サイト内の現在位置

ソフトウェアの生みの親、アラン・チューリングの偉大な業績と、数奇な人生

データ利活用トピックス

2021年5月31日

私たちは日々、「コンピュータ」に触れています。

産業用の機器やPCのみならず、個人用の数々の携帯デバイスたち。
それどころか、現代では家電やおもちゃにもコンピュータが組み込まれてます。

そんな身近な、コンピュータですが、その中身について、普段私たちは深く意識することはありません。
ではいったい、どのようなものなのでしょうか。


結論から言えば、コンピュータはまぎれもなく「計算機」です。
命令に従い、0と1の入力を処理し、0と1を出力する機械。
それが、コンピュータの実態です。

しかしコンピュータは、それまでの機械とは大きく異なりました。

それは、従来の機械が「ハードウェア」しか持たないことに対し、コンピュータは「ソフトウェア」を要素の一つとしているからです。

ソフトウェアのおかげで、コンピュータは「単なる計算機」から「万能の情報処理装置」となりました。


そんな重要なソフトウェアですが、では、その概念はどこで生まれたのでしょうか。
実は、ソフトウェアの起源は、機械や工学とは全く異なる領域、数学から生まれました。

現在、ソフトウェアの生みの親は、英国人の数学者、アラン・チューリングという人物とされています。*1


「チューリングという人、知ってる?」と聞いて、数学、もしくはコンピュータサイエンスを専攻された方以外で、知ってる、と即答する方はあまり多くはないかもしれませんが、コンピュータ・サイエンスの最も権威ある賞の一つ「チューリング賞」の名前の由来となっているほどの人物です。
実際、2019年には、50ポンド札の紙幣として、チューリングの肖像が選ばれました。


とはいえ、チューリングは「最初にソフトウェアそのものを作った人物」ではありません。

彼がソフトウェアの生みの親、と言われる理由は、「チューリングマシン」という架空の機械の概念を提唱したことにあります。

彼が1936年論文で提唱した「チューリングマシン」という概念は、現在のコンピュータ科学の基礎の一つとなっており、チューリングはこのマシン上で計算手順を記述できることと、計算が可能であることが同じであることを厳密に示しました。

そして、同様の研究をしていた米国の数学者である、アロンゾ・チャーチは、このチューリングマシンの概念を用いて、次の定義をしたのです。

”チューリングマシンによって、計算の手続きを記述できるものをアルゴリズムと呼ぶ”

これが、アルゴリズム、ひいては、それをコンピュータ上に実装したものである「ソフトウェア」の発見です。


一見何でもないことのように感じられるこの発見ですが、これは偉大なものでした。

17世紀のライプニッツによる、「二進法」の確立。
チューリングによる「計算可能な問題は、すべて計算できる機械(=チューリングマシン)」の創造。
そしてフォン・ノイマンらによる、電子工学の応用からのチューリングマシンの具現化。
このようにして人類は初めて、「機械による巨大な計算力」というスーパーパワーを手にしたのです。

チューリングの暗号解読

しかし、チューリングの業績を語るうえで、「チューリングマシン」と同等以上に重要なのが第二次大戦中の、ドイツ軍の暗号解読への従事です。


チューリングは1939年から、英国の外務省の依頼でドイツ軍が使っていた暗号生成機「エニグマ」の暗号解読に携わるようになりました。

チューリングの使った技法は、シンプルなものでした。

「クリブ」と呼ばれる、ドイツ軍が通信に使う定型文、例えば「前の文に続く」や「今夜の天気は」、あるいは「命令通り灯台点灯」などの、通信文に頻出の文言から、総当たりをひたすら繰り返してエニグマの「設定」を見破ろうとするものです。

ただしその組み合わせは膨大で、手動ではほとんど不可能でした。
その限界を突破するため、チューリングらは「ボンブ」と呼ばれる暗号解読デバイスを開発したのです。
かけた予算は、現在の金額で1台あたり日本円換算で約1400万円。
(終戦までに70台ほどが制作されました。)
当時の首相であるチャーチルが、情報戦の重要性を卓越した先見性で認識し、これを認めたのでした。


チューリングのこの貢献は、軍事機密である部分も多く、あまり知られていませんが、当時のイギリス首相チャーチルをして、「人類の闘争の中で、これほど多くの人がこれほど少数の人によって救われたことはない」と言わしめ、また「チューリングらによるUボート暗号の解読が、ヨーロッパでの戦争終結を2年から4年早めた」と評価をする歴史家もいます。*2

なお、チューリングは日本帝国海軍が用いていた暗号JN-25の暗号解読にも手を貸したことが分かっており、ミッドウェー海戦の敗北の原因の一つが「暗号戦での敗北」だったことを鑑みると、太平洋戦争の戦局にもチューリングは大きな影響を与えていたと見られます。*3


