
マネジメントフォーラム2019 in 広島の講演会にて、マツダ株式会社前田氏よりご講演をいただきました。
マツダ株式会社 常務執行役員 前田 育男 氏
<講師ご紹介>
1959年 広島県出身、京都工芸繊維大学卒業後、1982年東洋工業(現マツダ)に入社。チーフデザイナーとしてロータリーエンジン搭載の「RX‐8」や、ワールド・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した3代目「デミオ」を手がけられる。2009年デザイン本部長就任、マツダブランドの全体を貫くデザインコンセプト「魂動」を立ち上げ、 多くのデザインアワードを受賞される。2016年から常務執行役員デザイン・ブランドスタイルを担当され、現在に至る。趣味はモータースポーツで、国際C級ライセンスを保有。
著書に「デザインが日本を変える ~日本人の美意識を取り戻す~」(光文社新書)がある。
●自動車120年の歴史の分岐点
クルマの価値をどう進化させていくのか?それによっては将来層が大きく変わっていくことになる。2015年、メルセデス-ベンツはクルマの未来の姿を覗かせる自動運転の動画を作成、その映像を紹介された。そこにはドライバーが不在で、快適な移動空間がある未来のクルマの姿があった。
自動車や自転車、バス、電車など、全ての交通手段を単なる移動手段としてではなく一つのサービスとして捉え、シームレスにつなぐ新たな移動の概念を指すMaaS(トヨタが2018年発表した新しい交通システムの提案)や最近の自動車業界の最大関心事であるCASE(Connected、Autonomous、shared、Electric)を紹介いただき、クルマを運転しなくなる、所有しなくなるという今までになかった価値の変化について説明された。クルマの目指す将来像は2つあり、①究極に安楽な移動手段、②人が使う道具として究極の姿であり、今まさに岐路に立たされている。マツダは②を選択している。
●カーデザインの進化(過去~現在)
1886年、馬のいない馬車からクルマが生まれ、その価値は人々の欲求によって様々に進化し、カタチを変えてきた。
1930年代後半、「楽に快適に」ということを目的にアメリカでスタウトスカラブが世界初のミニバンとして登場した。しかし高い、醜い(美しくない)ということで販売台数は伸びなかった。日本では1966年マツダがボンゴを出し、ミニバンの走りとなる。その後クルマは世界各国で独自の進化を遂げてきており、究極は前出の映像にあったメルセデス(リビングがそのまま移動)というものになる。
「手軽に安く」ということで、1908年T型フォードが世界初の大量生産車として登場した。この時のアメリカでのシェアは約6割を占めた。現在、マーケットは新興国にシフトしており、とりわけ、全欧で1770万台の需要に対し、中国だけで2800万台にも及ぶ。世界一安いクルマはTata(インド)のNanoで22万円、日本ではダイハツのミラが77万円であり、日本で生産する限りこれ以上下げられないのが現状である。
「速く」という点においては、空力性能の追求となり、1938年のW125レコードヴァーゲンが432.7Km/hで未だに破られていない公道での最高速となっている。2014年にポルシェ919ハイブリッドが空気抵抗だけでなく、総合的な空力開発(エンジン冷却やダウンフォース(地面に押さえつける力など)を行った。ラ・フェラーリは総合的な制御技術であるアクティブエアロを導入していた。
「美しく」という点では、美しさを極めた2つのカーデザインルネッサンスがあった。まずは1930年代フランスの流線型の時代(アール・デコやアールヌーボーなどのデザイン様式)であり、世界で一番美しいとされるクルマ(1935タルボット・ラゴT150、1939年デラヘイ・タイプ165)などがある。次に1950年代イタリアのカロッツェリアスタイル最盛期であり、カーデザインの黄金期と呼ばれている。1954年アルファロメオB.A.T.7、1955年ディスコ・ヴォランテ、1966年ランボルギーニ・ミウラなどがそれにあたる。カーデザインは国ごとの"美しさ"の解釈によって固有の進化を遂げていき、「美への憧れ」が芸術・工芸作品のような美しさを創った。私見ではあるが、現代のカーデザインは、この時代を超えられていないと感じる。
●カーデザインの危機
