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Special Talk

越境により創られた
新しいヘルスケアのかたち

NECとFiNC Technologiesの協業によって開発された歩行センシングインソール
「A-RROWG(アローグ)」。そこには、ベンチャーとの共創やクラウドファンディングの
導入など多くの挑戦がありました。「越境」なしには実現し得なかったプロジェクトを
牽引した二人が語るその裏側、今後目指すこととは――

楢崎 洋子
楢崎 洋子
NEC
デザインセンター
中野 裕明
中野 裕明
NEC
コーポレート事業開発本部

「歩容」という新たな視点

―― 歩行センシングインソール「A-RROWG」は、まさに「越境」によって実現したものだと思います。ヘルステックベンチャーのFiNC Technologies(以下、FiNC)との協力やクラウドファンディングの導入などさまざまな新しい取り組みがおこわれましたが、このプロジェクトはどのように始まったのでしょうか。

中野 NECの研究所は、5年ほど前から東北大学病院と共に歩行の計測をするためのセンサの研究をおこなっていました。ただ、その技術をどのように事業化やマネタイズにつなげるかが課題でした。そういった中で、2018年にFiNCさんと技術交流会を開いて研究所の技術をいろいろ見ていただいた際に、歩行分析技術に興味を持っていただけたんです。この技術をヘルスケアの領域でもっとライトに活用すれば面白いサービスがつくれるかもしれない、と。そこからFiNCさんとの開発がスタートしました。

―― もともと歩行を分析する技術は研究所にあったわけですね。歩行とデータというと歩数をカウントすることが一般的ですが、今回「歩容」という歩き方の質にフォーカスを当てたのはなぜですか?

楢崎 健康のためにはたくさん歩くことが大事だとよくいわれますが、歩数が多ければ体にいいわけではないですよね。例えば、睡眠も飛行機のシートと良いベッドでは、寝ている時間が同じでも体への影響は大きく異なっています。

中野 歩くことは人間にとって最も基本的な運動です。そのため、長年左右のバランスが悪い歩行を続けていると、歩行姿勢の乱れや体の歪みの原因になりかねない。そこで、日常の歩き方を改善するきっかけをつくり出すことができれば、健康増進にも役立つのではないかと考えました。
※月城慶一, 山本澄子, 江原義弘, & 盆子原秀三. (2005). 観察による歩行分析.p17, p112, 116,123,143-146,150,151, 医学書院

楢崎 これまで歩行を分析するには画像解析やモーションキャプチャーなど大掛かりな装置が必要だったのですが、NECのセンサを使えば意識することなく歩容を可視化できると考えました。当初は靴をつくる案も検討していたのですが、より多くのシーンで多様な方々に使っていただくために、インソール型を選択しました。A-RROWGはインソールに挿入した歩行分析センサとスマホのアプリが連携し、計測データに基づくスコアに応じてアドバイスやトレーニングの提案をおこなっています。アドバイスで歩き方を意識し、トレーニングによって体を整えることで美しい歩行姿勢に導いていけたらと。

「歩容」という新たな視点 「歩容」という新たな視点

共創を加速させる「健全な領域侵犯」

―― 実際にプロダクトをつくっていくうえでは、どんな点を重視されたのでしょうか。

楢崎 ターゲットがどんな人で、何が嬉しいかを常に意識しながら、使いつづけることに喜びを感じてもらえるよう議論を重ねていました。例えばアプリは日々の確認が楽しく、スコアを他人に見せたくなるようなデザインを目指しました。インソールは、足裏の中で圧力がかかりにくく、センサが入っていても不快に感じにくい位置を、インソールメーカーの協力のもと、試作・検討を重ねました。靴を脱いだ時に見える表側は、ユーザーの身だしなみへの拘りを邪魔しないようシンプルに仕上げつつも、空気穴の配置デザインでステップアップする力強さと美しさを表現しています。皆さんに続けていただくことで心(しん)から美しくなってもらうようなデザインを心がけています。

中野 面倒だと途中で使わなくなるし、便利でないと多くの人に手に取ってもらえない。自分が使わない製品をほかの人に届けるわけにはいかないので、私はとにかく自分でも毎日使い続けるようにしていましたね。A-RROWGユーザーのなかでも、私はトップ3に入るくらいたくさんのデータを取っていると思います。

