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新たな伝説を次の世代から

No Borders for Dreams Vol.7

挑戦の数だけ成長する、ジュニア選手の活躍

No Borders for Dreams 国枝慎吾×NECが見つける挑戦のかたち

NECは、「誰もが夢を抱き、挑戦できる社会」の実現を目指し、30年以上にわたり、車いすテニスを応援してきました。
「No Borders for Dreams」シリーズでは、国枝慎吾さんとともに、車いすテニスの魅力や挑戦する人々を紹介。挑戦の物語を通じて、誰もが“自分の夢に一歩踏み出す”きっかけを届けていきます。

車いすテニス界のトップを目指して練習に励むジュニア選手たち。その背中を押しているのが、すでに世界の舞台で活躍してきた日本人選手の存在です。中でも、四大大会(全豪・全仏・ウィンブルドン・全米)で通算50勝を達成し、パラリンピックで4つの金メダルを獲得するという伝説を生み出した国枝慎吾さんの存在は、次世代に大きな夢を与えています。
今回登場するのは、国枝さんのようなトッププレイヤーを目指して奮闘する二人のジュニア選手。それぞれが目指す夢とは。その背景にある変化とは。

世界一の選手が自国にいる。その事実が、次世代の糧に

NECでは、車いすテニスの応援を始めた1992年からジュニア層の成長も支えてきました。その中で感じるのは、世界で戦うトップ選手の存在の大きさです。

特に国枝さんの活躍は、世間から注目を集めるとともに、ジュニア層にも多大な影響を与えてきました。日本が車いすテニス強豪国であると世界に知らしめた功績の数々は、次世代が夢を持つきっかけとなり、またトレーニング環境や指導レベルの向上にもつながっているのです。近年のジュニア層を取り巻く環境について、国枝さんはこう語ります。

「自国に世界一の選手が男女ともにいる環境は、ジュニア選手に大変良い影響があると思います。『夢』だけでなく、『目標』として捉えやすいからです。実際に練習を目にすることや会話をする機会もありますし、周りのコーチやトレーナーからも経験を共有できます。単に技術だけではなく、練習への取り組み方や試合への準備、考え方や生活の仕方など、どういった基準で日々を過ごしているか知ることができます。この連鎖が、日本の車いすテニスのレベルを引き上げていきます」

国内で国際的なジュニア大会が開催されるなど、日々の練習で培った実力を発揮する場も充実してきています。


今回注目したのは、2026年7月に開催された国際ジュニア大会「TOKYO JUNIOR OPEN 2026」(以下、本大会)で女子シングルス優勝を果たした16歳の松岡星空(まつおかせいら)選手と、男子シングルス準優勝を獲得した14歳の井上博文(いのうえひろふみ)選手です。

国枝さんのような先人たちの活躍や、そこから生まれたより良いトレーニング環境は、二人にどのような影響を与えているのでしょうか。

TOKYO JUNIOR OPEN 2026の表彰式の様子。国内外のジュニア選手が参加

夢は世界1位。先を走る選手の姿を追いかけて

本大会の女子シングルス決勝戦で日本の岩本希心(いわもとのぞみ)選手と対戦し、見事優勝を勝ち取った松岡選手。5歳から車いす生活となった彼女が、車いすテニスを始めたのは6歳のとき。2025年にフランスで開催された世界ジュニアマスターズでは、大会史上最年少となる15歳で優勝を果たしました。現在の世界ジュニアランキングは2位。すでに世界から注目を集める選手として活躍しています。

そんな彼女のモチベーションは、より強い選手と対戦すること。「車いすテニスを始めた小さい頃からずっと、『やるからにはトップを』と考えてきました」と語る彼女にとって、国際大会への出場は闘志が生まれるきっかけにもなっているようです。

「日本にも世界にも、強い選手が存在します。レベルの高い選手と対戦すると、最初はやっぱり勝てない。でも、それがむしろ『次はもっといいスコアで勝とう』とモチベーションになります。最近は私より年下の選手もどんどん強くなってきて、『絶対に倒したい!』という気持ちがより高まっています」