昔、学校で歴史の授業の際、第一次大戦と、第二次大戦は、それまでの戦争と何が違ったのか、という話を習ったことのある人は多いでしょう。

その解答は「世界大戦は、総力戦だった。」でした。

職業軍人だけが戦争にかかわる時代は終わり、世界大戦は文字通り、国の産業と頭脳が総力を結集して戦争にあたる、大きな戦争でした。

実際、チューリングのような「数学者」が、当時、戦争のために駆り出されたことには、驚きを禁じえません。
また、コンピュータのソフトウェア生みの親が、「暗号解読」に従事していたことは、コンピュータと軍事技術の関係の深さを示しています。

チューリングの後半生と自死

その偉大な業績とは裏腹に、チューリングは対人関係に難を抱えていることでも知られていました。
彼の暗号解読業務の同僚が、「チューリングは他人に理解してもらう能力がまるでない」と述べているほどです。

無神論者であり、同性愛者であり、そして変人であったチューリングは、周囲の人間たちとの協調性においてひどくかけている部分があり、特に「軍」という、巨大な組織の中では摩擦が絶えなかったようです。

さらに、戦争が終結すると、彼の業績は「軍事機密」として、抹消され、口外することも許されませんでした。そしてまた、彼自身も名声を得る努力をしませんでした。*4

このような状況から、チューリングの業績は1970年代半ばに「ウルトラ・シークレット」という書籍が当時の軍事機密を開陳するまで、広く世間の目に触れることはありませんでした。


そして、チューリングにとって決定的な事件が起きます。

1952年、チューリングの家に泥棒が入ります。
それをチューリングは、警察に通報しましたが、一方で彼は、犯人の目星もついていました。
チューリングは、ボーイフレンドを疑っていたのです。

チューリングの問い詰めによって、実際にはボーイフレンドが「手引きした」人物が犯人だったことがわかりました。

これを受けて、チューリングは事実を隠蔽しようとします。
というのも、チューリングはボーイフレンドから、「事実を公表すれば同性愛者である事実を公表する」と脅されていたからです。
驚くべきことに当時、同性愛は「犯罪」とされ、有罪となれば、投獄されるか、男性ホルモンによる薬物治療を受ける対象となりました。


とはいえ、チューリングは重度のいわゆる「コミュ障」です。
警察はすぐに、チューリングの供述と、現場の物的証拠に食い違いがあることに気づき、チューリングを尋問した結果、「ボーイフレンド」との関係を自ら暴露してしまい、逮捕されてしまいます。

戦時の功績を公表することもかなわず、同性愛者であるという理由で名誉をはく奪されたチューリング。
彼は薬物投与の治療を受けましたが、結局2年後、孤独の中で、服毒自殺します。
42歳の短い人生でした。

歴史に残るほどの功績を残した、偉大な学者の最後としては、あまりにも寂しいものです。



2014年、チューリングを主人公とした、実話に基づく映画「イミテーション・ゲーム」という映画が公開されました。
この映画は興行的に大きく成功し、アカデミー脚本賞を受賞しています。


この映画を見ると、つくづく、20世紀は戦争の時代であるとともに、「権威」と「身分」が失墜し、「理性」と「能力」が大きな力を持つようになった時代だと感じます。
(権威者が一貫して無能に描かれているので、それが、映画の主題でもあると感じます)

その象徴が、科学技術であり、チューリングたちのような卓越した頭脳が重用されたことでした。その結果が現在の「リベラリズム」なのでしょう。


名誉をはく奪されたチューリングですが、2009年には政府が正式にチューリングに対して謝罪し、2013年には正式に名誉回復がされています。

たった「70年前」の世界ですら、チューリングの人生を振り返ったとき、このような大きな価値観のギャップがある。
さて、70年後の世界はいったい、どうなっているのでしょうか。

  • *1
    参考  チューリングの計算理論入門 高岡詠子 講談社ブルーバックス
  • *2
    出典 Hinsley,F.H. The Counterfactual History of No Ultra
  • *3
    出典 チューリング 情報時代のパイオニア B・ジャック・コープランド NTT出版
  • *4
    参考 エニグマ アラン・チューリング伝 アンドルー・ホッジス 勁草書房

執筆者プロフィール
安達 裕哉
1975年東京都生まれ。筑波大学環境科学研究科修了。世界4大会計事務所の1つである、Deloitteに入社し、12年間マネジメントコンサルティングに従事。

2013年ティネクト株式会社設立。仕事、マネジメントに関するメディア「Books&Apps」(読者数月間300万人、月間PV数400万)を運営する一方、企業の現場でコンサルティング活動を行う。著書『人生がうまくいかないと感じる人のための超アウトプット入門』(河出書房新社)他多数。

  • 本ページ内の記事は、必ずしも当社の公式見解を表しているものではなく、掲載情報の正確性、有用性、確実性その他いかなる保証もするものではありません。また記載内容は掲載当時の情報となり、最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

お問い合わせ