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日本語コミュニケーション 言わないことが伝わるのはなぜか?なぜ言わないのか?

データ利活用トピックス

2021年5月31日

「話せばわかる」
「問答無用」

犬養毅首相と海軍の青年将校による有名なやり取りです。
1932年5月15日に起きた五・一五事件。
総理大臣官邸に押し入り銃口を向けた若い将校に、犬養首相は何を伝えたかったのでしょうか。

そんなこと、わかり切っているとお思いでしょうか。
もう一度、上のやり取りをみてください。
首相が言葉として言ったのは、「話せばわかる」という主張だけです。
では、そこからどのような含意が読み取れるでしょうか。

「話せばわかるから、銃を収めなさい。民主的に話し合おうじゃないか」
そんなところでしょうか。

ここで妙なことに気づかれた読者もいらっしゃるでしょう。
どうして下のように直接的には言わず、上のように遠まわしに言ったのだろう、と。
生死に関わる緊急事態、これほど切迫した状況下で?
また、どうして青年将校は上のような表現から下のような意図を即座に推測することができたのだろうか、と。

いきなり物騒な話になってしまいましたが、次は平穏な会話です。

A「毎日忙しそうだね」
B「まあね」
A「じゃあ、無理かなあ」
B「うん?」
A「たまには一杯どうかなと思ったんだけど」
B「ああ、残念だけど、明日、早いんだよ」


会社の同僚同士の会話です。
Aは間接的な表現を使っていますが、BにはAに誘われていることが理解できているようです。
また、BはAの誘いを受けるか否かについて直接答えていませんが、AはBが誘いを断ったと理解するでしょう。

私たちは相手に伝えたいことをすべて言葉で表現しているかのようになんとなく思い込んでいますが、上の2つの例のように、実際には言葉は伝えたいことの一部にしか使用せず、あとは含意として間接的に表現することが多いのです。

では、なぜ直接的な表現をせずに、間接的な表現をするのでしょうか。
言葉にしていないこと、言わないことが伝わるのはなぜでしょうか。
また、今そのことを考えることに、どのような意味があるのでしょうか。

会話をめぐるミステリーツアー

言葉に関わる研究は奥が深く、一筋縄にはいきません。
人と人が顔を向き合わせて行う会話もなかなかの曲者。
誰が誰に対して、いつどこで何をどのように言ったのか、その物理的環境や対人関係、心理的状態、社会規範などをすべてひっくるめた状況を「コンテクスト」と呼びますが、会話はそうしたコンテクストの影響を強く受けます。

日本社会でのコミュニケーションでは、考えていること、伝えたいことの多くを言語メッセ―ジとして表現しない傾向があるとされています。
それは多くの意味を言葉ではなくコンテクストに依存させているからで、このようなコミュニケーションを高コンテクスト・コミュニケーションと呼びます。
「以心伝心」、あるいは「阿吽の呼吸」が尊重されるのもそうした文化の反映でしょう。

コンテクストには、場所や話し相手、同席者、時間、天気、服装、相手との距離、匂い、記憶、常識、表情、口調……等々、数えきれないほどの要素があり、それらが複雑に組み合わさっていることを考えると、無限といっていいほどの可能性があります。

例えば、冒頭の犬養首相と青年将校との会話から読み取れる含意は、首相と将校が向き合ったその瞬間のコンテクストに大きく依存しています。
したがって、全く同じ会話であっても、コンテクストが変われば含意も変わります。
つまり、言葉と含意は1対1で結びついているわけではないのです。
それなのに、多くの場合、言葉とコンテクストの組み合わせから、ほぼ一瞬で含意を推測できるのはなぜでしょう。
このように、コンテクストと意味との関係を研究する言語学分野を語用論といいます。

日常会話は私たちの身近にあり、私たちの生活と密接に結びついているだけに、わかっているようでかえって実態が見えにくいという側面があります。
しかし少し距離をとって見つめ直してみれば、多くの発見に出会えるはずです。
隙間時間を使って、気楽に楽しみながら日常会話について思いをめぐらしてみるのも悪くありません。

会話をめぐるミステリーツアーはもう始まっています。
たった数分間の旅ですが、ご一緒にツアーの続きを楽しみましょう。

助け合いと対人配慮

~助け合い:「協調の原理」~

先ほどみたように、私たちは多くの場合、遠まわしの表現からも含意を推測し理解します。それはなぜでしょうか。

イギリスの哲学者ポール・グライスは会話とは話し手と聞き手の協調行動だと指摘し、1975年に、話し手と聞き手が協調して会話を成立させるための前提を「協調の原理」として提唱しました。
この原理は大原則と具体的な内容を示す4つの下位原則から構成されていますが、簡単にいうと、
「その場で求められる情報を正確に、質量ともに適切に、わかりやすく提供せよ」
というものです *1-1:p.69。