楢崎 歩容の見える化って新しい取り組みなので、馴染みのない人がほとんどですからね。ワクワクした気持ちでA-RROWGライフを始めていただきたくて、ユーザーの手で歩行分析センサを起動させる仕様にしたり、センサを簡単に正しくインソールに挿入できるような形状やフローを工夫しました。まず使ってみようと思ってもらえること、そのうえで使い続けてもらえるようにすることは重要でした。

越境により創られた新しいヘルスケアのかたち 越境により創られた新しいヘルスケアのかたち

―――― いわゆる「デザイナー」というとプロダクトやUI/UXのデザインを想起しがちですが、楢崎さんはコンセプトの部分から関わっていたんですね。

楢崎 デザインとは「設計」なので、このプロジェクトに限らず、より良いものを探求するためにあらゆる部分の設計に携わるようにしています。ビジョンを明確化したり、ニーズを引き出したり、価値を検証したり。チームのメンバーと共に議論しながら、どうすればユーザーに価値を届けられるのか常に考えていました。

中野 デザイナーだからこれをやる、みたいな線引きはしていないんですよね。ときには製品テストのために試作した歩行センシングインソールを入れた靴を履いてお台場の海岸を一緒に歩いてもらうこともあった。コンセプトからものづくりまで、泥臭いところも含めて全面的に楢崎さんは携わってくれています。

楢崎 いろいろな人たちと創る方がよりよい価値が生まれると思っているんです。研究所の技術に対して私たちからフィードバックすることもありましたし、自分がいろいろな人をつなぐハブになることを意識していました。

―― 社内でも職種や立場を越境したコミュニケーションがおこなわれていた、と。

中野 私が所属するコーポレート事業開発本部にはいくつかの事業開発チームがあるのですが、それぞれがスタートアップのような動き方をしています。明確に分業化されているわけではなく、いい意味でカオスな状況です。事業開発の人間もデザインに意見を言うし、デザイナーもエンジニアや研究者に意見を出す。新しい価値を世の中に届けたいという思いは一致していて、そのうえで“健全な領域侵犯”を楽しんでいるというか。

楢崎 人が増えると時には議論がちぐはぐになることもあります。そういうときに議論を整理して可視化するのもデザイナーの役目だと思っています。たとえ専門外の領域でもとりあえず議論を可視化して一緒に検討していくことで、コミュニケーションが取りやすくなったと思います。

いわゆる「デザイナー」というとプロダクトやUI/UXのデザインを想起しがちですが、楢崎さんはコンセプトの部分から関わっていたんですね。 いわゆる「デザイナー」というとプロダクトやUI/UXのデザインを想起しがちですが、楢崎さんはコンセプトの部分から関わっていたんですね。

クラウドファンディングを活用した仮説検証

―― 開発を進めるうえではどんな点に苦労されましたか?

楢崎 ユーザーに伝わりやすい表現を考えていくのが大変でしたね。今回はヘルスケア領域の製品なので、FiNCさんの理学療法士の方々が使う言葉のなかにも専門的な用語が多くて。ユーザーがわかるような言葉づかいや見せ方で、今まで可視化されていなかった「歩容」に関わる専門的な知識をきちんと伝えることを目指しつつ、不適切な文章がないようにしなければいけない。FiNCさんとも密にコミュニケーションしていた部分です。

中野 NECにとっても、大きなチャレンジが2点ありました。一つは全く新しいハードウェアをつくって販売するプロジェクトだったこと。もう一つは、アーリーアダプターによる仮説検証や顧客探索をおこなうためにコンシューマー向けのビジネスで開始したこと。靴ってデジタル化がまだ進んでいない領域なので、電池を内蔵したセンサを靴に入れる際にどんな品質基準を設ければよいのかもルール化されていません。多くのことが手探りでした。加えて、NECは近年コンシューマー向けのビジネスをほとんど展開していなかったので、問合せ対応などのカスタマーサポートや入金・返金といったお金のやり取り、クレーム対応やSNSでの炎上リスク対策、モノを届ける物流の設計などを一から整備しなければいけなかった。ひとくちにコンシューマーといっても結果的に今回は20代から70代まで男女問わず幅広い層の方々が関心を持って購入してくださったので、多様なユーザーに受け入れられるような製品設計は難しかったですね。

楢崎 そうですね。製品をお届けして、今まさにさまざまなユーザーの方々から感想をいただいていて。モノを売って終わりではなくサービスとして継続していく必要があるので、いただいた意見をもとにまた理想の姿を目指して検討を続けたいです。

