孝忠 大輔のコラム

NECアカデミー for AI はじまる

NEC AI・アナリティクス事業部
孝忠 大輔

2019年3月22日

はじめに

近年、AIの社会実装・活用が急速に進み経済がデジタル化する中、世界的にAI人材の不足が大きな社会課題となっています。日本においても、内閣府がAI社会原則の一つとして「教育・リテラシーの原則」を掲げており、産学官共同でAI人材育成に取り組むことが求められています。そこでNECでは、これまでNECグループで培ってきたAI人材育成メソドロジーを、大学・大学院や産業界に還元するための場として「NECアカデミー for AI」を開講することにしました。NECがどのような考えを基に「NECアカデミー for AI」を開講するに至ったのかをご紹介します。

AI社会原則

みなさんは「人間中心のAI社会原則」をご存知でしょうか?内閣府が「人間中心のAI社会原則検討会議※1」において発表した内容で、AIの適切で積極的な社会実装を推進するために、各ステークホルダーが留意すべき基本原則がまとめられています。7つの原則から構成されていることから「AI活用7原則」と言われています。この7原則の一つとして「教育・リテラシーの原則」が定められています。具体的には、社会人や高齢者の学び直しの機会を提供すること、文理の境界を超えてAI、数理、データサイエンスの素養を身につけられる教育システムとなっていること、インタラクティブな教育環境や学ぶもの同士が連携できる環境を構築すること、行政や学校(教員)に負担を押し付けるのではなく、民間企業や市民も主体性をもって取り組んでいくことなどがあげられています。

NECにおけるAI人材育成

NECでは、2013年からAI人材育成の取り組みを始めました。当時は、「AI」という言葉より、「ビッグデータ」という言葉の方がメジャーだったため、ビッグデータ活用を推進する人材を「分析人材」と呼び育成を行ってきました。当時のビッグデータ分析人材は、現在も「AI人材」として活躍しています。この5年間は試行錯誤の連続でしたが、数百人のAI人材を育成していく中でいくつかの気づきがありましたので、ご紹介したいと思います。

(1) AI人材には幅広いスキルが必要

私自身はデータサイエンティスト協会のスキル定義委員として、データサイエンティストに必要なスキルの定義を行っています。現在、データサイエンティスト協会が公開しているスキルチェックリストver.2 ※2では、457個のスキルが定義されており、内訳としては「ビジネス力」100スキル、「データサイエンス力」228スキル、「データエンジニアリング力」129スキルとなっています。NECではAI人材を4種類の人材タイプに分けて育成を行っていますが、どの人材タイプにおいても3つのスキルが必要となります。もちろん人材タイプによって、深く身につけるべきスキル、浅くても大丈夫なスキルなど強弱はありますが、一通りの知識を身につける必要があります。AIプロジェクトを遂行する際は、複数の人材タイプが協力しながら作業するため、お互いが話している内容を正しく理解することが重要です。プロジェクトメンバ同士のコミュニケーションを深め、顧客価値を最大化するために3つのスキルが必要なのです。

(2) 研修と実践の間には大きな壁がある

ある時期から、一通りの研修受講は完了したが、実際のAIプロジェクトに入ると思うように活躍できないというケースが散見されるようになりました。研修プログラムの中で、ハンズオンやロールプレイング等を実施し、座学だけの研修とならないように努めていたのですが、研修と実践の間には大きな壁が存在していました。多くの集合研修では、1日~数日という短い期間で完了させる必要があるため、事前に解くべき課題や適用する技術をあらかじめ設定しておくことが一般的です。一方、実際のAIプロジェクトでは、お客様と一緒に課題を探りながら、どの技術を適用するのか試行錯誤する必要があります。研修プログラムのような予め決められた課題を解くスキルと、自らの知識と技術を総動員して実課題を解くスキルは、別物と考えるべきなのです。実課題を解くスキルは、やはり時間をかけて実際のAIプロジェクトの中で身につけるしかなく、NECではAI人材育成を知識習得(研修プログラム)+OJT (On-the-Job Training)のセットとしてとらえ、実践経験の場を重視するようにしています。NECアカデミー for AIも本教訓を基にして作成しており、メンターによる実践指導を行う「道場」を重要な機能と位置づけています。

