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みなさんは「武器汚染」という言葉をご存知でしょうか。紛争や戦争が過ぎ去っていてもなお地雷などが土地に蔓延している、忌むべき環境のこと。市民が日常を過ごす街や日々の糧を生み出す農地において、無差別な暴力の脅威に曝されている――。こうした人々は残念ながら世界中にいます。これに対し「地雷除去に貢献したい」と取り組むNEC社員たち。彼らの揺るがない信念は、安全・安心な社会を取り戻すための手立てを生み出しつつあります。
地雷の埋設場所、AIで高精度に推定
「90%以上の精度を達成できた」。2022年9月、東京・NEC本社と独ハイデルブルクにあるNEC欧州研究所、そしてスイス・ジュネーブに本部を置く赤十字国際委員会(ICRC)の担当者を結んだウェブ会議で、一同が息をのみました。『地雷が埋められているであろう場所』を推定する実証実験で、NECのAIが導き出した場所と実際に埋設されていた場所の多くが一致したのです。地雷を効率的に探し出す新手法として期待できる、優れた成果でした。

NEC本社にて撮影オフにしていたカメラの向こうで、グッと両こぶしを突き上げて喜びを噛み締める社員がいました。グローバル事業統括推進部・国際機関グループのベンジャミン・ブッチャーです。プロジェクトに乗り越えるべきハードルはまだありましたが、それでも確信せずにはいられませんでした。「自分たちがやってきたことは間違っていなかった」と。
遡ること3年、東京。2019年10月に開かれた、ICRCと早稲田大学共催の人道支援におけるデータ保護の課題について議論をするワークショップ。ベンジャミンは、リモートセンシングとAIを組み合わせた地雷探知ソリューションの構築に取り組むICRCの武器汚染ユニットの担当者に偶然出会います。話し込むうちに命懸けで地雷を探し出す人達の存在と、その作業の難しさを知りました。
聞けば、地雷に関するデータは地勢図や地形図、空港や道路などインフラの場所、地域住人の話、地雷の種類や特徴、そして実物の位置など様々。ところがこうしたデータは被害地域に膨大にあるにも関わらず、有効に活用されていないということでした。埋設地域を特定する事前調査は、こうした情報と人間の経験則を交えてのアナログな手法に頼るしかありませんでした。
データを分析し活用するにはまずデータの整理整頓が不可欠ですが、膨大な労力がかかります。そもそも地雷除去に関わる組織にデータ活用に長けた人材がいることすら稀でしょう。ベンジャミンは話を聞くうちに「普通の企業が抱えている悩みと同じだ」と気づきます。膨大なデータを整理してハーモナイズさせられれば、有益な手がかりや何かしらのパターンが見えてくるはずだ――。
スマートシティで得た知見を応用
そこでふと彼の頭に浮かんだのは、過去に共に働いた欧州研のスマートシティ・チームの顔でした。スマートシティプロジェクトは、多種多様なデータからソリューションを導き出す試みの連鎖によって実現します。ベンジャミンは「地雷除去について遠い世界の話のように聞いていたけれど、NECなら役に立てるかもしれない」と思い至ります。

