が減れば、外部との折衝や市場調査、アイデアの言語化などにより多くの時間をかけることができると考えました」(夜久氏)。
新規事業創出において、夜久氏が大切にしている信念が「突破力」「パッション」「ロジック」だ。会社を信じ、自分を信じ、情熱を持って難関を乗り越えていく。生成AIの進化によってロジックを組み立てること自体のハードルは下がった。しかし、最後に壁を突破する力や挑戦を支えるパッションは、自分自身の中に育てていくしかない。
「NECのサービスは、生成AIが一から十まで企画書をつくるのではなく、担当者が自分で考えるための補助線を引いてくれる。そこが魅力ですね。答えを先に言ってしまうと、担当者のためにならないからです。アイデアをどう抽出し、言語化するか。その時間をつくり、生成AIが自分自身を磨いていくための壁打ち相手になってくれる。そこに大きな可能性を感じました」と夜久氏は続ける。
「企画の質向上」と「時間創出」を両立
PoCでは、片田氏が手掛けた家事代行サービス「saikou!」の事業計画書と、井後氏が推進する既存アセットを活用した事業案の2つの企画書を対象に診断を実施した。タカラスタンダード側が企画書を提出し、NECがAI診断を行った上で評価レポートをフィードバックする形式で進められた(※)。
※ 2026年8月現在、Webサービスで利用可能
家事代行サービス「saikou!」は、事業化直前のフェーズまで進んでいた案件だった。同社では中期経営計画の中で新規事業創出を重要テーマに位置付けており、タカラ中期経営計画2026の当初計画より1年前倒しでの事業ローンチに挑戦していた。
忙しい利用者に代わって家事を代行し、家族との時間や自分時間などを創出し、暮らしにゆとりをもたらすことがコンセプト。「料理代行」と「掃除代行」の2つのサービスがある
しかし、事業化に向けては企画書作成だけに集中できるわけではない。外部パートナーとの契約、サービス提供の仕組みづくり、運営体制の整備など、多くの実務を並行して進める必要があった。
「事業を立ち上げるには、契約やサプライチェーン、運営体制の構築などさまざまな準備が必要です。その一方で、上司や役員に意思決定してもらうための事業計画書も仕上げなければならない。限られた時間をどう使うかが重要でした」(片田氏)。
タカラスタンダード株式会社 ビジネスディベロップメント本部 新事業戦略部 マネージャー
Technology領域 推進ユニット(宇宙、医療) 片田(かただ) 誠(まこと)氏
そうした状況の中で活用したのがNEC 企画書AI診断サービスだった。診断結果では、事業戦略や将来像については高い評価を得た一方で、事業を推進するための社内体制についてはさらにブラッシュアップできる余地があるとの見解であった。
「事業戦略は良い評価でしたが、社内体制についてはもっと練った方がいいという結果でした。どの部門を巻き込むべきか、どのような体制を構築すべきかを改めて考えるきっかけになりました」(片田氏)。
片田氏らは関係部門へのヒアリングを重ね、体制案を整理しながら事業計画書を磨き上げていった。
一方、井後氏は少し異なる価値も感じたという。
「事業内容そのものに踏み込んだフィードバックが得られた点が大きかったです。自分なりの仮説は持っていましたが、『そういう視点もあるのか』という気付きを得られましたし、逆に自分の考え方が評価されたことで自信にもつながりました」(井後氏)。
タカラスタンダード株式会社 ビジネスディベロップメント本部 新事業戦略部 マネージャー
Wellness領域 推進ユニット(農業、ペット、葬祭) 井後(いご) 秀志(しゅうし)氏
特に大きかったのは、企画担当者ならではの不安を軽減できたことだ。「自分の視点は合っているのか、考慮漏れはないのか。新規事業では常にそうした不安があります。生成AIの評価によって一定の網羅性が確認できたことで、安心感を持って次の検討に進むことができました」(井後氏)。
もちろん、生成AIが答えを与えてくれるわけではない。むしろ2人が評価するのは、生成AIとの対話を通じて自ら考える機会が増えたことだ。レビューの往復が減り、企画書作成にかかる負荷を抑えながらも企画の質を高めることができた。結果として、事業立ち上げに必要な実務へより多くの時間を充てられるようになったのである。
NECが目指したのは「共通言語づくり」
今回のPoCを支えた同サービスは、NEC自身の経験値が活かされている。NECは10年以上にわたり新規事業創出に取り組み、新市場・異業種への参入やカーブアウトなど数多くの事業化を実現してきた。