大会の感想や自身の目標について語る松岡選手

そんな松岡選手が目指す夢は、ジュニアの全米オープンでシングルス優勝を果たすこと。そして、世界1位になることです。

「2025年の全米オープンでは女子ダブルスで優勝したものの、女子シングルスではベスト4だったので、まずはそこを目指して頑張りたいです。そして、なるべく早い段階で、パラリンピックで金メダルを獲る!国枝さんや同じ女性プレイヤーである上地結衣選手のような、長くトップを走り続ける選手になりたいです」

より強くなるため、ひたむきに頑張る松岡選手。明るい笑顔を見せつつも、その言葉からはみなぎる闘志が感じられました。

「諦めない」をバネに、過去の誰よりも大きな夢を抱いて

一方、本大会の男子シングルス決勝でオーストラリアのアーロ・ショークロス選手と対戦した井上選手。惜しくも準優勝となりましたが、本大会を通じてさまざまな学びがあったと振り返ります。

試合終了後、握手をする井上選手(左)とショークロス選手(右)

「満足のいく結果ではなかったのですが、自分の課題に挑戦できた決勝戦だったと感じます。大会前に行われたキャンプではさまざまな指導をいただくことができました。サーブに対する考え方が変わったのが大きな成果です」

3歳から一般テニスを始め、ずっとプロを目指していた彼が、病気の影響でプレーを断念せざるを得なくなったのは小学6年生のとき。その後、「夢を諦めたくない」と車いすテニスに転向。現在の世界ジュニアランキングは5位と、転向からわずか2年弱で目覚ましい成長を遂げています。しかし、順調に見える活躍の裏にはたくさんの苦労があったと話します。

「最初は、車いすを漕ぎながらプレーする動きに慣れず、体力的にも精神的にもかなりキツかったです。『トップになるにはかなり時間がかかるな』と不安になったりもしました。でも、先輩である河田凌大(かわだりょうた)選手から受け継いだ競技用の車いすを使ってみたら、とても漕ぎやすくて。それから少しずつ操作性を磨き、ここまで成長できました」

「車いすテニスをプレーするのが楽しい」。そう語る彼が目指す現在の夢は、パラリンピック優勝。さらに「2024年のパリパラリンピック男子シングルスで、史上最年少となる18歳で金メダルを獲得した小田凱人選手を超え、歴史を塗り替えるのが目標です!」と宣言します。

「車いすテニスに転向したばかりの頃、小田選手の試合を動画で観ました。素晴らしいプレーに最初は憧れました。でも、憧れるだけでは追い越せない。車いすテニスで世界1位を目指すなら、小田選手を超えなければと考えるようになりました」

憧れを目標に変え、1日でも早く叶えるために奮闘する井上選手。「いつかは国枝さんの記録も超えたいです」とも語る彼の成長に、これからも期待が高まります。

勝ち続ける。その背景にあった国枝さんの想い

数々の大会で優勝を獲得してきた国枝さん

世界トップに向かって走り続けるジュニア選手たち。彼らに追いかけられる存在である国枝さんは、プロへ転向した際にあることを意識していたと話します。

「2009年にプロへ転向してからは、車いすテニスの環境を変えて、若手選手が競技をプレーしたくなるようにしたいと考えていました。私が『世界1位になればプロとしてやっていける』と証明できなければ、今後の選手たちの道を閉ざしてしまう可能性もあります。私にとって一番の仕事は『勝ち続けること』。勝ち続ければメディアに取り上げていただける機会が増え、車いすテニスという競技の認知を広める機会にもなります。そうなれば競技人口や観客数が増加し、大会や個人への支援にもつながります。そのためにも、『再び足を運んで観に来ていただけるように、予想を上回るプレーをしたい』と思っていました」

その想いがしっかりと次世代へ届いていることは、松岡選手や井上選手の言葉からも感じられます。
憧れから始まり、夢を抱き、「自分もあの舞台へ」と挑戦するジュニア選手は、この先も次々に現れるでしょう。そしてまた新たな伝説が生まれ、多くの人がその活躍を見て勇気をもらえるはず。挑戦のタスキをつなぐため、NECはこれからも車いすテニスとともに歩み続けます。

  • 松岡選手と井上選手へのインタビュー実施日:2026年7月26日(TOKYO JUNIOR OPEN 2026決勝戦後)

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