国際組織のランドマイン・モニターによると、地雷による死傷者数は年間5,000~9,000人以上にのぼります。地雷を少しでも減らすことができれば、死傷者の数を減らせるだけでなく、人々が土地に帰還して暮らしを再建できるようになります。NECの経験と技術が、地域の人々と経済にとって光明となり得るのです。ベンジャミンから相談を受けた欧州研のエルノー・コバックスは「このミッションの使命は被害地域の多くの人々が安全に暮らせるようにするもの。やりがいのある、誇らしい仕事だ」と協力を快諾します。
個人的な繋がりで始まった研究開発のため予算はゼロ。そのため欧州研のチームは本業の傍ら、空き時間を見つけては取り組み、毎週のように日欧を結んだ会議で考えをまとめていきました。困難が伴いましたが、エルノーは「世界から地雷を無くす手助けをするという、私たちにとって崇高な目標があったから頑張れた」と振り返ります。
2021年冬。それまで本社で孤軍奮闘していたベンジャミンにパートナーとして鈴木聡子が加わりました。当時はICRCとは基本合意書(MOU)を交わしていたものの、トライアルに必要な予算の獲得が難しく、活動に具体的な進捗がない状況でした。
この時に限らず、プロジェクトを通じて様々な困難に何度もぶち当たりました。ですがどんな状況でも鈴木は視線を落としませんでした。ICRC本部で見た多種多様な地雷の数々が目に焼き付いていたからです。兵士の動きを遅らせるため『わざと大怪我をする程度に』爆発し、それらが民間人に危害を加え、土地を汚染するのです。鈴木は「世の中には言葉にし得ないほどひどいものがある」と憤ると同時に「NECなら課題解決に貢献できるに違いない」との想いを強くしました。
2022年4月までにコンセプトを固め、データの統合やAIの活用方法を決め、実証実験のスキームを構築します。そしてICRCと協力しながら実証実験チームを再編成し、プロジェクトのネジを巻き直します。「どんなデータが存在しているのか」「ファイルの形式は」「データ同士の関連性は」。ワンチームとしての挑戦はにわかに活気づき、あと必要なのは資金だけ。チームは最後のピースをまだ見つけられていませんでした。

そんな時、この活動が社長兼CEOの森田隆之の目に留まります。NECには、国際機関と共創しながらデジタルの力を最大限に生かし、世界の社会課題を解決する取り組みを支援する機運があったのです。森田は地雷探索に関する実証実験計画を評価。経営トップの後押しを受け、実用化にチャレンジするための歯車がついに回り始めました。
NECはPurpose(存在意義)に「安全・安心・公平・効率という社会価値を創造し、誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現を目指す」と掲げています。チームの挑戦はまさしくこれに合致していました。Purposeを体現する社員たちの問題意識は、必然的に会社の考えと重なります。ベンジャミンは「Purposeが定められてから、自分が信念を持って『やりたいんだ』ということを会社に説明しやすく、そして理解を得られやすくなった」と言います。
こうして2022年5月に始まった実証実験。ある2カ国の特定地域のデータを取り込んだAIが埋設場所を推定し、それぞれ9割以上の精度で実際の埋設場所と一致しました。地雷を探索したい地域で一定のデータが得られるのなら、実用に足る成果だといいます。
2023年3月の発表後、NHKなど各国メディアが相次ぎ報じ、「街を住めるようにして」「難民が帰還できる道を」「農地を再生して雇用を生みたい」との相談が世界からNECに寄せられるようになりました。2023年6月、ICRCのミリアナ・スポリアリッチ総裁はNEC本社を訪問。地雷問題への対処にデジタル技術の活用やさらなるリスク対応の強化が求められる中で、「NECとの協力に次のステップを期待したい」と森田に直接語りかけました。
社会貢献にとどめない
実証実験の成果を受けて、社長の森田は「社会貢献で終わらせずに、ドローンの運用会社や重機の会社など外部を巻き込み、社会価値を生む大きなストーリーにしてほしい」と話します。企業は価値を提供し、対価として利益を得て、次の価値を生むために再投資するものです。先端技術を価値の源泉とするNECは尚更、この循環を回し続ける必要があります。
ただ、地雷除去に関する技術やビジネスは莫大な利益を生むものではありません。その行為に対価を払う人=利益を享受する人ではないからです。そのため事業継続へのハードルは高いと言わざるをえません。鈴木は「サステナブルなかたちでプロジェクトを進めていくには、どうにかして利益を作っていかないと」と、自分に言い聞かせるように呟きます。
価値と利益の循環を回していくうえでの光明は見えてきました。ベンジャミンは「複数のデータ、例えばフォーマットの違うデータや関連づけが出来ていないデータなどをハーモナイズさせるノウハウが私たちにはある。こうした観点から様々なアプリケーションが見えてきた」と話します。プロジェクトで得られたデータ整理のノウハウを他の事業に応用するのです。
この挑戦は1人の社員の気づきから始まりました。それがチームの献身的なプロジェクトとなり、そして戦禍に見舞われた国・地域から不幸を減らそうとしています。もし、ここからさらなる新たな価値と利益が生まれたなら、NECはまた次の価値創造に向けて新たな一歩を踏み出せます。安全・安心・公平・効率な、より明るい未来をつくるために。