文学散歩

第15回 黒部の太陽 ゆかりの地 富山県・中新川郡立山町

歴史に刻まれた“世紀の大事業”を描いた「黒部の太陽」ゆかりの地を訪ねて
散歩した人:株式会社ホクタテ(立山国際ホテル) 高橋勉さん

北アルプスの山々に抱かれた日本一の高さを誇る黒部ダム

張り詰めた弓のごとく美しいアーチを描く堰堤。陽を浴びて光を放つ湖面。轟音を立て渓谷に虹をかける大放水、急峻な北アルプスの山々に抱かれた黒部ダムは、7年の歳月と513億円の工費、延べ1,000万人の人手により、昭和38年6月に完成しました。困難を極めた工事の記録は「黒部の太陽」として小説や映画、テレビドラマに描かれました。

今回、「黒部の太陽」ゆかりの地を一緒に歩いてくださったのは、株式会社ホクタテの高橋勉さんです。現在、高橋さんは、同社の関連会社である立山国際ホテルで執行役員社長室長として勤務されています。登山が趣味の高橋さんですが、黒部ダムを訪れるのは10数年振りとのこと。「私にとって登山の喜びとは、山の上に立たなければ見ることのできない風景との出会いにあります。黒部に立つと、ホテルから見える立山とは異なる表情を眺めることができ、楽しいですね」と、高橋さんは黒部ダムを囲む山々に目を細めながら、話してくれました。

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3000メートル級の山々に囲まれ、絶景のパノラマを楽しめる黒部ダム

“世紀の大事業”と称えられたくろよん(黒部川第四発電所)建設

「黒部の太陽」の主な舞台は、長野県大町市の上扇沢地区から北アルプスを貫いて黒部川御前沢へ続く、いわゆる関電トンネルの掘削工事です。人跡未踏の地にダムを築くには、莫大な量のセメントや鉄材、骨材を運び込む必要があり、その輸送路となる関電トンネルはダム開発の命運を握る最重要工区でした。昭和31年8月に始まった本坑掘削は、入口から1,600メートルの地点で重大なアクシデントに見舞われます。岩盤の中で岩が細かく割れ、地下水をため込んだ軟弱な地層「破砕帯」に遭遇したのです。切羽(掘削面の先頭箇所)は崩壊し、毎秒660リットルの地下水が大量の土砂とともに激流となって吹き出し、掘削不能な事態に陥ってしまいました。くろよん開発の関係者は、この困難に立ち向かうため持てる知識と技術を総動員、労務者は身を切られるほど冷たい湧水に打たれながら、必死の作業を続けます。そして7か月間の苦闘の末、遂に破砕帯を突破することができたのです。

苦闘の歴史が刻まれた関電トンネルを前にした高橋さんは「不可能と思われた難工事を突破できたのは、当時の関西電力社長だった太田垣士郎氏のずば抜けたリーダーシップと、現場の最前線で陣頭指揮に立った笹島信義氏らのマネジメント力が大きかったのではないかと思います。彼らの仕事にかける姿勢や熱意から学ぶことは多いですね」と話してくれました。

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くろよん建設における最難関工事となった関電トンネルは、貫通までに7か月を要した

景色を楽しみ、舌鼓を打ち、歴史を学ぶ

関電トンネル内にある黒部駅から220段の階段を上り、標高1,508メートルにある展望台へ。展望台からは、毎秒10トンを超える流量で噴き出す大放水を眺めることができます(※)。野外階段を降りた先にあるのは、大放水を間近に望む新展望広場。ここには、建設工事で刻まれた24トンダンプのタイヤ跡や労務者の足跡を再現した「ワダチ」のモニュメントが展示されていました。

次に訪れたのは、無料休憩所を備えた黒部レストハウス。2階レストランで目についたのは、「黒部ダムカレー」なるメニューです。ごはんをアーチ状の堰堤に見立て、黒部湖をカレーで表現、遊覧船に見立てたヒレカツが2つ浮いています。ホウレンソウピューレを使った緑のカレーは、ココナッツミルクのまろやかさが隠し味の本格エスニック風。「黒部ダムカレー」は、ここだけではなくご当地グルメとして、長野県大町市のレストランでも出される人気メニューだそうです。

3階にある「くろよん記念室」では、ダム建設当時の記録映画が上映されていました。記録映画を観た高橋さんは「くろよんの発電力は、最大時で約30万キロワット、一般に原子力発電は1基100万キロワットですから、現代ではさほど大きな電力量とはいえません。しかし、当時は、この電源開発が日本の未来を左右する重大プロジェクトだったわけで、くろよん開発に携わった人々は、強い使命感を感じていたのでしょうね」と感想を話してくれました。

(※)観光放水は、毎年6月26日〜10月15日の間のみ実施

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展望台からは迫力のある大放水を間近に眺められる

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くろよん建設の苦闘の跡を残すワダチのモニュメント

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ご当地グルメとして人気の高い名物「黒部カレー」

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四季折々の変化を楽しめる立山黒部アルペンルート

高橋さんは、数年前に「黒部の太陽」をご覧になり、強い印象を受けられたそうです。また、石原裕次郎が演じた岩岡のモデルとなった笹島信義氏と仕事で会う機会もあったそうで、何か不思議な縁で結ばれているのかもしれません。最後に、「黒部の太陽」ゆかりの地を歩いた感想を伺いました。

「立山黒部アルペンルートは、とても魅力的な山岳観光ルートです。特に立山からのアクセスは、ケーブルカーや高原バス、トロリーバス、ロープウェイを乗り継ぐ過程で、平野があり、山があり、緑や空気が変わる様子を満喫することができます。人跡未踏といわれた秘境を、こうして気軽に楽しめるようになったのも、くろよん開発に携わった人々のおかげだということを、今日一日、あらためて感じることができました」。

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立山黒部アルペンルートは、四季折々の自然を楽しめる

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(2012年10月31日掲載)

作品紹介

『黒部の太陽』(信濃毎日新聞社刊) 木本正次/著 

戦後の経済復興に伴う電力不足を受け、開発された黒部川第四発電所(通称くろよん)建設工事の苦闘を描いたノンフィクション・ノベル。軟弱土壌の破砕帯に遭遇、大出水に襲われ、暗礁に乗り上げる掘削工事。トンネル貫通までの苦闘と葛藤を描いた、人間ドラマの傑作。1968年には、三船敏郎、石原裕次郎主演で映画も制作され、大ヒットした。

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『黒部の太陽』
(信濃毎日新聞社刊)
木本正次/著

 

今回の散歩道

黒部ダム周辺

<所要時間:約2時間>

戦後復興期の深刻なエネルギー不足を解決するため、水力発電所の建設が提案され、建設場所に黒部峡谷にスポットが当てられました。「世紀の大事業」とうたわれたこのプロジェクトには513億が投じられ、延べ1000万人もの人手により、昭和31年から7年の歳月を経て完成しました。186mという日本一の高さを誇るこのアーチ式ダムは観光名所としても知られ、立山連峰の大自然をバックにした迫力ある姿は、たくさんの観光客を魅了しています。

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黒部ダム

 

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