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世界で影響力をもつAI研究者2000人「AI2000」に選出

2020年3月18日

2020年、中国の清華大学が開発した学術論文検索サービス「AMiner」は「世界で影響力をもつAI研究者2000人(AI2000)」を発表し、そのなかにNECの井上 浩明がリストアップされました。井上は1999年にNECへ入社して以来、コンピューティング分野で研究に取り組んできた研究者です。2006年にはトップ学会ACM/IEEE Design Automation Conference(DAC)において、日本ではまだ数名しかいないと言われるBest Paper Award Nomineeに選出されるなど、めざましい活躍をつづけてきました。その研究成果は、どのような経験や考えから生まれているのか。詳しく話を聞きました。

ハードウェアとソフトウェアの境界を扱う貴重な研究

― 今回、清華大学が発表した「世界で影響力をもつAI研究者2000人(AI2000)」にリストアップされましたが、お気持ちはいかがでしょうか?

驚いた、というのが一番正直な感想です(笑) もちろん、これまでさまざまなメンバーと築き上げてきた研究成果がこういったかたちで評価されたことは非常に嬉しいです。しかし、このようなかたちでクローズアップされることは全く想像していなかったので、とても驚きました。

― リストアップされた要因は、ご自身ではどのように分析されていますか?

今回のリストアップは、論文の検索数や引用数などのデータをもとに、清華大学が独自のアルゴリズムを使って導き出したものだと聞いています。そのため要因分析については推測の域を出ないのですが、数年前にアメリカのベンチャー企業と共同して取り組んだ研究論文が、大きなインパクトを与えているような気がします。本研究にいっしょに取り組んだ共同研究者も、今回のリストに名前が挙げられていたからです。
この論文はAI処理を効率化・高速化させる基盤技術に関する論文で、USENIX Symposium on Operating Systems Design and Implementation(OSDI)と呼ばれるシステムソフトウェア系のトップ学会に採択されました。本論文の引用数は私がこれまでに執筆した論文のなかでも最も多く、すでに1600を超えています。これは、私の論文の平均よりも1桁多い数字です。
ただし、この論文執筆者が全員リストアップされているわけではないので、これ以外の研究成果も評価いただいているのだと思います。

データサイエンス研究所 研究部長 井上 浩明
データサイエンス研究所
研究部長
井上 浩明

― 井上さんはどのような研究をつづけてこられたのでしょうか?

コンピューティングに関わる研究をつづけてきました。具体的には、半導体チップとその周辺のシステムソフトウェアの研究です。この分野はハードウェアとソフトウェアが交わる境界領域となるため、実はあまり研究できる人がいません。幸いにも私は研究に取り組むなかで双方に関わることができたので、いつしかここが私の強みを活かせる領域だと気づいて注力してきました。今回選出されたAI技術と絡めていうならば、AIのプログラムを効率的に稼働させて下支えするプラットフォーム部分の研究がメインテーマです。
NECでの私の研究は、当時急速に普及しつつあった携帯電話用の小型チップの研究からスタートしました。バッテリーが長持ちするように、消費電力を下げて、キビキビ動くようにするためにはどうしたらよいか。そんな研究に取り組んでいました。
さらに当時は、チップ自体の信頼性をどう上げていくかという課題が世界的に注目されていた時期でした。最も簡単な例を挙げて言うと、故障したチップは使わずに、いかに通常通りの計算を持続できるかということですね。こうした課題を解決し、故障にもへこたれない頑健なチップをどう実現するか。そうした技術開発に世界が注目していました。しかし、実はその頃、私は自分が開発したソフトウェア技術でチップの故障はカバーできるのではないかという自信をもっていました。ただし、肝心の故障したチップを検出する技術がなかったんです。一方で、アメリカのスタンフォード大学には、チップの故障を検出するために非常に有効な技術をもった先生がいらっしゃいました。彼らの技術でチップの故障を検出し、私のソフトウェアで故障をカバーすることができれば、課題を解決できるのではないか。そうしたプランをもとに、社内の留学制度*を利用して、2007年からスタンフォード大学へ訪問研究員として1年間留学しました。この1年間は本当に刺激的で、たくさんのことを学びました。この留学経験が私の研究姿勢を大きく変えてくれましたし、もしかすると今回のリスト選出にも少なからず影響を与えているのかもしれません。

  • *
    NECの社内制度。希望者は特定の条件をクリアすれば、会社が費用負担のうえで1年間海外へ留学できる。

「それで、明日お前は何するの?」スタンフォード大学での衝撃

― スタンフォード大学での研究は、どのようなものだったのでしょうか?

