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量子コンピュータの実現には、量子ビットの状態を正確に読み出す技術が欠かせません。超伝導体を用いた量子コンピュータ研究では、その有力候補に「分散読出し」と呼ばれる方法があります。分散読出しとは、量子ビットとLC共振器が結合した回路(図1)において、量子ビットの状態に応じて共振器の共振周波数が変化することを利用するものです(図2)。量子ビットが0状態のときと1状態のときの共振周波数の差(f0とf1の差)が読出し信号に相当するため、その差が大きいほど量子ビットの区別は容易になり、読出し精度が向上します。読出し信号の強度は、(1)量子ビットと共振器の結合を強くする、(2)量子ビットと共振器の共振周波数(図1の qubitと resonator)の差を小さくすることで大きくなります。しかし、どちらの方法も量子ビットのエネルギー緩和率が増大するという問題がありました。一方で第3の方法として、2007年に米国のイェ―ル大学の研究グループが「量子ビットの0状態と1状態よりもさらに高いエネルギーを持つ状態からの効果」を用いる方法を理論的に提案しました。この方法は、(1)、(2)の方法と異なり、量子ビットのエネルギー緩和率を増加させることなく、読出し信号を増大できますが実証されていませんでした。この方法で読出し信号の強度増大を実現するために必要となる回路のパラメータが、量子ビットの種類によっては実現困難なこと、また仮にその条件を満足できたとしても、量子ビットと共振器の結合方式によっては、その増大の度合いがさほど大きくならないことが原因と考えられます。研究チームは、この「量子ビットの高エネルギー準位状態を用いる手法」の実証に挑みました。
詳細な理論解析により、量子ビットとLC共振器をコンデンサーで介して接続すると、量子ビットの高エネルギー準位が読み出し信号の増幅に寄与することが分かっていました。そこで研究チームは、超伝導体のニオブで作製したLC共振器と超伝導体のアルミニウムで作製した磁束型量子ビットを、コンデンサーを介してお互いに結合する回路を作製しました(図3)。この回路の特徴は、量子ビットとして磁束型の量子ビットを用いていること、量子ビットと共振器の結合を、従来磁束量子ビットに対して用いられていたコイルではなく、コンデンサーを用いたことにあります。
作製した回路を用いて実験したところ、量子ビットの状態0と状態1の共振周波数の差(読出し信号)が、80メガヘルツとなりました(図4a)。高エネルギー準位からの寄与が全く無いと仮定した計算値14メガヘルツと比較すると、5倍以上も読出し信号が増大していることになります。
次に、この大きな読出し信号を用いて量子ビットを実際に読出す実験を行いました。量子ビットの状態を状態0と状態1の間で遷移させるために、量子ビットにマイクロ波パルスを照射させました。その結果、約90%の振動振幅を観測、つまり、読出し精度90%という高い値を実現しました(図4)。
今回、測定系のノイズの影響を除去するために多数回の平均値を用いて測定しています。しかし、実際の量子コンピュータを用いて計算するときは、1度の試行による量子ビットの状態を高精度に決定することが要求されます。
今後、本研究の回路にパラメトリック増幅器(※8)などの低雑音増幅器を用いることで、1度の試行による高精度読出しの実現を目指します。
K. Inomata, T. Yamamoto, P.-M. Billangeon, Y. Nakamura, and J. S. Tsai
"Large Dispersive Shift of Cavity Resonance Induced by a Superconducting Flux Qubit in the Straddling Regime"
Physical Review B Rapid Communications, 2012, doi: 10.1103/PhysRevB.86.140508
(※1) 量子ビット
量子情報の最小単位のこと。従来の情報の取扱量の最小単位としてビットを用いる一方で、量子情報では量子力学的2準位系の状態ベクトルで表現する。古典ビットは0か1かのどちらかの状態しかとることができないが、量子ビットは0と1だけでなく、0と1の状態の量子力学的重ね合わせ状態もとることができる。
(※2) エネルギー緩和率
現実の量子ビットで例えば1状態を準備すると、ノイズなどの影響により、ある確率で勝手に0状態に変化してしまう。これを"エネルギー緩和"といい、エネルギー緩和が単位時間内に起こる確率を"エネルギー緩和率"という。1状態を十分長く保つことができないと、計算を実行できないので、量子ビットの性能を表す重要なパラメータである。
(※3) 量子コンピュータ
量子力学的な重ね合わせを用いて並列性を実現する次世代のコンピュータ。ある特定の問題に対しては、現在のコンピュータでは実際上解くことが不可能な問題でも、高速に解くことができると理論上示されている。
(※5) 分散読出し
量子ビットの読出し方法の1つ。量子ビットと共振器を結合し、量子ビットの状態に応じて、共振器の共振周波数が変化することを利用する。このとき、量子ビットと共振器の共鳴エネルギー差が結合のエネルギーに比べて十分大きいことが必要。共鳴エネルギーが大きく異なるため、量子ビットと共振器は直接エネルギーのやり取りをしない。これにより量子非破壊測定が可能となる。
(※7) 1度の試行による高精度読出し
量子計算においては、量子ビットのエラーを訂正するための量子エラー訂正というスキームが知られているが、これを実現するには、1回の測定で正確に量子ビットの状態を読み出す技術が必要となる。
(※8) パラメトリック増幅器
ある共振回路において、コイルやコンデンサーなどの回路パラメータを共振周波数の2倍の周波数で変調したときに起こる「パラメータ共振」という現象を利用した増幅器。位相敏感な増幅器を実現することができ、普通の増幅器では、決して到達できない低雑音特性を実現できる。
ωqubitとwresonatorはそれぞれ量子ビットとLC共振器の共振周波数を表す。
共振器に照射したマイクロ波と振幅の周波数応答の関係。共振器の共振周波数では、振幅が最少となる(f0、f1)。量子ビットの状態によって共振器の共振周波数が変化することを利用して、量子ビットの状態を判別する。
(a)LC共振器の全体像
(b)磁束量子ビットの部分の拡大図
(c)磁束量子ビットの電子顕微鏡写真
室温にあるマイクロ波発生器を用いて、入力ポートからマイクロ波を入力(照射)し、その反射波を、再び室温まで戻して計測器(図中では省略)で計測し、量子ビットの状態読出し信号を得る。そして、制御ポートからのマイクロ波の入力によって0状態や1状態を遷移させ、それらをきちんと読み出しできるかどうか確認する。
(a)マイクロ波の振幅の周波数応答
量子ビットが1状態のとき(赤線)と、量子ビットが0状態のとき(青線)の共振器の共振周波数が80メガヘルツ程度変化している。
(b)0状態と1状態の間を振動する様子
縦軸の値が0.0(1.0)のとき、量子ビットの状態が0(1)であることを表す。約90%の振動振幅を観測、つまり精度90%のビット読出しを実現したことを示している。