
企業にとって人材は大きな宝。現在のカープの礎を築いた5年間の監督経験から学んだ「強い組織作りに不可欠な人材育成・人材発掘」についてお話しいただいた。
広島東洋カープ前監督 野球評論家
野村 謙二郎 氏
<プロフィール>
トリプルスリー(3割、30本、30盗塁)、2000本安打達成など、広島東洋カープのチームリーダーとして活躍。監督としてはチームを16年ぶりに2年連続Aクラスへ導いた。
【略歴】
タレント 上田 まりえ 氏
●特性を見て指導していくことの大切さ
司会の方からすばらしい紹介をしていただきましたが、簡単にいうと“カープが弱いときの監督“です(笑)。私はこの3月まで広島大学大学院で「身体特性に基づいたコーチング」について研究してきました。
(会場に向けて)ちょっと皆さん肩を回してみてください。はい、ありがとうございます。今、私は肩を「前に回ししてください」「後ろに回してください」とは言いませんでした。でも、自然に後ろに回す人、前に回す人と2パターンが見られました。それが正に皆さんの身体特性ですね。このように身体特性は個々に存在し、それに合わせて指導方法を変えていくということを研究してきました。
分かりやすい例でいうとイチロー選手と松井秀喜選手の打撃の違いです。イチロー選手は踏み出した右足に体重をのせて打ちます。反対に松井選手は左足に体重を残したままスイングをします。この違いは身体特性の違いによるものです。しかし、例えば少年野球のコーチが「君は身体が大きいし左打ちだから松井選手みたいに打とう」、とか「君は足も速いし線が細いからイチロー選手みたいに打とう」と指導したします。ところが身体の大きな小学生は、本当はイチロー選手タイプ(身体特性)だったとします。そうするとその選手は、指導された通りにすると打ちにくい。その子はだんだん嫌になってきて野球を辞めてしまうかもしれません。その逆でも同じことが起こり得ます。そこで「選手の特性を見て指導していく」ということが必要になるわけです。
●人を見て接し方を工夫
ここにいらっしゃる皆さんも、今の時代の考え方や新しいことに困惑されていることもあるかもしれません。自分たちのように「叱られてきた年代」とは違い、叱りづらい時代になってきたじゃないですか。現役時代の私は叱られてきてある程度成績を残せてきたので、監督になった時は“自分が指導されたようにやれば選手も絶対に上手になる”という勝手な思い込みもありましたね…。5年間監督をやらせていただきましたが、やはり指導方法や選手とのコミュニケーションの取り方については多くを学びました。
皆さんご存知だと思いますが、監督は試合前の練習を見て声がけをします。例えばA、B、Cの打者3人がバッティング練習しています。Aくんに「今日すごく調子がいいね。2、3本(ヒット)いけるんじゃないの?」と声がけをしたら、「ありがとうございます。打てるような感じになってきました。がんばります」と返してくれます。ところが同じようにBくんに「おっ調子が良さそうだな」と声をかけると、Bくんは「そうっすか。普通です。いつも通りです」と返してきます。正直腹が立ちます(笑)。でもそこで怒ってはいけません。そしてCくん。たまたま声をかけるのを忘れてしまったのです。そうすると彼はバッティング練習が終わった後、私の後ろを行ったり来たりしているのです。声をかけて欲しかったのです。(監督、私のバッティング見てくれましたか? どうでしたか?)と不安なわけです。このA、B、C 3選手への声がけの仕方は一緒じゃないなと指導しながら感じましたね。
(聞き手:上田まりえ氏 以下同じ)― 私も会社員だった経験があるので分かるのですが、上司が見てくれているってことはすごく励みになりますね。
我々の時代は「見て覚えろ」という時代だったので、“そこまで手取り足取り教えて、もし指導者がいなくなったとき、その人はどうしてひとり立ちするのか”というジレンマはありました。今はプロ野球選手の雰囲気も我々からすると変わってきている。でも彼らからすると普通なんですよね。皆さん、「お前、そんなことも習っていないのか」と言ったことのある人は気をつけてください。今の子は「習っていません」と言います。文科省の指導要領も変わり、自分たちの時代には習っていたとしても、習ってないことがあるのですから。その辺に気をつけて声がけをしてあげてください。
― 「自分の当たり前」は「他人の当たり前」じゃないって、意外と見落としがちですよね。自分の成功体験を伝えることで良くなって欲しいという気持ちが指導者にはあると思うのですが?
