2021年8月にFATF第4次対日相互審査の結果が公表された。
日本は「重点フォローアップ国」と評価され、各金融機関はAML/CFTをより強化し、数年内に一定の対策レベルまで引き上げることが必要とされている。
こうした背景から、今注目されているAML/CFT業務へのAIなどのテクノロジーの活用について、2021年5月27日(木)に開催されたREGULATION JAPANにおけるNECの講演内容を紹介する。
NEC デジタルインテグレーション本部 マネージャー 杉山 洋平
はじめに〜NECの取り組みについて
NECは、デジタルテクノロジーやデータの活用により、新たな価値を創造し、暮らしやビジネスをよりよく変えていきたいと考えている。特に金融はデジタル経済の中心として機能することが考えられる分野である。NECは、顔認証やAI、ブロックチェーンといったテクノロジーを活用したサービス提供・研究開発を通して、金融業界に貢献していきたいと考えている。 本日は、金融領域でのテクノロジー活用事例として、我々が特に力を入れているAIを活用したAML/CFTへの取り組みについてご紹介したい。
AML/CFTにおける課題とAIテクノロジーの有用性
マネーローンダリングの手口は高度化・複雑化しており、金融機関は顧客利便性を維持しつつ規制対応をしていくことが必要であると認識している。そのことから、実際の対応では次の2点が重要なポイントになると考える。
1つ目は、限られたコスト・人員で対応することが求められるがゆえに、効果的かつ効率的な対策を行う必要があること、2つ目は、一度対策して終わりでなく、対策レベルを継続的に維持・向上させる必要があることである。 しかし、このような対応を実施しようとした場合、対応は多岐に渡り多くの労力がかかるため、金融機関の皆様は苦慮されているものと考える。
我々は、AIを上手く活用することが、こうした課題解決の有効な手段の1つになると考えている。
AML/CFT業務へのAI活用
それでは、実際にAIをAML/CFT業務に活用するとはどのようなことか、事例を使って説明したい。
ここでご紹介するのは、取引モニタリング業務を支援するAIモデルの例である。 一般的な取引モニタリングシステムでは、シナリオに該当したものがアラートとして抽出されるが、シナリオの内容によってはアラートが大量になる。これらのアラート1件1件に対して、人手によって疑わしい取引の届け出対象になるアラートと、それ以外の疑わしい取引の届出対象にならないアラート(いわゆるFalse Positive(誤検知))に仕分けされる。こういった人手による運用の結果を利用してAIモデルを生成することが可能である。具体的には、アラートやアラートに関連する取引情報などの「学習データ」、疑わしい取引の届出対象とFalse Positiveとを分類する情報である「教師ラベル」の2種類のデータをAIに学習させることで、疑わしい取引の届出対象とFalse Positiveそれぞれの特徴を学習したAIモデルを生成している。 このようにして作成したAIモデルでは、疑わしい取引の届出対象となるリスク度合いを数値化(スコアリング)し、過去の疑わしい取引の届出対象となったアラートと同様の傾向を持つアラートに高いスコアを付けることが可能だ。
AIモデル例(取引モニタリング)のイメージ
AIを使うことで期待できるメリット
こういったAIモデルを使うことによるメリットは3点ある。
1点目は、単純な白黒判定ではなく、怪しさの度合いを数値化できることだ。シナリオによる検知では、抽出されたアラート1件1件のリスクの高さを即座に把握することは難しい。一方、AIは怪しさの度合いを数値化するため、非常に怪しいアラートなのか、それほど怪しくないアラートなのかを一目で確認することができる。 2点目は、AIは多角的な判断が可能なことだ。AIは、人やシナリオと比べて多くの情報を用いることができ、それらの情報を総合的に判断して判定結果を導くことができる。 3点目は、人の思い込みを排除できることだ。人のノウハウはアラート審査において重要かつ有効であるが、人の思い込みが入ってしまうリスクもある。一方、AIはデータ分析した結果のみから判断しているため、学習データが正しい場合、正しい答えを出し続けることが可能である。
効果的、かつ安心してAIを使うためのポイント
効果的、かつ安心してAIを使うためのポイントについても3点ご紹介する。
1点目は、説明可能な判定根拠を示すことだ。判定根拠が分かることは、AML/CFTの業務において重要な要件である。疑わしい取引の届出には理由が必要であり、AIガバナンスの観点でも説明可能性が求められる。AIの判定根拠を示す方法として特徴量の寄与度を用いる方法がある。特徴量とは、取引金額や取引後残高、振込回数といったAIにインプットする様々なデータ項目のことであり、これらの各項目がどの程度AIの判定結果に影響を与えたかを特徴量の寄与度と言う。昨今の技術では、AIモデルやAIの判定結果から特徴量の寄与度を取得することが可能だ。 2点目は、AIモデルの継続的な精度維持/向上である。AIは学習していないデータのパターンには対応できないため、取引の傾向が変化した場合などは、それらのデータ特性をAIに学習させる必要がある。このことが、継続的なAIモデルの成長に繋がる。 3点目は、業務ノウハウを効果的に反映させることだ。業務ノウハウをAIモデルに反映させるには多くの時間とスキルが必要であるが、うまく業務ノウハウを取り組むことができれば、AIモデルの精度や説明性の向上に繋がる。
なお、NECが提供する「AI・不正リスク検知サービス」は、様々な検証結果から得た知見や金融機関様の声などを基に開発しており、上述の3点にも対応したサービスとなっている。
AIを効率的、かつ安心して活用するためのポイント
共有AIモデル・およびAI監査への取り組み
NECは、AI活用の更なる発展に向けて様々な取り組みを実施している。代表的なものを2点ご紹介する。
1点目は、AIモデルを共有することである。これはAI開発で課題となるデータ量の少なさをカバーするためのものだ。十分なデータ量を持つ企業でAIモデルを生成し、それを他の企業と共有して使えるようにするための検証や開発をはじめている。2点目は、AIのリスクをコントロールすることである。AIシステムは従来のITシステムと開発手法や運用が異なるため、AMLの実務で安心・安全にAIを活用するためには、AI特有のリスクをコントロールすることが重要となる。AI特有のリスクとして、データ品質の問題により意図したAIモデルが生成できないことや、AIモデル生成における手順やプロセスの妥当性の確認が難しいことなどが考えられる。これらのリスクの顕在化をいち早く検知し、被害の発生や影響を抑えることが重要であり、そのためのAI監査の仕組みの開発・検証に着手している。
デジタルの力で安心・安全な社会へ
AIは万能ではないが、うまく活用すればその恩恵を受けられる。これが、本日私がもっとも強調したいことである。そのために、AIをうまく活用するために重要だと考える点をご説明した。
NECは、皆様がAIを必要としたときに、AIの恩恵を最大限に受けられるためのお手伝いをしていきたいと考えている。今回ご紹介したようなテクノロジーを活用したサービスの研究開発をへの取り組みをより一層強化し、このような活動を通して安全・安心な社会の実現に貢献していく。
2021年5月27日(木)開催 REGULATION JAPAN 金融犯罪対策の最前線と規制対応<アフターレポート>より転載