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カーボンナノチューブ発見、その先へ

2020年11月5日

ナノテクノロジーを支える材料の一つとして、全世界で注目を集めつづけているカーボンナノチューブ。この材料を世界で初めて発見したNEC特別主席研究員の飯島 澄男は、現在も精力的に研究活動を続けています。最新の研究活動とこれからの展望について、話を聞きました。

特別主席研究員
飯島 澄男
東北大学、米国アリゾナ州立大学、英国ケンブリッジ大学、新技術開発事業団 (現 独立行政法人 科学技術振興機構)において研究員として従事した後、1987年にNEC入社。電子顕微鏡を活用して1991年に4番目の固体状炭素物質(※1)であるカーボンナノチューブを発見し、世界の注目を集める。名城大学 終身教授、名古屋大学特別招聘教授、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 名誉フェローも務める。

固体リチウム電池の電極材料やカーボンナノチューブの量産化に挑戦

― 最近はどのような活動をされているのでしょうか?

私の専門は電子顕微鏡なので、この分野でまだ解決できていない科学の難題に挑戦しています。
たとえば、私が40~50年も前に研究していた物質が、いま固体リチウムイオン電池の電極材として盛んに研究されています。電極材料に使われる酸化物なのですが、私が取り組まない手はないと思って、この物質の基礎的な結晶構造を解き明かそうとしているところです。結晶構造がわかれば、固体リチウムイオン電池実用化の可能性が大きく広がります。結晶構造の研究では中性子回折法という大規模な研究施設を使った研究が先行していますが、非常に面白いことに電子顕微鏡を使ってみると同じような結果が出てくるんですよ。これは、この物質の結晶構造の解明だけにとどまらず、中性子と電子顕微鏡という2つのアプローチそのものに関わる問題でもあるので、普遍的でとても興味深い研究結果です。百億円規模の施設を使った中性子による研究に、5億円程度の電子顕微鏡で対抗するというのは非常に面白いですよね。これまでの研究結果は論文にまとめて、科学誌へ投稿したところです。
カーボンナノチューブの研究も続けています。カーボンナノチューブでは、まだ実用化に際して最も難しい問題が残っています。電子デバイスに活用するための障壁となっている量産化問題です。カーボンナノチューブを使った半導体やトランジスタには、現在の主流となっているシリコンをもしのぐ性能があると言われています。しかし、シリコンにかわる素材として実用化を進めるためには100万個という単位で量産ができなければなりません。そのためには、毛玉のように絡まった状態でできあがるカーボンナノチューブを同じ方向に揃えて並べる技術が必要になります。これは、今までたくさんの方が挑戦してきて、まだ誰も成功していない問題です。私はこの問題に2年くらい取り組んできて、昨年考え付いた方法で予備実験を実施し、特許を出願しました。
時間をかけるだけでは糸口が見つけられないような本当に難しい問題の解決こそ、豊富な経験のある私たちシニアが取り組むべき問題だと思っています。ナノ材料やナノサイエンスの分野を開拓していくことが私自身の生き甲斐でもありますしね。それに、何といっても研究はやはり楽しいです(笑)。

マテリアルサイエンスは基礎と応用が表裏一体

― 研究においては、応用や実用化を重要視しているのでしょうか?

材料研究は社会の役に立ってこそ価値があるものです。そもそもマテリアルサイエンスといわれている分野は、基礎と応用が直結しています。そこが非常に面白い点でもあります。
たとえば半導体の発明一つをとってみても、ナノ材料の基礎研究が大きな役割を果たしてきました。私自身もNECに入った直後、電子顕微鏡でガリウムとインジウムが混ざった化合物半導体を観察し、原子が交互に整然と並んでいることを世界で初めて発見しました。化合物では原子がぐちゃぐちゃに混ざり合っているという従来の常識を覆したのです。物質の構造がわかると、それをどう活用すればよいかという方針が変わり、半導体の性能に影響してきます。このように、より性能のよいもの、より壊れにくいものをつくるためにはどうすればよいかという産業の課題に対して、電子顕微鏡による分子、原子レベルの情報は直接役立てられてきたわけです。特に、1960年代の日本では鉄鋼業の発展と鉄結晶の研究が密接に連携してきた歴史もあります。
基礎研究が進歩し、産業もその研究結果を使って伸びる。そういうボールの投げ合いが上手く機能して互いに助け合うことで、他の研究分野よりも、より密接な関係を構築できるのが材料研究の面白い点ですね。

本物の仕事は、体験と偶然から生まれる

カーボンナノチューブを発見した電子顕微鏡と

― これからめざしていきたい目標はありますか?

いや、もうないですね(笑)。それに、これから何をするかというのは全くわかりません。私のような「実験屋」には、何か文献を読んだり新しい情報に触れたりしただけでは、次に何をやるかというアイデアは生まれてきません。多くの研究は、今までの経験・体験にもとづいて偶発的に生まれてくるものです。逆に、そうでないと本物の仕事はできないのではないでしょうか。冒頭にお話しした40~50年前に研究した材料が、最近になって重要な材料として研究され始めているというのも良い例ですね。
湯川秀樹や朝永振一郎、福井謙一などというような「理論屋」は別ですよ。私のような凡人はああいう天才の領域に立ち入ってはいけません。理論屋は初めから何か新しいものをやろうと意図して理論を確立できますが、私たち実験屋は初めから思い描いた何かをやるなんていうことはできないのです。これをやろうとすると、こっちにもっと良いものが見つかる。こっちをやろうとすると、あっちにさらに良いものが見つかる……、という試行錯誤を何度も何度も繰り返していくうちに、ようやく偶然の発見「セレンディピティ」にめぐり合うのです。
だから、凡人にも科学ができるというのが私の持論です。そして、ノーベル賞級の発明にも、ほとんどそのようにして偶然に生まれたものが多く存在しています。この事実は、私たちのような人間にも科学ができるんだと大きな勇気を与えてくれると思いませんか。

  • (※1)
    固体状炭素物質
    1.グラファイト(黒鉛)、2.ダイアモンド、3.フラーレン、4.カーボンナノチューブ、5.グラフェン

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