私も指導者の1年目に「ああ、自分の成功体験は伝わらない」と感じ、「自分の失敗談」を伝えるようにしました。「私はこんな失敗をしてきたから、君には同じ失敗して欲しくないんだ」と。他のコーチにもお願いして指導方法を変えていきました。成功談ではなく「私ももうちょっとこうしていたら打率を残せたな」「自分の性格がこうじゃなかったらもっとしぶとい選手になれたんだけど」というと聞いてくれます。伝え方を変えるだけで聞く耳を持ってもらえる。伝え方というのは非常に大事だと思います。さらにフランクな関係を築くことに注力しました。ユニフォームを着ていないときはフランクな関係でいいんじゃないか?と、選手と食事やお酒を飲みに行く機会も増やしました。
●発想・やり方を変えることを恐れない
― そして監督5年目には「変化を恐れない」ということを選手におっしゃったとか?
自分でずっとやってきて、なかなかうまくいかなかったことに対して、発想を変えてトライしようということを話しました。例えば、打てないのであればバットをおいてランニングするとか、一生懸命守備練習をしてみる。バットを振ることによって「自分は練習している」という自己暗示をかけるのではなくて、「バットを振ることに飢える」という練習方法もあるわけです。
― 選手だったときと監督になられてからは、試合に臨むアプローチとかマインドは違うと思うのですが。
選手は自分のことだけ考えていればいいですから。監督になると、選手だけではなくて、スタッフの方たちの表情などをしっかり自分の頭の中に入れていかなくてはなりません。野球というのは「走攻守」っていいますが、そのポジションすべてにコーチがいるわけです。それぞれのコーチとのコミュニケーションには気を使いました。
― 連敗しているときってものすごく暗く見えるのですが(笑)、ああいうときは?
私も大型連敗の経験があるのですが、ああいうときは何をしてもダメです。解決策は見つからない。監督をやっているときにマツダスタジアムで連敗していました。そのときにスタンドから私の心を読んだようなヤジが飛んだんですよ。「お前が考えている反対をやれ」って(笑)。ファンの方に心を読まれているようじゃダメだなと思ったことを覚えています。
そんなときに選手にきびしい練習を課しても、これは全くどうしようもない。やることはひとつ。元気を出す、声を出すしかないです。「大丈夫!」とかポジティブな声を出していくしかない。野手だけでなくて投手も「5点差あってもひっくり返されるんじゃないか」と皆考えている。だからその中でつとめて明るく声を出すというのが一番の薬じゃないかと思います。
― そんな中、状況を変えていくリーダーの育て方についてお聞かせください。
現場でリーダーになっていく人は、やはりゲームの中で結果を出す人。最初は黙っているのですが、こうしたら勝てる、負けるというのがだんだん分かってきて、自信を深めて発言するようになる。そしてそのリーダーをサポートする人が必要です。リーダーを支える人が何人かいるチームは強いと思います。リーダーに対しては監督としてよく叱りましたね。試合に負けているのに、ベンチの中で笑っているような選手がいたとします。私はリーダーに「なんで君が彼らに注意できないのか。こんなに試合に負けていて劣勢なのに」というのです。すると皆がピーンとしますね。もしリーダーが打てなくて下を向いていたら、「打てなくてもいいじゃない、皆君を見ているんだよ」と。
●「仲間はずれ」を作らないこと
― 組織をまとめ上げていくのは大変なことですね。一番大事だと思うことは?
「仲間はずれ」を作らないことですかね。何度誘っても「私はいいです」という選手には声をかけ続けました。そういう選手って、こちらに入ってきづらい壁みたいなものを持っているんですね。それを1回打破するとみんな入ってきてくれます。入ってきて欲しいし、いいチームを作るために仲間はずれを作っちゃいけない、決して「あいつは来なくていい」ということはしなかったです。
― 最後に会場の皆様にひと言お願いいたします。
明日球場に行かれる方は、ぜひ球場の雰囲気を楽しんでいただけたらと思います。私は日本一の球場だと思っています。本日はありがとうございました。