今後カーデザインは危機に直面すると考えられる。それはCASEという考え方により、クルマを運転しなくなる・所有しなくなるということがトレンドになることによる。カーデザインの進化(変化)は「走らせる道具」としてのパッケージングが不要つまり自動運転によるドライバー不要により、「走るモノ(動体物)」としての骨格が失われることである。走るモノには理想的な「美」の比率(黄金比)があり、ユニバーサルなデジタルデザインツールの普及により黄金比を考慮しないデザインが簡単に創れてしまう=簡単なデザインが生まれてしまうということになる。例えば究極で言えばリビングにタイヤを付けただけのようなデザインがもっとも快適空間だけを考えたデザインであり、このトレンドは決してカーデザインを進化させないと考える。マツダはクルマが、人が操る道具として究極の姿・美しさを追求したいと考えている。
●CAR AS ART
CAR AS ART(クルマはアート)。マツダのスローガンであり、クルマをアートといえる美しさで作り上げたいという思いを熱く語っていただいた。前田氏は10年前にデザインリーダーに就任、それまではフォード出身の外国人であり、久々の日本人プロパー誕生であった。まず前田氏は、「マツダらしさって何?」と原点に帰った。もの創りの本質を知るということはデザイン哲学を持つということであり、デザインとは企業の思想/哲学をカタチにしたものであると論じる。マツダのクルマ哲学は「人馬一体」つまり意思・血の通った関係でありたい、また人との一体感を得られる愛馬のような"生きた存在"でありたい=生命感を与えるということである。これがマツダデザイン哲学「魂動 KODO」である。
クルマに命を与える。それがマツダのデザインであり、その思いをカタチに換えるためにまず原理を知る、その後御神体を創る。例えばチーターの動きが美しいのはなぜか。それは背骨があり一本軸が通っているからであり、ブレない、動きの連続性があるということである。その動きを具象化し、「御神体(魂動原理モデル=デザイン哲学を3D化したもの)」を創り上げていくということを行っている。こうやって創られた実質の1号機がアテンザである。まさに「One and Only」のデザインアプローチであり、アート活動主体のプロセス(商業デザイン⇒芸術活動)を実現している。
また、これらの活動を実現させるためには「プロセス革新」が必須となる。通常はデザイン開発に17か月、設計/精算準備期間に15か月の計32か月掛かる。この期間を効率化してしまうとアートに仕上げることが出来なくなる。そのために開発に入る前の仕込みの部分に相当のエネルギーを掛けている。
マツダは手創りにも拘る。例えばロードスターはゼロからデジタルでは創れない複雑な面構成となっている。手間を掛ける=味わいとなり、効率化からはこの味わいは生まれない。
●ブランドスタイルへの取組み
マツダではブランドスタイル(様式)への取組みにも尽力している。
●更なる高みへ
2016年から新たな世代に入り、マツダは世界のトップデザインブランドを目指して行った。マツダしか持ち得ないターゲット(スローガン)を設定、日本を代表する意識と日本固有の美意識の具現化、世界一を決める場に挑戦などである。
世界で最も「美しいクルマ」を創るということで、次の2つを目標においた。
①アーティスティックな光の動きで生命感を表現⇒RX-VISION
②日本を意識する(「日本古来の美意識」を体現する)⇒VISION-COUPE
特にVISION-COUPEでは手業とデジタルクリエーションの共創を2年間やり続け、結果、世界の頂点へと近づいた。次のような世界的な賞を受賞することとなった。
①"世界で最も美しいクルマ"大賞(The most Beautiful car of the year)欧州ブランド以外で初受賞
② "世界で最も美しいクルマ"コンクール(Villa d'Este 2015 5/25-27)主催者からVISION-COUPEの出展依頼
まさにアートといえる領域に近づいたのではなかろうか。
こうしたブランドスタイルの取組みはプロダクトに継承されている。MAZDA3やCX30がそうだ。
●自動車120年の歴史へのリスペクト
日本と欧州とでは自動車の歴史についての認識が異なるようである。
日本:100年もたったのだから、もう変わらなきゃ⇒モビリティー化
欧州:100年も続いたヒリテージなんだから大事にしたい⇒クルマ文化
マツダは技術イノベーションだけで未来は創れない、まだまだカーデザインで出来ることは沢山あると考える。
●最後に
クルマは"人を感動させる美しい道具”で有り続けたい、そしてそんなクルマは日本の景色をもっと美しくするであろう。
前田氏は最後にこう締めくくった。「美しさには力がある。今、イノベーションが必要なのは、日本の工業デザインであり、デザイン後進国日本からの脱却を推進しなければならない」と。