文学散歩

第34回 『菊池寛』  ゆかりの地 香川県高松市

菊池寛ゆかりの地 香川県高松市を訪ねて。
散歩した人:トモニシステムサービス株式会社 村尾章子さん

現代文壇の礎を築いた菊池寛の故郷、高松市へ

家族を捨てた放蕩者の父親と家族との愛憎を描いた戯曲「父帰る」や、豊富な財力と美貌で男を弄ぶ妖婦を描いた小説「真珠夫人」などの人気作品で知られる文学者であるとともに、文藝春秋社を立ち上げ「芥川賞」「直木賞」を創設、大映の初代社長を務めた事業家としても知られる菊池寛。今回の文学散歩は、文壇に大きな功績を残した寛の故郷、香川県高松市を歩きます。一緒に歩いてくれたのは、徳島銀行・香川銀行・大正銀行を傘下に置くトモニホールディングス株式会社のグループ会社、トモニシステムサービス株式会社に勤める村尾章子さんです。現在、高松市内にお住まいの村尾さんは「菊池寛さんの名前は知っていましたが、作品や生い立ちについてはあまりわからないので、この機会にいろいろ学びたいと思います」と文学散歩への期待を話してくれました。

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写真左:高松城址 写真中央:JR高松駅 写真右:高松港から望む瀬戸内海

菊池寛の残した足跡と「芥川賞」「直木賞」全受賞者の資料を展示

最初に訪問したのは、菊池寛記念館です。1992年に開館したこの記念館には、寛の人となりや文学者としての功績を示す映像や写真、生原稿、遺品などの資料が数多く展示されています。また、寛が創設し現代の文壇に大きな影響を与えた「芥川賞」「直木賞」に関する資料も展示されています。両文学賞の全受賞者の資料が一カ所に展示されているのは、全国でもこの記念館だけだそうです。記念館を訪問し、寛にまつわる展示資料や逸話を見聞した村尾さんは「菊池寛さんは写真で見ると怖そうですが、“私の結婚は、私の生涯に於て成功したもののひとつである”とおっしゃるほど、とても家族思いの方だとわかり、親近感がわきました」と感想を話してくれました。

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菊池寛記念館、写真中央は再現された寛の書斎、写真右は「芥川賞」「直木賞」歴代受賞者の展示スペース

高松市の中心部を貫く“菊池寛通り”を歩く

高松市の中心部に位置する天神前(旧香川郡高松七番丁)は、寛の生家があった場所で、ここに面する道路は現在“菊池寛通り”と呼ばれています。残念ながら生家は残っていませんが、通りを隔てた向かい側にある高松市立中央公園内には「菊池寛 生家の跡」と記された顕彰碑があります。碑には寛が座右の銘としていた「不實心不成事 不虚心不知事(実心ならざれば事成さず 虚心ならざれば事知らず)」という言葉が刻まれています。公園内には、他にも代表作「父帰る」の一文が刻まれた文学碑と、寛の銅像があります。「この場所に生家があったのですから、きっと今“菊池寛通り”と呼ばれている道や、この公園の敷地も、菊池寛さんが歩かれたのでしょうね。時を経て、同じ場所に立っていることに感慨を覚えます」と村尾さん。
菊池寛通りを東へ向かうと歩道の一角に「父帰る」の一場面を表した銅像がありました。放蕩者の父親、それに反発する長男、落ちぶれて帰宅した夫を労る母親、父親と長男の板挟みとなって心を痛める次男と妹の姿が表現されており、一見の価値がある銅像です。「数年前『父帰る』を題材とした演劇を観る機会がありました。原作は読んでいないのですが、家族の愛を描いた演劇はとても心に響くものがありました」と村尾さんは「父帰る」に関するエピソードを話します。

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写真左:菊池寛の銅像 写真中央:生家跡を記した顕彰碑と文学碑 写真右:「父帰る」の像

 

同郷を見極める謎かけの題材となった北向天神

次に向かったのは、片原町西部商店街にある高松市内で最も古い神社、華下天満宮です。ここは国司として讃岐へ赴任した菅原道真が、大宰府で亡くなったときに創建された神社です。その後、高松藩主生駒親正の時代に現在の地へ改築されたとき、高松城の守り神とするべく入口を北に向けたことから、通称「北向天神」と呼ばれるようになりました。文学者として名を成し、東京で暮らしていた寛のもとには、同郷だと騙って金の無心に来る輩が絶えなかったそうです。その際、寛は「華下天神はどちらを向いていたかな?」と質問することで、同郷かどうか見分けたという逸話が残っています。かつて345坪あまりもあった境内も、戦争で全焼し現在は商店街の路地裏に小さな社殿が残るのみ。それでも地元の人たちから「古天神さん」「北向天神」と呼ばれ、親しまれています。「こんな商店街の路地裏に天神さまがあるなんて、気付きませんでした。学問の神さまですから、子どもが大きくなったらお参りに来たいと思います」と村尾さん。

文学散歩を終えた村尾さんは、「菊池寛さんゆかりの地を、初めてじっくり歩きました。住み慣れているはずの高松市ですが、普段行くことのない場所を歩くことができ、良い気分転換になりました」と感想を話してくれました。

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写真左:菊池寛通り沿いにある中央公園 写真中央・右:路地裏にひっそり立つ華下天満宮

 

(2016年7月1日掲載)

作品紹介

『ちくま日本文学027 菊池寛』菊池寛著

「涙の谷」に住む生活者に一条の光明を与える物語。収録作品は「三浦右衛門の最後」「忠直卿行状記」「藤十郎の恋」「入れ札」「島原心中」「恩讐の彼方に」「仇討禁止令」「屋上の狂人」「父帰る」他。【解説:井上ひさし】

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今回の散歩道

菊池寛記念館→高松市立中央公園→華下天満宮

<所要時間:約2時間>

菊地寛記念館

高松出身で『父帰る』や『真珠婦人』などの作品で知られる小説家菊池寛の功績と、その生涯を紹介するメモリアルミュージアム。平成4年(1992)創立。自筆原稿や愛用品、書斎、戯曲舞台模型などの推定復元や数多くの遺品・実物資料が展示され、その生涯と実績を映像・グラフィックで辿ることができる。また菊池寛が創設した「芥川賞」「直木賞」の全貌を展示と映像で紹介している。この他にも、大藪春彦、西村望、村山籌子の資料を展示した郷土ゆかりの作家コーナーや、7000冊にもおよぶ菊池寛の蔵書を閲覧できる研究閲覧室も併設されている。

高松市立中央公園

高松の市街地の中心部に位置し、県庁、市役所、高校、商店街が集積する政治・文化・商業の中心地にある、市を代表する都市公園。市民参加による「緑にあふれ、季節感があり、気軽に楽しめる公園」を基本に整備を進め、外周を樹林でかこみ、中央部に芝生広場(自由広場)を配した公園となっている。年間を通して数々のイベントが行われており、中でも春のフラワーフェティバル&交通安全フェア、夏の高松まつり、冬のまつりには大変なにぎわいをみせている。

華下天満宮

高松市百間町にある市内で最も古い神社である。同市内にある中野天満神社より古いことから「古天神さん」や、神社としては珍しく社殿が北向きであることから「北向天神」あるいは単に「天神さん」とも呼ばれ、高松市民に親しまれている。

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菊池寛記念館

 

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