一方、その中でさまざまな課題に直面した。なかでも大きなボトルネックになったのが、企画担当者と責任者の認識のズレだ。企画担当者は「調査・検証の進め方に迷う」「意見が責任者と合わない」といった課題を抱え、責任者は「レビューの時間がなかなか取れない」「進め方の指導・助言に不安がある」といった悩みを抱える。「このズレが『伝えきれない』『理解しきれない』という状況を生み、やり直しが繰り返されてきました」とNECの河内 香は打ち明ける。
こうした課題を解決するために開発したのが、今回のサービスだったのである。「NECが体系化してきた事業開発プロセスと審査基準をAIに組み込んだWebサービスです。評価軸に沿って企画書の漏れや偏りを診断し、適切な次のアクションを提示します」と河内は説明する。
Word、PowerPoint、PDFなどのファイルをそのまま解析し、論理の飛躍や調査・検証の不足などを診断。企画の完成度を定量的にスコアリングする。属人的になりがちな企画・評価プロセスを標準化し、企画担当者と責任者が同じ目線で議論できるようになる
このサービスは一般的な生成AIとは異なる特徴を持っている。生成AIは調査支援・発想補助・たたき台作成には非常に有効だが、プロンプトの立て方次第でアウトプットが変わる。観点の抜け・漏れが生じやすく、「評価のモノサシ」が変わってしまうことがある。責任者とのレビューのやり取りでは認識のズレという課題が残る。
そこで責任者とのレビューのやり取りまでを見据えてサービスを設計した。「NECが実際の新規事業創出で運用している、アイデア創出からローンチまでの審査で実際に活用されているゲート審査の診断基準(NEC基準)をそのまま反映しました。評価軸が組織共通の客観的なモノサシとなるため、企画担当者と責任者は同じ基準の上で議論でき、目線合わせがスムーズになります」と河内は語る。なお、診断基準はお客さまが持つ自社基準にカスタマイズすることも可能だ。
この審査プロセスと基準は、10年以上にわたってNEC全社の新規事業創出で使われ続け、実際の事業化の中で磨かれてきたものだ。サービスのβ版はNEC社内で約200人の利用実績があり、本サービス自体もNEC社内で実際に利用されている。
今回のPoCを総括して河内は次のように述べる。「NECとして特に印象的だったのは、タカラスタンダード様が本サービスを、日常的な上司レビューの代わりとして活用されていた点です。これは、まさに私たちと同じ使い方でした。第三者的な観点で企画書を確認できるため、担当者の心理的な安心感にもつながったのではないかと考えています。新規事業創出では、早い段階で論点の抜け・漏れに気付き、企画を磨き込めることが非常に重要です。今回のPoCでは、その価値を具体的に確認できたととらえています」。
NEC みらい価値共創部門 ビジネスイノベーション統括部 プロフェッショナル 河内 香
生成AIと人が共に育つ新規事業創出へ
タカラスタンダードは今回のPoCの成果を踏まえ、企画担当者の育成に生成AIを積極活用していく考えだ。生成AIがもう1人の自分になり、壁打ち相手になってくれるため、レビューの往復を減らしつつ企画を練り上げていける。「そうした経験を積むことで、新規事業創出に欠かせない突破力とパッションが養われる。自然にロジックを身につけ、チャレンジ精神に溢れたイノベーション人材を数多く育てていきたい」と夜久氏は展望を語る。
ただし、生成AIは論点を整理し、検討の抜け漏れを示してくれるが、その事業に賭けるかどうかを意思決定するのは人間だ。さらに、新規事業には「なぜ自社がやるのか」「どんな未来をつくりたいのか」という物語が欠かせない。「その物語を描き、最後に責任を持って意思決定することこそ、人が担うべき領域です」と夜久氏は説く。
新規事業担当メンバーは社内公募で募ったため、ミッション終了後は培った経験を活かした最適な部署へのジョブローテーションも計画している。同本部が人材育成の登竜門となり、ここで育った人材がその知見やノウハウを生かし、個々の結集が最大の成果につながり、全社の各部署でイノベーションをリードし、骨太な筋肉質な組織につながる。夜久氏はそんな未来を思い描いている。
NECにとって「NEC 企画書AI診断サービス」の提供は、お客さまの新規事業創出支援の第一歩に過ぎない。今後は企画書の診断にとどまらず、事業開発プロセス全体を生成AIで支援する構想を考えているという。
「今後は、事業責任者や経営幹部に向けて、企画の検討状況や企業ごとの判断観点に沿って可視化することで、投資判断・進捗把握まで支援していく予定です。そうすることで、新規事業創出の意思決定の高速化・省力化を進め、新規事業を生み出し続ける仕組みを提供していきたいですね」(河内)。
NECは新規事業創出をより早く、より確度高く進められる環境づくりを支援し、これからも新しい未来とそれを支える社会価値の創造に貢献していく。
