文学散歩

第14回 金子みすゞ ゆかりの地 山口県・長門市

海辺の小さな町で生まれ育った童謡詩人、金子みすゞ 散歩した人:フジミツ株式会社 伊藤誠二さん

 潮の香りが漂う海辺の小さな町、山口県長門市仙崎。金子みすゞという美しいひびきの名前を持つ童謡詩人は、この町で生まれ育ちました。テレビコマーシャルで繰り返し流された「こだまでしょうか」や、小学校の教科書に載っている「わたしと小鳥とすずと」など、みすゞは、心に響く美しい詩をたくさん残しました。今回、みすゞのふるさと仙崎を一緒に歩いてくれたのは、フジミツ株式会社の伊藤誠二さんです。創業130年の歴史を持つ同社は、地元仙崎発祥の水産練製品メーカーです。伊藤さんは、商品企画や営業の仕事を経て現在は海外事業担当として働いています。文学散歩を前に、伊藤さんは「みすゞさんは、自分の気持ちを素直に表現するやさしい詩人という印象があります」と話していました。

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仙崎は、古くから漁業で栄えた町。町の中心を通る一本道が「みすゞ通り」

ふらりと歩くだけで詩の世界に触れられる「みすゞ通り」

 白塗りの壁と焼杉風の木材が懐かしい雰囲気を醸し出す仙崎駅。無人改札を抜けると駅構内に飾られた、みすゞの顔と田園風景を描いた夕焼け色のモザイク画が目に飛び込んできました。よく見ると、モザイク画は手書きのメッセージを記した蒲鉾板でつくられています。仙崎の名産品である蒲鉾の板を利用したみすゞのモザイク画は町の各所に飾られているそうです。駅前から北へ伸びる一本道は「みすゞ通り」と呼ばれており、家やお店の軒先に詩札が飾られていたり、詩碑もいたるところにあり、ふらりと歩くだけでみすゞの世界に触れることができます。

 みすゞ通りを5分ほど歩くと、「金子文英堂」の看板を掲げた風情ある本屋さんがあります。この建物は、みすゞの実家が営んでいた本屋「金子文英堂」を再現したもので、生誕百年を機にオープンした「金子みすゞ記念館」の施設です。館内は、ゆかりの品、詩、年表などが展示されており、みすゞの生涯や詩の世界を堪能することができます。

 「短い生涯の中で、512編もの詩を生み出したんですね。人だけではなく見えないものにまで共感し、その思いを素直に表現しているから、みすゞさんの詩は時代を越えて心に響くのでしょうね」と、伊藤さんは記念館を見学した感想を話してくれました。

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蒲鉾板にメッセージを書き込んだモザイクアートが町を彩っている

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みすゞが暮らした実家を再現した「金子みすゞ記念館」

代表作「大漁」をモチーフにしたモザイクアート

 記念館を後にし、みすゞ通りを進むと倉庫を利用したギャラリーがありました。扉を開けると、倉庫の壁から天井にかけて蒲鉾板2万枚を使って描かれたモザイク画が現れました。スイッチを押すと、みすゞの代表作「大漁」の詩と、たくさんのイワシの絵が暗やみに浮かび上がりました。

朝やけ小やけだ
大漁だ
大ばいわしの
大漁だ。

はまは祭りの
ようだけど
海のなかでは
何万の
いわしのとむらい
するだろう。

金子みすゞ童謡全集『わたしと小鳥とすずと』(JULA出版局より)

「海を泳ぐ魚の気持ちにまで共感する、みすゞさんの感性がストレートに伝わる印象的な作品ですね」と伊藤さん。ギャラリーから、さらに海へ向かって歩くと、みすゞの墓所である遍照寺があります。「とても小ぢんまりとしたお墓ですね。鈴も、小鳥も、私も、みんな一緒と考えるみすゞさんらしいお墓だなと感じました」 。

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暗やみに浮かび上がる蒲鉾板2万枚を使った「モザイクアート」

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みすゞの墓所である遍照寺。境内には「こころ」の詩碑が立っている

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みすゞ通りには、詩札やゆかりの場所を紹介する碑などがたくさんある。

 

龍宮のように浮かぶ仙崎の町

 仙崎の突端まで来ると、波の音さえ聞こえないほど、穏やかな海が広がっていました。漁港から伸びる青海大橋を渡り、対岸の青海島へ。島端にある王子山公園の展望台に登り、仙崎の町を眺めます。青く澄んだ空、鳴き声を響かせ舞うトンビ、やわらかな潮風、魚たちが群れ泳ぐ海、その真ん中に、銀色に光る瓦屋根が並ぶ仙崎の町。みすゞは、この場所に立ち「王子山」という詩を詠みました。詩の中でみすゞが描いた「木の間に光る銀の海、/わたしの町はそのなかに、/龍宮みたいに浮かんでる。」(金子みすゞ童謡集『明るいほうへ』JULA出版局)という一節を、この場に立つと、理屈ではなく実感として味わうことができます。

「みすゞさんは、この小さな町に暮らしながら、とても大きな視点で詩を創作していたんですね」

 伊藤さんに、金子みすゞゆかりの地を歩いた感想を伺いました。「町を歩いていると、子どもたちが元気よく挨拶してくれるのが印象的です。町の景色だけではなく、子どもたちの心にも、すべての人や物にやさしさを注いだみすゞさんの思いが受け継がれている気がして、あらためて仙崎という町の魅力を感じました」 。

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王子山公園の展望台からみすゞが暮らした仙崎の町を一望

※金子みすゞの作品は、金子みすゞ著作保存会の了承を得て掲載しております。

 

(2012年8月31日掲載)

作品紹介

『金子みすゞ童謡集』 金子みすゞ/著

大正末期から昭和初期にかけて活躍した童謡詩人、金子みすゞの童謡集。「王子山」や「大漁」など仙崎の暮らしを謡った詩から「わたしと小鳥とすずと」「こだまでしょうか」などよく知られる詩まで全作品を網羅。自然の風景を愛し、優しさにつらぬかれた視点で謡われたみすゞの詩は、時代も世代も越えてすべての人の心に響く。

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金子みすゞ童謡集
『わたしと小鳥とすずと』
『明るいほうへ』
『このみちをゆこうよ』
(全3冊/JULA出版局)

 

今回の散歩道

仙崎駅→金子みすゞ記念館→王子山公園

<所要時間:約2時間>

金子みすゞ記念館

みすゞが幼少期を過ごした金子文英堂跡地に生誕100年の2003年にオープンした。
みすゞの足跡をたどり、その業績を顕彰する記念館には、遺稿集や着物などの遺品を展示した常設展示室、パソコンによる資料の検索室、みすゞの詩の世界を音と光で体感できるみすゞギャラリーなどが備わっている。みすゞの生涯や彼女が生きた時代を偲ぶことができる記念館には全国からみすゞファンが訪れる。

王子山公園

みすゞがふるさと仙崎の風景を綴った「仙崎八景」のうちのひとつ。海島の南端の小高い場所にあり、深川湾や仙崎湾のほか仙崎の町を眺望することができる。桜のスポットとしても有名で、春には花見客でにぎわう。

 

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