(3) 学ぶための場があれば学び始める

NECで取り組んできたAI人材育成施策の中で、想定外の効果を生んだ施策があります。それが自己学習環境(砂場)です。AI人材育成に取り組み始めたばかりの頃、社員から次のような声が寄せられました。「最近、AIが流行っているが、AIとは具体的にどんなものなのかわからない」、「お客様に提案する前に、AIで何ができるか自ら検証しておきたい」など、実際にAIをさわってみたいという要望でした。そこで、NECグループ社員であれば、思い立った時にAIを自由にさわれる環境「砂場」を作ることにしました。砂場へはNECグループ社員のパソコンからであれば、好きな時にアクセスすることができます。NECという会社の特性もありますが、AIに関心のある営業部門やシステムエンジニア部門の社員から、ログインするための砂場IDの払い出し依頼が殺到し、半年間で約2,000人の社員からの申込がありました。また「研修に参加する時間を割くことはできないが、AIについて学びたい」というニーズに対応するために、1~2時間程度で自己学習できるWeb動画を整備し、時間と場所を選ばずに知識習得できるようにしました。砂場を作ってみてわかったのは、スキルアップしたいと考えている社員が沢山いるということでした。業務時間の合間をぬって学習できるスタイルが功を奏し、砂場の活用ユーザは2019年3月現在、3,700人まで増えています。

(4) 競い合うことも大事

自己学習環境(砂場)のユーザ数が増えてきたことから、砂場ユーザを対象とした分析コンテスト「NEC Analytics Challenge Cup」を開催することにしました。参加者同士で予測精度を競い合う「予測精度コンテスト」と、AIのビジネス活用アイデアを競い合う「自由分析コンテスト」の2種類のコンテストを開催しています。予測精度コンテストでは、他の参加者に負けまいと特徴量設計やパラメータチューニングに工夫を凝らすため、通常の研修プログラムよりも学習効果が高く、自ら最新のアルゴリズムを調べるなど、楽しみながらスキルアップしていることがわかりました。コンテスト上位入賞者の実施内容をNECグループ内で共有することによって、NEC全体のAIスキル向上にもつながっています。また、分析コンテストの副次的効果として「隠れたAI人材の発掘」という効果もありました。普段はAI事業に携わっていない社員が、いきなりコンテスト上位に入り、新たなAI人材として活躍するというサクセスストーリーも生まれています。

(5) 餅は餅屋

最後に、NECの研修プログラム開発方針について紹介しておきます。NECでは、AI人材育成のための研修プログラムを独自開発するという方針で進めてきました。これは、NECがAIアルゴリズムの研究を数多く実施してきた背景もあり、最新アルゴリズムの研修プログラムは、自ら作成した方が効率的だと考えていたからです。一方で、AI人材としてスキルアップしたい社員が増えていく中、大学で学んだ統計解析や線形代数を再度学習したいというリクエストが多くなってきました。大学の学部教育に相当する研修プログラムをNECの中で作成するか、大学と連携し提供するか決断に迫られました。自前で作成する案もありましたが、最終的に大学の社会人講座をNEC社員が受けに行くことにしました。NECアカデミー for AIが、東京大学など各大学と連携を進めているのは、このような背景からです。すべてを自前主義で準備しない方針としたため、効率的に必要な研修プログラムの整備を進めることができました。また、大学のキャンパスにお邪魔し、数理・統計の基礎を教えて頂くという非日常の体験は、社員のモチベーション向上にも少なからず寄与しています。

NECアカデミー for AI

このような試行錯誤を基に生まれたのが「NECアカデミー for AI」です。現在、市場でのAI人材不足が深刻化しており、各企業の間で優秀なAI人材の争奪戦が行われています。NECでもAI人材の獲得を行っていますが、数少ない人材を奪い合うという価値観だけでは、日本の明るい未来を作れないと思っています。少ない市場を奪い合うのではなく、市場全体でAI人材を増やし、人間中心のAI社会を実現することがNECの責務と考え、大学・大学院や産業界を対象とした「NECアカデミー for AI」を開講することにしました。本アカデミーでは、文理の境界を超えてAI、数理、データサイエンスの素養を身につけるための実践的教育の場を設置すると共に、年齢や業種を超えて学ぶもの同士が連携しオープンイノベーションが実現できる場を目指しています。ご興味を持たれた方は、是非NECアカデミー for AI※3のWebサイトをご確認ください。

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