- NUA WORLDトップ
- 文学散歩
- 第28回 「アブラクサスの祭」 ゆかりの地 福島県・三春町
文学散歩


東北の小さな町の寺に勤める僧の浄念は、躁鬱に苦しみつつ薬と酒の力を借りて法要をこなす日々を送っていた。生きることの苦しみと向き合う浄念が求めたのは、学生時代にのめり込んだロックのライブを地元で開催することだった。
今回の文学散歩のテーマは、芥川賞作家玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)氏の作品で映画化もされた『アブラクサスの祭』です。玄侑氏が住職を勤める福聚寺(ふくじゅうじ)があり、映画のロケ地にもなった福島県田村郡三春町を歩きます。一緒に歩いてくださったのは、福島市に本社を置く東邦情報システムの角田麻美さんです。旅行が趣味という角田さんは「今年の春、十何年ぶりに滝桜を鑑賞するために三春を訪れました。ちょうど満開の時期で横に広がるどっしりした佇まいが見事でした」と三春の思い出を話してくれました。三春は樹齢千年を超える天然記念物の滝桜を筆頭に1万本の桜が町を彩る“桜の町”です。そんな三春の、桜だけではない魅力を探して歩きました。
最初に訪問したのは、藩講所明徳堂表門です。高台にある三春小学校へ続く石段の中腹に設置された立派な御門。これは天明期(1700年代後半)に、学問を重んじた三春藩の七代藩主が創設した藩講所「明徳堂」の表門です。華美な装飾を排した質実剛健な藩風を表す建造物は大変貴重なもので、町の指定有形文化財に指定されています。
続いて、永正元年(1504年)に築城されたという三春城の跡地にある城山公園へ。三春城跡へ向かう道はかなり傾斜がきつく、歩いて登るのは一苦労です。三春城は中世から近世にこの地を治めた大名の居城で、鶴が舞うような美しい形をしていたことから、当時は舞鶴城と呼ばれていました。今は城壁の一部しか当時の姿を残していませんが、本丸があった標高400メートル地点からは絶景が望め、これを眺めるだけでも苦労して登る価値があります。「城山公園にはたくさんの桜の木があり春になると桜色に染まると伺ったので、来年はぜひ来てみたいと思いました」と角田さん。
写真左:歴史的建造物の藩講所明徳堂表門 写真中央・右:町を見晴らす山の上にある三春城跡(城山公園)
次に訪れたのは三春町歴史民俗資料館です。三春は城下町だったこともあり、かつては鍛冶屋・塗師・提灯屋・石屋・下駄屋・桶屋・大工などを営む数多くの職人がいたそうです。館内には、当時の職人が使っていた道具などがたくさん展示されていました。「三春は、昔、豆腐屋さんだけでも100軒以上、お寺も40近くあるとても栄えた町だったと初めて知りました」と角田さんは三春の歴史に触れた感想を話します。
続いて向かったのは三春郷土人形館です。三春は、江戸の頃から木型に和紙を貼って乾燥させ、彩色して仕上げる張子人形の産地として知られています。紙製のため劣化が激しく保存が難しい張子人形ですが、郷土人形館には貴重な人形がいくつも展示されています。ほかにも馬をかたどった玩具として有名な三春駒や東北各地の土人形、こけしなどが展示されていました。
次に伺った三春町文化伝承館は、明治時代に一代で財をなした豪商吉田誠次郎氏が贅の限りを尽くして建てたお屋敷で、当時の趣を残したまま補修が加えられ、現在では無料公開されています。黒檀、紫檀、白檀、黒柿など最高級の木材を惜しみなく使った床の間や、桐の一枚板に繊細な彫刻を施した欄間、枝をアクセントにした風流な丸窓、独特の趣を感じさせる蔵屋敷など見どころがたくさんあります。和室の窓から流れるやわらかな風を感じつつ、窓外に広がる三春の自然を眺めていると落ち着いた気持ちになれます。「すべての部屋が凝ったつくりになっていて、とても素敵ですね」と角田さん。
写真左:三春の歴史がわかる三春町歴史民俗資料館 写真中央・右: 貴重な人形が展示されている三春郷土人形館