まず、研究の始まりから衝撃的でした。先生に初めてお会いした際、私はこの1年間の研究計画表を作成していたので、それを手渡して説明を始めたんです。ところが、先生はまったく興味を示さない。しまいには、話の途中なのに紙をたたみ始めてしまって。どうしたのだろうと思っていたら一言、「それで、明日お前は何するの?」と聞かれたんです。それが本当に衝撃的で。やはり私はこれまでの企業研究に慣れていたので、中長期的に設定したスケジュールやマイルストーンに沿って研究を進めていくことが通常のスタイルだと考えていました。そうした計画を一切描かずに「明日お前は何するか」だなんて、聞かれたことも考えたこともなかったんです。
実際に、その後の研究は当初描いていた活動計画から大きく変わりました。数日に一度くらいのペースで先生とディスカッションをして、「あれはああした方がいいんじゃないか」「そうですね、こうした方がいいと思います」「そうか、じゃあ、それやってみろよ」というかたちで進んでいく。スピード感がまるで違うんです。いま話題になっているアジャイル型開発のようなかたちで、コミュニケーションを密にとりながら頻繁に方向修正して研究が進んでいきました。このスピードは大きな衝撃でしたね。
そして、もう一つ衝撃的だったのは論文の書き方への並々ならぬこだわりです。「良い仕事をした者は、良い論文を書く義務がある」というのがスタンフォード大学のモットーで、論文にかける執念にはすさまじいものがありました。実際に、留学中に一度先生と共同執筆をしたのですが、およそ1カ月前から準備を開始してドラフトを作成し、あと10回くらい改訂すれば終わりかなと思っていたら、バージョン100くらいまでいきましたね。ロジックがきちんと通っているか、結果が正しく見せられているかというポイントはもちろんのこと、初見の人であっても自分たちの成果の大きさや価値がきちんと伝えられるかという視点で1段落1段落何度もチェックされて、一字一句細かく詰めていきました。また、先生には、投稿学会の査読メンバー全員の論文をきちんと読んで最新の技術トレンドを押さえたのか、ということまで言われましたね。そのレベルまでこだわるのかと、非常に驚いたことを覚えています。正直、留学するまではスタンフォード大学という名前だけで簡単に論文が通るのかと思っていましたよ(笑) 最終的に、このとき先生と共同して執筆した“VAST: Virtualization-Assisted Concurrent Autonomous Self-Test” はトップ学会IEEE International Test Conference(ITC)に通りました。先生からは、学会内でかなり高い評価を得られたと聞いています。ちなみに、この内容こそが当初の留学目的であったチップの信頼性を向上させるための技術で、以降の私の研究のベースにもなっています。
また、アメリカの研究者のコミュニティの広がりにも驚かされましたね。あるとき学会に参加してきて先生に「あの会社の人の論文が良かったよ」と言ったら、次の週にはその論文の筆頭著者が研究室に来ているんです。私もそこに呼ばれてディスカッションした後、先生に「お知り合いだったのですか」と尋ねたら「いや、知らなかった」と言われる。まだSNSも発達していなかった時代ですが、どうやら当時から何らかのコミュニティがあって日常的に互いにアクセスができたようなんですね。実際、先生のもとにはいろいろな方が頻繁に来て、コミュニケーションがとられていました。ただ、そのコミュニティに入るためには、自分がどのような貢献ができるかを示さないといけない。私も呼ばれるときもあれば、今日の会合には呼べないと断られるときもありました。いま思えば、現在のオープンソースコミュニティのようなものが、既にあったのだと思います。こうした人的ネットワークの構築ということも、非常に勉強になった点ですね。

自分の直観を信じて研究を進める

― 研究で成果をあげるための方法は何でしょうか?

いろいろあると思いますが、まずは自分の直観を信じて研究を進めるということだと思います。私は2006年、留学前に発表した論文でトップ学会ACM/IEEE Design Automation ConferenceのBest Paper Award Nomineeに選出されたのですが、これは上司から割り当てられた研究ではなく、自主的に進めた研究による成果でした。NECには20%ルールというものがあって、業務時間中の20%以内であれば、好きな研究をしてよいという制度があります。このルールを利用した研究でした。
この研究のテーマは、社内外の関係部門と議論しながら、将来を予見して取り組んだものでした。当時の携帯電話では、ようやく電話以外にもさまざまな機能のアプリケーションが動き始めるようになっていましたが、まだ携帯電話の通信キャリアが提供するアプリケーションしか動かすことができないような時代でした。しかし、将来的にはパソコンと同じように、ユーザが自由にサードパーティを含むさまざまなアプリケーションを利用できる世界になっていくのではないかと予見したのです。いまとなっては、当たり前のことですけどね。
そうした世界でリスクとなるのは、ウィルスなどを含む悪意あるプログラムです。そこで、私はこのリスクに対応するために、危険性を含んだアプリケーションはソフトウェアの仮想環境をつくって隔離しつつ、ハードウェアで厳しく動作をチェックして安全性を担保するという技術を研究し、論文にまとめました。これは現在にも通じる技術で、ハードウェアとソフトウェアが両方分かるという私の強みを生かした発想だったと思います。
実は、この技術が先述したスタンフォード大学との共同研究成果にもつながっています。ソフトウェア的な不具合=ウィルスが、ハードウェア的な不具合=故障へと発展したイメージです。1つの強い技術を起点に、別の技術へとつなげ、点と点がつながって線に、さらに線と線がつながって面での研究へと発展し、研究成果がどんどん拡大していくことを実感した研究でした。
しかし、この研究もはじめのうちは、うまく行かなかったものです。当時の上司には「そんなことやって意味があるのか」とはっぱをかけられたりもしました。そうした声にも奮い立って研究をつづけた結果、良い研究成果を挙げることができたのです。自分の直観を信じて突き進むというのは、重要な姿勢だと思います。
また、ナンバーワン、オンリーワンの技術をめざすということも、常に自分に問いかけてきたことですね。そうでなければ、やる意味がないのではないかとさえ考えを突き詰めて、研究をつづけてきました。

― これからめざしたいことは何でしょうか?

私は現在、研究の第一線から離れてマネジメントに徹しています。組織の運営や部下の育成はとても楽しいのですが、できれば、また研究はやりたいですね(笑) マネージャとしての立場からみても、やはり研究をしている人はキラキラと輝いて見えますし、何より私自身がゼロからイチを生み出すことが大好きなんです。
また、昔から人間の脳をコンピューティングで再現するにはどうしたらいいのかということを考えつづけてきました。これは私が追いかけているロマンです。たしかにAI技術は現在大きな進化を遂げていますが、人間の脳にはまだまだ到底追いつきません。それに、人工知能とは違って人間には感情が存在します。こうした高度な仕組みは、どのようにしたら再現できるのかということは、いつも考えつづけています。部下たちと一緒に、またぜひ研究に取り組んでいけたらいいなと考えています。

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