ところが、間接的な表現は意図を表現しないため、下位原則に違反しているように見えます。
例えば、冒頭の犬養首相の「話せばわかる」は、首相の主張を表しているだけで、将校にどうしろと言っているわけではなく、協調的な会話に必要な情報量が不足しています。
でも、将校に向けての言葉であることから、自分と関係があるに違いない、含意は別にあるのだと将校は考えるでしょう。
そこで、首相の言葉とコンテクストを考え合わせることによって、含意を推論すると考えるのです。

グライスの協調の原理は語用論の根幹を成す理論でしたが、その含意理解の推論は論理的推論とは違い、ひとつの可能性を示すに過ぎません。
また、古いタイプのコミュニケーション理論を基にしていることや、作例ではない自然会話には協調の原理から逸脱しているものが多いことなどから、現在ではその信頼性、普遍性に疑問を呈する声も聞かれます *1-1:pp.69-71、*1-2:pp.254-255。

~対人配慮:「ポライトネス理論」~

考えてみれば、コミュニケーションには常に危険がつきまといます。
会話は人と人との関わり合いなので、悪意がなくてもいつ相手を傷つけてしまうかわかりませんし、なんらかの要因でお互いに不愉快な思いをするおそれがないとも言いきれません。

したがって、コミュニケーションを通して円満な対人関係を構築したり維持したりするためには、言葉によって聞き手に配慮することが欠かせません。
その際、間接的な表現が丁寧度を上げる場合が多いと考えられています。
こうした言語行動はポライトネスと呼ばれますが、ポライトネスに関する最も影響力が大きな理論はブラウンとレビンソンが1987年に提唱したポライトネス理論です。

ブラウンとレビンソンは、言葉によって傷つけたり傷つけられたりするものをフェイス(face:体面)と呼び、相手のフェイスを侵害する危険度は、話し手と聞き手の親疎関係、上下関係、相手に与える負荷という3要素を足したものだと主張しました。
例えば、同じ頼みごとをするのでも、相手が親しいかどうかで頼み方は変わってくるはずです。
また、借金を申し込む場合、相手が同じであっても、その金額によって依頼のし方が変わるでしょう。

このフェイスには以下の2つのタイプがあります。

  • ネガティブ・フェイス:他者から干渉されずに自由に行動し距離を保ちたいという願望
  • ポジティブ・フェイス:他者に受け入れられ評価されて距離を縮めたいという願望

例えば、相手が誘いや依頼を引き受けた場合には相手の自由が制限されるため、誘いや依頼は相手のネガティブ・フェイスを脅かすことになりかねません。
一方、誘いや提案が断られるのは自分の考えが評価されなかったことを意味するため、誘いや提案を断ることは、相手のポジティブ・フェイスを脅かします。

ここで、はじめの方で提示した同僚A・Bの会話をもう一度、みてみましょう。

A「毎日忙しそうだね」
B「まあね」
A「じゃあ、無理かなあ」
B「うん?」
A「たまには一杯どうかなと思ったんだけど」
B「ああ、残念だけど、明日、早いんだよ」

飲みに誘うAは、Bのネガティブ・フェイスを侵さないように、Bが断りやすいように配慮した間接的な表現を使って誘い、誘われたBはAのポジティブ・フェイスを傷つけないように、遠まわしに断っている様子が見て取れます。

日本語ネイティブは相手を誘う場合、Aのような誘い方をする傾向が強いことが指摘されていますが、異なる文化背景をもつ人の中にはこうした誘われ方に違和感を抱く人もいるようです。
筆者は仕事柄、外国人の知り合いや友だちが多いのですが、「日本人が誘ってくれても、本当は来てほしくないと思っているように感じられる」と困惑する人が少なからずいます。

自身のコミュニケーションのあり方を認識し、外国人に限らず相手によって配慮のし方を調整することができれば、相手のフェイスへの尊重が、良好な人間関係の構築・維持につながります。
そう考えると、ポライトネスは自分のためでもあるといっていいでしょう。

ちなみに、最近、国立国語研究所が自然会話を大規模に集積し文字化した『BTSJ日本語自然会話コーパス(トランスクリプト・音声)2020年版』(377会話) を公開しました *1-3:pp.1-2。
これを期に語用論的分析が効率的に進められていくことが期待されています。

間接的表現の方が得:「戦略的話者の理論」

実際問題として、私たちの社会には非協調的な発話や行動も溢れています。
アメリカの心理学者ピンカーは非協調的な発話を視野に入れた「戦略的話者の理論」を提案しました *2:pp.57-61。

この理論はゲーム理論を枠組みとしています。
ゲーム理論とは「利害が対立する人やグループが、それぞれ自分の利益が最大になるように行動する状況において、人がどのように行動し、意思決定するかを説明しようとする理論」です。