贅を凝らした数寄屋造りのお屋敷を無料公開している三春町文化伝承館
最後に向かったのは玄侑氏が住職を勤める福聚寺です。福聚寺は臨済宗のお寺で、三春を築いた田村家三代の墓所。玄侑氏はこのお寺で法要を勤めながら数々の小説やエッセイなどを執筆されています。「アブラクサスの祭」を読んだ角田さんは「馴染みのない仏教用語が出てきて難解な部分はありましたが、精神の病に苦しむ主人公を支える周りの人たちの優しさが印象的な作品でした。アブラクサスというのは神と悪魔を兼ね備えた存在で、誰しもそういう一面を持っているということが描かれています。何かに行き詰まった時でも、ありのままを受け入れて生きていけばいいというメッセージを感じました」と作品について話します。
三春を一日歩いた角田さんは「三春には歴史や伝統工芸にまつわる施設がたくさんあり、とても見どころの多い町だと思いました。また、時間のある時にゆっくり出かけたいと思います」と文学散歩の感想を話してくれました。
作家でもある玄侑宗久氏が住職を勤める福聚寺。裏手の山にある樹齢約五百年といわれるしだれ桜が名物
(2015年7月13日掲載)
作品紹介
『アブラクサスの祭』 玄侑宗久著
学生時代はロックバンドに没入していた僧の浄念。今では東北の小さな寺で躁鬱に悩まされながらも周りの人々に支えられて法要をこなす日々を送っている。地元でロックライブの祝祭を開催した浄念はステージ上で歓喜と安らぎに包まれながら、秘めていた自分自身を剥き出しにする。
発行元:新潮文庫刊
藩講所表門城山公園
三春町歴史民俗資料館
三春郷土人形館
三春町文化伝承館福聚寺
<所要時間:約3時間>
藩講所明徳堂表門
天明年間に建てられた藩講所の表門で、「明徳門」とも呼ばれる。藩主秋田氏7代倩季は、藩士子弟の教育を目的に藩講所を創設。
明徳堂と称して武家子弟の学問武芸の教授にあたった。講所廃止後は正道館などに転用されるなどしたが、昭和22年に町の教育文化を象徴する建造物として現在地に移され、三春小学校黄門として親しまれている。門は質実剛健の藩風を表し、正面には倩季直筆の扁額「堂徳明」が掲げられている。昭和39年に三春町指定有形文化財に指定された。
城山公園(三春城跡)
三春城は、永正元年(1504)に戦国大名田村義顕により築城されたと伝えられ、江戸時代には三春藩主の居城となり、別名「舞鶴城」と呼ばれた。明治維新後に建物は解体。本丸跡が公園として残っている。
三春町歴史民俗資料館
昭和58年に考古資料・民俗資料・文書資料等の三春の歴史や文化に関する資料の収集・調査、保管、公開を目的として開館した。
2階に常設展示室、企画展示室があり、1Fには自由民権記念館が併設されている。
三春郷土人形館
東北地方の郷土玩具を展示する施設として、平成2年に開館。土蔵2棟を利用した館内には、三春張子人形、三春駒、東北地方の土人形・こけしを展示している。
これらの人形や玩具は主に東北地方の郷土玩具・郷土人形を中心に蒐集された「らっこコレクション」と呼ばれるもので、東北大学の学生故・中井淳氏が蒐集をはじめ、故・高久田脩司氏に引き継がれ、保存されてきた。
三春町文化伝承館
明治時代に生糸問屋として財をなした吉田誠次郎氏が明治28年(1895年)に自宅として建てたもの。現在は建物を修理して無料で公開されている。高級材が惜しみなく使われた数寄屋造りの母屋の内部仕上げが見事である。
福聚寺
暦応2(1339)年、田村輝定により創建された田村家の菩提寺。6世紀初めに田村義顕が三春へ居城した際、現在の場所に移った。
寺の裏手の高台に、田村氏三代の墓所があり、町の史跡に指定されている。福島県指定文化財の「田村氏掟書」のほか。田村三十三観音の第2番札所となる十一面観音像や、戦国時代の画僧雪村周継筆の達磨図など多くの文化財を所蔵。山門右方奥には樹齢約470年の枝垂れ桜があり町の桜の名所の1つとなっている。