2019年度 ユーザー事例論文 受賞者インタビュー
最優秀賞 園田 貴之 氏

  • 受賞者紹介
    ディープラーニングを応用した
    コイル緩衝材欠落検知技術の開発と実用化

    園田 貴之 氏
    日本製鉄(株)名古屋製鉄所 設備部 制御技術室 主査

  • 論文の概要
    日本製鉄は、あらゆる産業用の鉄鋼製品の製造・供給を行っているが、名古屋製鉄所では自動車用鋼板が8割を占めている。この薄板製品はコイル状に巻き取られ、製品倉庫に緩衝材を挟んで段積み保管され、自動クレーンで受け入れや出庫作業を行っている。これまでは緩衝材が欠落しても察知が難しく、製品にキズが発生するケースもあった。
    そこで、コイル上の緩衝材の欠落を検知する技術開発に取り組んだ。具体的には、クレーン機上に設置したカメラの画像を、ディープラーニングによる機械学習にて学習させ、異常を検知するシステムを実用化。2019年3月より運用を始め、欠落の定量的監視を実現した。
  • インタビュー

    ―― 自動車用鋼板の製品倉庫では、入庫、配置換え、出庫作業において、どのような課題がありましたか。

    当社では、コイルと呼ばれる鋼板をロール状にしたものを製品として倉庫に保管しています。製品倉庫では設置スペースを有効活用するため、緩衝材を介して段積みを行い、自動クレーンによる入庫・配置替え・出庫作業を行っています。ところが、稀に緩衝材が落下するケースがあります。緩衝材が無い状態でコイルが段積みされると、コイル同士の接触によってキズが発生してしまいます。直近には、頻繁な配置替えが行われ、この問題が顕在化していました。作業中に緩衝材が無い状態を検知すると、一旦クレーンを停止し、緩衝材を再配置する操業が必要になります。
    そこで、コイルを配置する前に緩衝材の有無を自動検知するシステムの実現が課題であると考えました。


    ―― 課題解決のため、システム開発ではどのような目標を立て、どのような方法で解決しようと考えましたか。

    緩衝材の有無を自動検知するシステムを実現しても、精度よく判別できれば良いのですが、実際には過検出や未検出もあり得ると想定しました。過検出の場合はクレーンを無駄に停止させることになり、生産性の低下に繋がります。そこで、1日あたりに許容できるクレーン停止の範囲内で、未検出をゼロにすることを目標としました。
    この目標を実現するには、緩衝材有無を判別する精度の良い測定方法が必要となります。ところが、クレーンから対象までの距離は遠く、精度の良い判定は難しいのが実情です。そこで、離れた距離でも緩衝材の特徴を多く得るのに有効である「カメラ」と「画像処理」による手法を適用しようと考えました。


    ―― ブレークスルーとなる技術をどう見つけ、どのような工夫をしましたか。

    まずはカメラをクレーン上に設置して事前撮像テストを実施しました。しかし、カメラから判別対象までの距離や緩衝材の光沢の違い、梱包の違い、倉庫内の明るさの違いなど、あらゆる条件に対応した画像処理を構築するにはあまりにも時間がかかり複雑であるため、当初は実現が難しいと考えました。
    そんな中、画像認識技術の一つで、近年では人の判別能力を超えるまでになったディープラーニングに着目しました。このディープラーニングに関して高い技術を持つNECとタイアップし、どう応用するかを検討しました。


    ―― 実用化に向け、システム的に工夫した点、導入時に工夫した点などを紹介してください。

    実用化においては、システム面と性能面で工夫しました。まずシステム面についてですが、今回の実機導入の対象クレーンは6つあるため、装置を個々に配置すると装置規模が大きくなり、設備の維持管理の面でも不利だと考えました。そのため、各クレーンに設置したカメラ映像を1つの場所に送信し、1台のサーバーで集約処理する方法を採用しました。また、クレーン上と地上の間は無線通信化することで、より低コストでの実機システム構築を実現しました。
    次に性能面についてですが、高精度な判別を実現するためには大量の学習データが必要となります。しかし、特に緩衝材無しの画像データは出現頻度が少ないため、収集に苦戦しました。そこで、緩衝材有りのデータから緩衝材無しの画像データを人工生成することで、データ収集を効率化することに成功しました。また、ディープラーニングに入力する画像に対し、不要な領域をカットする前処理を実装することで、より少ない枚数で高い性能を発揮する仕組みを実現しました。


    ―― 導入後の成果、これからの改善点について教えてください。

    導入直後は想定外の外乱もあり、5割程度の検出率しか発揮できませんでしたが、分析を繰り返して判別モデルを改良し、現在では8割以上の「緩衝材無し」を検出できるようになりました。過検出も1日に数回以下になるまでレベルアップできています。これによって、「緩衝材無し」を定量的に把握し、管理することができるようになりました。


    ―― 論文執筆のきっかけと実際に書かれた感想をお聞かせください。

    この取り組みは、事業所ローカルな取り組みということもあって、まとめたり紹介したりする機会がありませんでしたが、タイアップさせていただいたNECや上司からの薦めが執筆するきっかけとなりました。
    執筆にあたっては、論文のストーリー通りに実際の検討も進めていたため、思いのほかスムーズに書くことができました。また、論文執筆を通して取り組みを形として残すことができ、それを同僚や関係者と共有化できた点は非常に有意義であると感じています。


    ―― 受賞の感想や周囲の評価、今回の経験で得たものについて教えてください。

    今回、大変名誉な賞をいただくことができ光栄です。社内外問わず、実用化までたどり着いた点を非常に多くの方々に評価していただきました。今回導入したディープラーニングは、世界中のさまざまな分野での活用が進んでいますが、実際にはなかなか運用までたどりつけないケースが多々あると思います。
    今回もただ単に適用するだけでは上手くいかなかったと思います。ですが、学習方法や学習の仕組み、設備立ち上げの方法をプロジェクトのチーム全員で良く考え、工夫したことが実用化に至った最も重要なポイントであったと思いますし、それが最大の収穫だと思っています。