ピンカーは非協調的な会話場面として、スピード違反の現場での運転手と警官の会話を挙げています。
運転手がスピード違反に目をつぶってもらおうとしたとき、警官に対してどのような態度をとれば利得が最大化するかという問題です。
運転手の利得は、相手が誠実な警官か否かという2項対立的な予測と、「賄賂を渡さない」「賄賂を渡す」「賄賂をほのめかす」という3つの選択肢によって変化します。

そうした状況で、運転手の利得が最大化するのは、次のような行動をとる時です。
財布の中の5千円札をちらつかせながら、「違反切符は辛いなあ」と呟いて、賄賂をほのめかす。

相手が不誠実な警官なら黙って5千円札を受けるかもしれません。
もし誠実な警官であっても、運転手のほのめかしは逮捕するほどの決定的な証拠とはいえないため、運転手はスピード違反を見逃してもらう可能性を得つつ、賄賂による逮捕の危険を回避することができます。
一方、警官にとっての利得が最大化するのは「賄賂には触れず、違反切符だけを切る」時です。
したがって、運転手はほのめかしをすることで、自分にとって有利で、かつ警官にとっては不利になるように警官の行動を誘導することができるのです。

言葉には、一度口にしたら、その場にいた人々の間で共有され、もうなかったことにできないという特徴があります。
したがって、相手がどのような人かわからない場合、状況が不透明な場合には、直接的表現よりも間接的表現を使う方が話し手にとって利得が大きいわけです。

ピンカーは、社会的文化的なさまざまな場面における人間関係には複数の種類があり、それぞれの関係によってフェイスを侵害する危険度は異なって評価されると考えます *2:pp.66-68。
また、相手がどのような価値観をもち、どのような関係を想定しているかもはっきりしないことが多いと指摘しています。
このことは、先ほどふれた「日本語ネイティブの間接的な誘いに戸惑う外国人の存在」を想起させます。

この理論は、実は言語研究者にはあまり知られていないのですが、人類学、行動経済学、進化心理学の研究にも根拠を置く包括的な理論で、人がなぜ間接的表現を使うのかの説明として非常に説得的です。

会話をめぐるミステリーツアーの今日的意義

ミステリーツアーも残り少なくなりました。
最後に、このツアーの今日的意義について考えてみたいと思います。

まず、ダイバ―シティ社会の実現という観点から考えてみましょう。
今後、少子化高齢化に伴い、女性だけでなくLGBTQ、外国人、高齢者、障がい者など、多様な人々の社会参加が進んでいくと予想されます。
そうした時代性をキャッチアップし、多様な人々と良好な関係を構築していくためには、語用論的な考察から得られた知見の活用が非常に有益です。

次に、コロナ禍で急速に普及したテレワークとの関連からも考えてみましょう。
リアル空間を共有しての対面コミュニケーションとオンライン上のコミュニケーションとでは多くの相違点があり、私たちは現在、これまでとは異なるコミュニケーションのあり方に直面しています。

先ほどみたように、会話はコンテクストの影響を受けますが、オンライン上のコミュニケーションではコンテクストに著しい制限がかかります。
そうした状況でどのようなコミュニケーションを実現していったらいいのか―それは社会的課題ともいえるでしょう。
その課題解決のために、これまでみてきたような語用論的な分析とそこから導かれる知見はきっと有益に機能するはずです。

これで、今回のミステリーツアーは終わりです。
旅の途中で、何か面白い発見があったでしょうか。
お付き合いいただき、ありがとうございました。

  • *1-1
    大橋純・大橋裕子(2020)「雑談に表出する依頼と受諾 ―「です・ます」体の使い分けと、自然会話を素材とする教材への応用の視点から―」宇佐美まゆみ編『日本語の自然会話分析 第4章』くろしお出版
  • *1-2
    南雅彦(2020)「談話のインタラクションと言語発達 ―比較文化心理学の視点から―」宇佐美まゆみ編『日本語の自然会話分析 第11章』くろしお出版
  • *1-3
    宇佐美まゆみ「語用論的分析に適した『BTSJ 日本語自然会話コーパス』構築と趣旨と特徴」宇佐美まゆみ編『日本語の自然会話分析 第1章』くろしお出版
  • *2
    時本真吾(2020)『あいまいな会話はなぜ成立するのか』(岩波 科学ライブラリー 295)岩波書店

執筆者プロフィール
横内 美保子
博士。元大学教授。総合政策学部などで准教授、教授を歴任。専門は日本語学、日本語教育。 現在は社会問題をテーマとしたプレゼンテーションやレポート作成などのアカデミック・リテラシー、ビジネス・ジャパニーズなどのクラスを担当。
Webライターとしては、各種統計資料や文献などの分析に基づき、多岐にわたるテーマで執筆、関連企業に寄稿している。

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