―― ユーザーの方々からはどんなフィードバックがあったのでしょうか? A-RROWGはMakuake Of The Year 2020やiF DESIGN AWARD 2020を受賞するなど、さまざまな場所で評価されています。

中野 想像以上に反響は大きかったですね。アーリーアダプターを求めてクラウドファンディング「Makuake(マクアケ)」でのテスト販売に挑戦しましたが、当初目標の50名を即日で達成しました。最終的には445名まで達して、私たちも驚きました。ユーザー層もMakuakeのコアユーザー層を念頭にもともと30〜50代のビジネスパーソン男性を想定していたのですが、実際には購入者の18%が女性で、22%が60歳以上の方でした。私たちが考えていたより幅広い方々に受け入れていただけたのは嬉しかったです。

楢崎 歩行のスコアが見られて嬉しい、トレーニングしたら体の調子がよくなった気がするという意見をいただけたのは本当に嬉しかったですね。状況によってうまく計測できないという声もいただき、原因分析のもと、一部アップデートも実施しています。もちろん改善するところはまだまだあるのですが、「こういうときに計測できない」「この靴だとうまくデータが取れない」など、たくさん使っていただいているからこそのフィードバックが多く、とてもありがたいです。

中野 クラウドファンディングにおいては、マクアケさんがかなり私たちのプロジェクトに踏み込んできてくださったんです。普通はNECがクライアントでマクアケさんはクラウドファンディングの場を提供して終わりになりがちですが、製品のコンセプト設計やマーケティング戦略のところでも知見をもらい、一緒に議論できたのはすごくありがたかったですね。今後はユーザーからいただいたフィードバックをもとに、フィットネスやリハビリ、介護事業者などBtoBの領域にもサービスを広げていけたらと考えています。

クラウドファンディングを活用した仮説検証 クラウドファンディングを活用した仮説検証

新しい経験が人の世界を広げる

―― 今回のプロジェクトはさまざまな越境がおこなわれていたと思うのですが、お二人が領域を越えて活動するうえで心がけていることはありますか?

楢崎 きちんと目的を定めないとぶれてしまうので、メンバーのなかで常に目的を意識するのは重要ですね。NECだから、デザイナーだから、と役割を区切ってしまうのではなくて、一緒に協力しながら進めていくことが重要なのだと思います。新しいことに挑戦していくのは、ワクワクして楽しいですし。

中野 ただ新しいことをするだけではなくて、道をつくって周囲の人々に還元していくことも重要だと思っています。今回のクラウドファンディングもNECにとっては新しい取り組みだったのですが、社内でマクアケの方にも登壇してもらい一緒に勉強会を開くなど知見を共有するようにしていて。その後「漆ブラック調バイオプラスチック NeCycle®」という新素材を使った製品のクラウドファンディングもおこなわれるなど、事業開発の手段の一つとしてクラウドファンディングが取り入れられるようになってきている。

―― A-RROWGは歩行にフォーカスしたプロジェクトでしたが、健康や社会、あるいは社内のビジネスの進め方など、かなり広い領域に影響を及ぼしたわけですね。
お二人にとって、社会価値創造って何でしょう?これからどんなことを目指していきたいですか?


中野 今後もA-RROWGを通じて、あたりまえのように日常生活のなかで健康が守られ、人々のQOLが上がるような環境をつくっていきたいですね。オンライン会議をしているときに海底ケーブルネットワークを意識することはないし、ATMでお金を引き出すときにNECの仕組みを使っていると思うこともないように、普段は存在を意識されていなくても人々の生活を守り、よくしていく製品をつくりたい。そのためにも、第一歩として、Makuakeの応援購入者やプロジェクトに関心を持ってお声がけいただいた専門家・事業パートナーの方々とコラボレーションしながら、実証実験などを通して心や体の状態を見える化をテーマに製品開発や強化を進めていけたらいいなと考えています。

楢崎 もともと自分自身が新しい経験とか人と出会うことで、知らなかったことを知ったり、今まで見えていなかったものが見えるようになったりする、自分の世界が広がったという感覚がすごく好きで。だから私の手で、多くの人の世界を広げるきっかけをつくっていきたいです。NECのように社会インフラを支えるような規模の会社だからこそ大きなビジョンを描いて社会に浸透させていけると思っていて。今向き合っている課題の解決策や今までにない体験、人々の創造力を膨らます仕掛けをつくること、それが社会価値創造なのだと思っています。

新しい経験が人の世界を広げる 新しい経験が人の世界を広げる